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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第五章 無能貴族編
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第六十二話 珍客乱入




 絶望を孕んだ夜明け。空に染みる血の匂いが、最悪の一日の始まりを告げる。


 真魔王軍が人間界にやってきてから5日目の早朝。空を飛び回る魔導ドローンが検知した魔力反応を、立体映像上に映し出す俯瞰魔法(モニター)が、魔族を示す赤いマーカーで埋まっていた。



「ピカロさん……ま、魔族の数、およそ200……です」



 これまでの4日間、真魔王軍はネーヴェ王国、ジンラ大帝国、テイラス共和国、アルド王国の順で進軍を続けたが、それは各国がどれだけの脅威なのかを測るための試験的なものだった。


 いずれも、5〜10体ほどの中級魔族と、大量の魔獣のみでの侵攻だったのだが……ついに、本格的に“潰し”にきたらしい。


 およそ5000人しかいない小規模な真魔王軍とはいえ、中級魔族は大抵の人間よりも強いし、50人しかいない上級魔族はもはや手に負えない──ましてや争いのために魔界を捨てた戦闘狂集団だ。



「全軍叩き起こせ──返り討ちにするぞ」




────✳︎────✳︎────




「サイデス!」

「任せろ」



 影が降る。跳躍した魔族の真下で、『拳闘剣士』サイデス・ノルドは剣を構える。


 脆弱な人間を踏み潰そうと加速する魔族を、下から剣を振り上げて受け止めた。



「身体強化ァ!」



 フィジカル至上主義のサイデス。唸る筋肉、沸騰する血液──生身でも魔族には劣らない。


 魔族特有の硬い皮膚と、サイデスの剣がぶつかり合い、けたたましい金属音を奏でる。火花散る衝撃の最中、地面が割れ、亀裂から木の根が伸び上がる。


 魔族の身体を縛り付ける木の根。一瞬動きが止まるも、すぐに怪力でちぎり取った──しかし戦場で隙を晒すと──



「俺がやる……!」



 刹那の隙間を駆け抜けるのは、『神速の刃』セクト・ミッドレイズ。


 血生臭い戦場にて、なお鮮烈な赤い鉢巻ハチマキが、風を切って進む。


 戦塵を巻き込んだ豪速の一閃は、魔族の首を跳ね飛ばす──血を吸った刀身が鈍く光った。



「セクトの野郎、いいところ持っていきやがって……」

「お前らが“遅い”のが悪い! もっと速く……戦乱は加速するぞ!」

「あんた達、よそ見するな!」



 サイデス・ノルドと2人組で冒険者をしていた『万能魔女』ミューラ・クラシュが怒号を浴びせる。今も魔法で木の根を生やし続ける彼女こそが、この戦場のかなめだった。


 場所はアルド王国から南東に進んだ草原。見渡す限りの魔獣の死体と、そして先日までとは比べものにならない数の魔族達。


 別段、昨日までがお遊びの戦争だとは思ってなどいなかった王国軍人でも、ついに真魔王軍が本気を出してきたのだと察した。


 敵の数が増えれば、混戦は避けられない──そんな中、圧倒的な制圧力で敵全体の動きを止めるミューラの存在は大きい。


 テテ・ロールアインのように、たった1人で面制圧を可能とするほどの破壊力は持たないミューラだが、回復を含む支援魔法や、危機一髪を量産する絶妙な防御魔法など、集団戦における活躍は目覚ましかった。



