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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第五章 無能貴族編
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第五十五話 作者迷走



 大英雄ニクス・ミストハルトの死は全世界を驚かせた。


 とりわけアルド王国では、5年後に迫る魔族との大戦において、間違いなく最高戦力になると期待していた大英雄の死は、大きな波紋を呼んだ。


 死因は心臓の病気で、数年前から闘病中だったのだと発表され、街中では『英雄の宿命』だの『先代魔王の呪い』だの色々と噂されたが、近年は目立った活躍がなかったこともあり、心臓病説が最も信じられた。


 しかしニクスが天界人であることを知るピカロからすれば、800年以上も生きた生命力の塊のような男が、病気ごときに殺されたとは到底信じ難く、また受け入れ難いことだった。


 それに息子であるピカロがいくらニクスについて聞いて回っても、心臓病で死んだという情報だけしか得られず、さらには顔すら見せてもらえないという異常な対応が、ピカロの疑心を強めた。


 唯一の家族であるピカロにさえ、詳細な事情が開示されない──何か都合の悪いことでもあるのだろうか。


 ──この事件を機に、ピカロの立場は急激に変化した。


 5年後の大戦におけるアルド王国軍の頂点……つまりアルド王国の代表として総指揮を任される候補は、第一王子ノアライエ・アルドレイド、王国軍元帥カノン・リオネイラ、ニクス、ピカロの4人。


 やはりアルド王国軍を導き魔族を蹴散らす代表はニクスだろうと思われていたが、そのニクスが死んだことで、ピカロに注目が集まった。


 いつだって悲劇の主人公は人気なのである。


 ただそんな民衆の意見など関係なく、そもそもカノンはニクスがやるべきだと主張していたし、ノア王子の問題児ぶりを熟知している国王陛下はノア王子を代表にするつもりはなかった。


 そうして、まるで繰り上げ1位のような形で、ピカロは念願だったアルド王国軍総指揮の座を手に入れたのだった。




「……それでは、ピカロ・ミストハルト。お前に、アルド王国軍攻撃部隊を含む前衛戦力の全ての指揮権を授ける」



 アルド王国王都、国王城──国王の


 立ち並ぶ錚々《そうそう》たる面々に囲まれて、ピカロは国王陛下からのお言葉を賜った。



「中級以上魔族の大量討伐、王国軍大将の経験、SS級冒険者という肩書、古代の遺物(アーティファクト)を3つ持ち帰った功績、『魔皇帝』アーバルデン討伐の栄誉──お前を信頼するに足る理由はいくらでもある」



 本当はカノンに頼みたかったのだろうが、本人が辞退した以上は仕方ないし、そうなればまるで初めからピカロに任せるつもりだった感じを装うしかない。


 ピカロの経歴を並べ立てた国王陛下──彼としても仕方なくではあるが、しかし選択肢が1つしかないのなら、それに賭けるしかない……縋るように言った。



「どうか……アルド王国を救ってはくれないか」

「──この命に替えても」




────✳︎────✳︎────




「魔術師隊をこの丘の上に配置しろ」

「し、しかし本陣の守りが薄くなります!」

「いや、この方が安全だ。そうだろシェルム?」

「結果的にはな」



 場所はアルド王国北部。魔族との大戦を“1年後”に控えたピカロは、軍を率いる訓練として魔獣の大量発生地域を訪れていた。


 シェルムとの2人1組の指揮官として、これまでの訓練も素晴らしい結果を残している。


 農村の近くで自然発生したダンジョンから、ダンジョンボスである上級魔族が大量の魔獣を従えて外に出てきた。被害が農村に及ぶ前に、ピカロが小規模な軍を連れてきて、今日も今日とて実践練習。


 1年後の本番は、世界規模の戦争だし、敵は上級魔族一体だけではないはずだ。そういう意味では、あまりこの訓練に期待はできないのだが、ピカロは十分に軍を率いて戦える男なのだとアピールする機会にはなる。


 実際にはシェルムの助けがあってこそではあるが。



俯瞰魔法モニターも随分と使い慣れてきたな……お、ほらやっぱり丘の上で正解だった」



 魔導ドローンを戦場の空に複数配置し、それが記録した映像や魔力反応を、俯瞰魔法モニターと呼ばれる立体的な俯瞰図に反映させる──シェルムが導入した指揮官補助システム。