「おい、強そうなのが出てきたぞ」

「上級魔族でしょうね……あの馬鹿でかい魔族はファンブにやらせて、残りを私たちでやるわよ!」

「おいセクトォ! 今度のは俺の獲物だからな!」

「いつだって“速い者勝ち”だ……そして俺が誰よりも速い!」

「無駄話はいいから速く行きなさいってば!」



 立ち込める砂煙の奥から姿を現したのは、山のように巨大な魔族と、見るからに硬そうな漆黒の魔族。


 暗黙の了解で、巨大魔族の方へと走っていくのは、『山脈砕き』ファンブ・リーゲルト。



「砕きがいのありそうな魔族だ」



 『山砕き』と呼ばれた王国立騎士団副団長アンサイア・リーゲルトの息子であるファンブは、父を超える怪力の化け物へと成長した。


 100キロ超えの超重量の鉄大剣を振り回し、立ちはだかる壁をことごとく叩き壊す。



「ミューラ、“足場”を頼む!」

「無茶言わないでよね……!」



 戦闘が始まってからずっと魔法を使いっぱなしで気疲れした様子のミューラだが、いつだって彼女は期待を裏切らない。


 防御魔法の障壁を小分けにして生成し、それを空中に並べる──出来上がった半透明の階段を見上げて、ファンブは獣のように笑う。



「『万能魔女』って呼び名は本当らしいな」



 ゆっくりと迫りくる巨大魔族。雲に届きそうなほどの高さから、地響きのような声がする。



「全て踏み潰して、平にすれば、真魔王様も喜んでくださるだろうか」

「黙れ木偶の坊!」



 空を駆け上がるファンブ。ちょこまかと飛び回るファンブを叩き起こそうと、巨大魔族がその腕を薙ぐたびに、突風が巻き起こった。


 風に煽られ落ちたら即死──身も竦むような高さでも足を止めないファンブが、ついに巨大魔族の目線と並ぶ。


 血のような赤い双眸と目が合った。



「……たかが人間が、見下ろすなぁッ!」

「チャンスは1回──ここで決める!」



 雲を割ってせり上がってきた巨大な拳が、宙に浮くファンブに迫る。


 人間など木っ端微塵にしてしまうであろう剛拳に、ファンブはむしろ突っ込んでいき、風魔法で加速──拳の側面を転がるように下る。


 庭のように広い二の腕を蹴って跳躍。隆起する筋骨に魔力を込めた。



「山砕剣ッ!」



 魔族の額に大剣を叩き込んだ。山のような巨体が仰反る。


 少しだけ額にヒビが入ったが、魔族は倒れない──



「痛いだけだ……俺には効かない!」

「効いてるさ。地に落ちろノッポ野郎!」



 額に入った亀裂が、顔を伝って広がっていく。首を、肩を、胸を……やがて全身に亀裂が入り、魔族は足を止める。


 伝播する衝撃。山脈を砕く一撃は、内側から破壊する──轟音を立てて崩れていく魔族の破片と共に、ファンブも落下していく。



「やばい! 風魔法で着地とか器用なことできないんだけど! ミューラァァ!」

「とことん世話のかかる男ね」



 羽に包まれるように、柔らかな風魔法がファンブを受け止めた。


 山のような魔族の死体の瓦礫が、そのまんま山になったのを見下ろし、ファンブは満足げに頷く。



「真魔王軍の魔族が全員、こういうデカイ奴だったら楽しいのになぁ」

「冗談じゃないわよそんなの……っていうかまだ魔族が残ってるから、蹴散らしてきて!」

「人使いが荒いぜまったく」

「私が1番頑張ってるのよ! 疲れたから速く終わらせてって言ってんの!」



 怒ると怖いミューラから逃げるように走っていくファンブ。


 ──その一方、サイデスとセクトは漆黒の魔族に苦戦していた。



「硬すぎる! すまんファンブ、俺の刃じゃ通らない!」



 鎧のような皮膚。黒々とした筋肉が、神速の刃を弾き返す。


 速さに傾倒したセクトの剣は、ここ一番の切れ味に欠ける。スピードタイプには如何ともし難い敵だ。


 しかもこの魔族は動きも速かった。それこそ人間の骨など玩具みたく砕いてしまうであろう硬度の拳を矢継ぎ早に突き出す。


 その速さに、ザ・パワータイプのサイデスは上手く対応できずにいた。



「くそ、やっぱり剣は難しいな」

「なら使えなくしてやろう」



 魔族はサイデスの剣を直接殴り、頭身を真っ二つにへし折った。職人によって研ぎ澄まされた剣も、この硬さの前では無力だ。


 剣を失ったサイデスに、魔族が肉薄する。


 もはやどこに退いても避けきれない至近距離。サイデスに逃げ場はなかった。



「最初から“コレ”で良かった……!」

「!?」



 サイデスはむしろ魔族に向けて一歩踏み込んだ。


 剣士の間合いではない──『拳闘剣士』の本領発揮である。



「殴り壊してやる!」

「愚かな……!」



 上級魔族と殴り合う。おそらく、世界最強の格闘家カノン・リオネイラ以来の、魔族との肉弾戦闘。


 身体能力や魔力が、生まれつき魔族に劣る人間にとって、武器も持たず魔法も使わず拳一つで魔族と対峙することは紛れもない自殺行為──しかし。



「男はやっぱり拳だろうがぁッ!」

「ぬ、うお、おお!?」



 殴り殴られ前へ進む。骨の砕ける音が反響する。


 しかしサイデス・ノルド、止まらない!



「砕け散れぇッ!」



 血塗れの一発。魂の一撃が、魔族の胸を撃ち抜いた。


 そこで初めて、魔族が出血する──漆黒の肌が裂けたのだ。



「よくやった、サイデス!」



 ほんの数ミリの傷口でいい。針穴に糸を通す正確無比の剣先が、その分厚い胸を貫いた。



「『斬撃波』!」

「ぐぁあッ」



 刀身から斬撃が飛ぶ。体内で暴れ回る鋼の竜が、やがて魔族を内側から食い尽くした。


 細切れの肉片が砂に落ちる。


 血塗れのサイデスがミューラに、震える手を伸ばした。



「ミュ……ミューラ……全身骨折だ……助けてくれ」

「無茶しすぎなのよ馬鹿!」



 絶えず戦闘は続き、魔族もまだ多い。


 しかし確実に、アルド王国軍の精鋭達は魔族を圧倒していた。





────✳︎────✳︎────




「死ねなのですー!」



 『雷剛らいごう』テテ・ロールアインが暴れ回る。


 アルド王国軍直下遊撃部隊『魔女隊』の隊長として、リーダーシップを発揮してほしいところなのだが、しかし結局のところテテは単独で暴れる方がその進化を発揮できる。

 何より仲間を巻き込みかねないほどの雷魔法の使い手の時点で、集団戦闘には向いていないのだ。


 そんなわけで『魔女隊』はテテとは別に動き、今も空から魔族達を屠っている。


 一方のテテは、1人の上級魔族に苦戦していた。



「真魔王様が、この国に“雷の化け物”がいると仰っていたため、この僕がわざわざやってきたというのに……期待外れもいいところですね」

「うぅー……、『雷核らいかく』ッ!」



 体内魔力を雷魔法に変換する。人型の雷となったテテが、地面を黒こげにしながら距離を詰める。


 光速の雷撃。軌道煌く肉薄も、しかし通じない──相対する魔族もまた、雷魔法のエキスパートだった。



「確かに、人間にしては凄まじい雷魔法です。しかしせいぜい君の体内魔力占有率は6割……僕ら魔族は100%魔力で構成された身体を持っていますから……同じ魔法を使えばその差は歴然」