 要するにピカロは本陣にいながら、リアルタイムでの戦場の様子や、魔力反応の分布図をある程度は確認できるということだ。


 無論、魔導ドローンが記録する映像も、戦場の全てを網羅しているわけではないし、仮にできたとしても、今度はそれら全てをピカロが把握するのは難しい。


 本陣の人員を増やして、区域ごとに誰かに見張らせれば、戦場の全てを視認できるかもしれないが、結局は最終的な権限を持つピカロに報告が集中してしまうため、効率的とは言えないだろう。


 そんなわけで、当該戦闘において、重要だと考える場所の上空に浮かぶ魔導ドローンからの映像のみを確認し、後は3Dマップ上に示される魔力反応の分布図を見て適宜、魔導ドローンの配置を考えていくことになる。



「て、敵の魔力反応が次々と消えていきます!」

「よっしゃ、気持ちいいから、その丘の上に魔導ドローン飛ばせ! 魔術師隊が敵を蹴散らしてる映像を見せてくれ」

「さ、さすがですピカロさん!」

「まぁ私が凄いんじゃなくて、俯瞰魔法モニターが便利ってだけなんだが」



 ピカロを褒め称えるのは、指揮官補佐として派遣された王国軍人のシルベル・アンミッチ少佐。

 常に目を閉じているかのように見える眠たげな顔が愛くるしい、弱冠20歳の女性だ。


 そもそも、大規模な軍隊を編成し、魔族に対応するという戦闘スタイル自体、1年後に迫る大戦ほどの規模でなければ採用されないため、集団戦闘に精通した軍人は少ない。


 そんな中、シルベル少佐は数年前から軍略を独学で学んでおり、その知識が少しでもピカロの役に立つのなら、ということでアルド王国軍から、指揮官補佐として派遣されたのだ。


 頭を掻きむしる癖があるらしく、常にボサボサの髪の毛で、ハの字に垂れた眉毛、そして眠たそうな糸目という、何だかとても頼りない風貌ではあるものの、そこそこ可愛いのでピカロは気に入っている。