「ち、力が……」

「君は半雷人間といったところでしょうが、僕はもはや雷そのものです。君の放つ雷撃など、ただ吸い込まれていくだけなのですよ」

「……んじゃ逆に寄越せですぅ!」

「う、うお!? 何を馬鹿なことを!」



 雷魔法同士が相殺し、魔力の交換だけが起こってしまうのなら、テテにだって敵の雷魔法を吸い取れるはずだ。


 吸引力勝負の綱引きみたいに、お互いの雷魔法を飲み込み合う。



「僕はともかく、人間の身体で僕の魔力を吸い込んだら、魔力量に耐えきれず死にますよ!?」

「人間の限界を超えてやるのですー!」



 完全な拮抗状態に入るテテと魔族。ある種、不毛な戦いを続ける2人のもとに忍び寄る影──



「ふん!」



 駆け抜けた影が、魔族の身体を斜めに切断した。


 ぶつかり合う雷魔法から解かれ、尻餅をつくテテ。剣を納めた男がテテに手を伸ばす。



「まったく……戦いには相性というものがあるから、雷魔法だけを極めるのは良くないと言っただろう」

「助かりましたです、リードさん」



 黒髪をピッチリの七三分けにキメた男──『至剣』リード・リフィルゲルは呆れた表情でテテを起こす。



「でも、どうしてリードさんがここに?」

「テテさんが相性の悪そうな魔族と戦っているのを見たピカロ君の指示で、助太刀に来たんだよ」

「み、見られていたのですかピカロ・ミストハルトに! エッチなのです!」

「いやあれは戦場の様子を監視する──ってあれ、テテさん。『魔女隊』の皆さんは?」

「……? さっきまであの辺を飛んでたはずですけど……え?」



 いつのまにか静まり返っていた荒野。魔族も、人も、誰もいない。


 よく見ると、先ほどまで騒がしく戦っていた者たちが等しく地に伏していた──夥しい量の血を流して。


 突如、背後に感じた気配に、リードが振り返る。



「……な、何が起こってる?」

「て、敵ですリードさん!」

「いや待ってくれテテさん! 俺は、“知っている”ぞ……」

「な、何を言ってますですか!」



 視線の先、土と埃の舞うぼやけた地平線に立つそれを見て、リードは混乱する。


 鉄臭い風に揺れる栗色の髪。長い前髪に隠れた目が、その隙間から赤い眼光を覗かせる。戦場に立つには、あまりに儚く美しい恐怖。


 リードは、それを知っていた。見たことがあったし、話したこともあった。


 そして、戦ったこともあったのだ……かつて、魔法学園にいた頃に。



「──イデア・フィルマー、なのか?」



 新入生トーナメント後、突如退学した魔剣士科の女子生徒。


 圧倒的な力で同級生たちを蹴散らしベスト4まで進み、シェルムには負けたが、3位決定戦でリードとは激戦を繰り広げた。


 たった1ヶ月ほどしか同級生として過ごしていないが、直接戦ったリードはイデアのことをよく覚えていた──しかし記憶の底にある彼女の姿とは、あまりに重ならない。


 見た目だけは同じだ、あの時と。


 しかし、ゆっくりと歩くイデアから感じるこの圧力は、まさしく“魔族のそれ”だった。



「イデア・フィルマー……君は、俺たちの味方か? それとも──」



 灼熱。


 警戒心を解いてなどいなかったはずのリードだが、しかし反応すらできなかった。


 腹部を襲う激熱に、恐る恐る身体を見下ろすと、リードの腹には拳ほどの穴が空いていて、臓物と血潮が──



「リードさん!?」

「逃げろテテさん! “アレ”は……敵だ!」



 黒い光線が荒野を駆ける。凝縮された魔力の柱が、触れるもの滅ぼしながら暴れ狂う。


 手をかざしたイデアから、無数の光線が煌めいた。



「『至剣流──居合』ッ!」



 空間を斬り取る剣撃の境地。リード・リフィルゲルという男の積み重ねた研鑽が、刃に宿り悪を斬る。


 およそ人の域を超えた至高の剣技──しかし、無慈悲な光は止まらない。


 剣すらも光線に砕かれ、リードはさらに穴だらけにされる。飛びそうになる意識を握って離さないが、しかし止めどない出血がリードを冥府へ誘う。


 もはや一歩たりとも動けないリードだったが、テテをその背に守るように腕を伸ばし、毅然として立ちはだかってみせた。



「何が……目的だ……イデア・フィルマー」



 死にかけの元友人に、イデアは静かに笑いかける。


 揺れた前髪の隙間、真っ赤な右眼が見開かれた。



「──ピカロ君を、殺しにきたの」




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