 ピッチリと第一ボタンまで締められた軍服も似合っていて、控えめな胸と尻がピカロの性欲を刺激する──どんな状況下においても、ピカロが性的興奮を自重することはない。



「さて……これで敵がどう出てくるかが問題だな」

「我々人間のように、兵士の数や体力に限りがあるのなら、一旦退いてくれるかもしれませんが……相手は魔獣の軍団ですからね」

「まぁ数が多いだけで大したことないから、気をつけるべきはダンジョンボスの上級魔族なんだけど……正直ボスが出てきちゃうと面倒くさいんだよなぁ」



 下級の魔獣、中級魔族、上級魔族。普通の人間が対応可能なのは、中級魔族までだ。


 上級魔族以上は、もはや災害と言っても差し支えなく、正直言って軍隊を組もうが簡単には太刀打ちできない。


 結局は上級魔族に対応できるだけの戦士をぶつけるしか勝ち目がないので、軍略もクソもないのだ。


 これが、これまでの魔族との戦闘において、軍隊を編成する機会がほとんどなかった理由だ──軍隊が効果的に作用するのには限界がある。



「おいピカロ、ダンジョンボスのお出ましだぞ」

「お前が行ってこいよシェルム」

「何でだよ面倒くさい」

「お前、最近出番少ないだろうが!」

「いやお前こそ主人公のくせに最近は影薄いぞ!」

「ちょ、ちょっとピカロさん、シェルムさん! 前衛班がボコボコにされてますけど!?」

「やべ、急いで助けに行くぞ」



 本陣の俯瞰魔法モニター前にシルベル少佐を置いて、2人は空を駆ける。


 視界の先、上級魔族から逃げ惑う前衛班の姿が見えた──加速、急降下。



「“来たる日”のために、ここら一帯は我の領土とする!」

「うるせ〜〜〜ッ」



 暴れ回る上級魔族の真上から、ピカロが高速落下。空中で剣を抜き、重力を乗せた刀身を煌めかせる。


 頭上の殺気に気がついた魔族。空を見上げてピカロを視認した。



「おらッッ!」

「効かん!」



 ピカロの剣と、魔族の赤黒いツノが激突する。地面にヒビが入るほどの衝撃だったが、しかし魔族は倒れない。

 傷一つないツノを撫でながら、砂煙の中のピカロを睨みつけた。



「……名前は忘れたが、貴様、確か莫大な懸賞金が掛けられていることでそこそこ有名になった豚野郎だな?」

「おいマジかよ。私って結構有名人なの?」

「“今の魔界”には貧乏魔族が多いからな……」

「お前も金目当てか?」

「馬鹿言え。我がこの土地を征服しようとしたら貴様の方から現れたのだろうが」

「征服だぁ? こんなちっぽけな土地を手に入れても意味ねぇよバーカ」

「『真魔王』に捧げるための土地に、貴様の首というお土産も付けたら喜んでくださるかもしれんな」



 よく事情はわからないが、ダンジョンの奥底に篭っていたこの魔族が、今になって地上に現れてブイブイ言っていたのは、この土地を征服して、誰かに献上するためらしい。


 『真魔王』? ピカロの義兄弟である現魔王デスファリア・シンス・ザルガケイデンとは別の人物なのだろうか。



「私の新技を解禁してやるぜ……シェルム! お前は空の上から見てろ、手を出すなよ!」

「また出番がないのか僕は」

「いくぜ──『魔王の風格(サタンズ・オーラ)』!」

「名前ダサっ」



 赤黒い粒子がピカロを取り巻いて踊る。舞い散る魔力を全身に宿し、黄金の眼光を仄かに灯す。


 全身から溢れ出る魔力が、肌の表面を包み込むように流動していた。



「魔王の力を開放すると、身体の形とか色が変わっちゃうっていう問題点があったんだが、ついにそれを克服してみせたのだ!」



 以前、『魔王の右腕(サタンズ・ライト)』などという必殺技を考案したピカロだったが、それは単純に右腕のみに、魔王の力を宿した姿だった──しかしそんなところを誰かに見られてしまえば、ピカロが魔族であるという疑いをかけられてしまうだろう。


 特に、魔導ドローンによる戦場の撮影が行われている今、付近に人はいなくとも、本陣の指揮官補佐たちに目撃されかねない。


 実際のところ、既にピカロは魔族なのか、人間なのかははっきりとしていない──義父である『魔皇帝』アーバルデンが、“魔族しか通れない魔法ゲート”を用いてピカロを魔界に連れて行こうとしたことを考えると、魔王の力に目覚めた後のピカロは、既に魔族なのかもしれないが……。


 仮に魔族だとするなら、それこそアーバルデンに頼るなりして魔界に行けばいい……しかしピカロ1人で魔界へ行っても右往左往するだけなので、やはりシェルムは連れて行きたい──アーバルデンに誘われた時も、人間であるシェルムが魔法ゲートを通れないことを理由に断った。


 確実に2人で魔界を目指すのならば、まだピカロが魔族であるかもしれない可能性は隠しておくべきだろう。



「魔王の力を、魔力だけ引き出し、見た目は金髪チビデブのままなのさ──誰が金髪チビデブじゃい!」

「お前だよ」

「何を喋ってるか知らないが……貴様から魔族の匂いがするぞ。なぜ人間のフリなんぞしている」

「──人は誰しも、普通の人間を演じているもんだぜ」



 全くもって回答になっていない決め台詞を放ち、地面を蹴る。


 風を切る加速。ピカロの剣と魔族の爪がぶつかり合う。目では追えない高速戦闘が、地面を抉り、削っていく。

 戦塵の嵐に巻き込まれまいと逃げ惑う魔術師隊。


 鼓膜を突く破砕音が響き、そして音が止む──砂煙の中、爪を砕かれ膝を折った魔族が、血塗れの眼でピカロを見上げた。



「そ、それほどの強さで、なぜ『真魔王』の野望に反するのだ……!?」

「あぁん? 私はそもそも、その『真魔王』とやらを知らねぇんだよ」

「さては……魔王デスファリアの手下か! 反乱分子を追い出しておきながら、人間界に手下を先回りさせて滅ぼそうとしているのか!」

「全然何言ってるかわかんねぇ! とにかくお前の敵だよバカヤロー」

「……ふはは、そうだな。そうだった。貴様が何者であろうと、誰の手下であろうとなかろうと、我の邪魔をしているという事実だけは変わらない」

「理解したらさっさと死ね」

「我の敵を殺すということは、『真魔王』の敵を殺すということ──理由としては十分だ!」

「……何の理由だよ」

「共に逝こうぞ」



 魔族の全身にヒビが入り、体内から光が零れる。身体という器を失った膨大な魔力が、空間ごと咀嚼して霧散する。


 地を割る大爆発──防御魔法を差し込んだシェルムと、泡を吹いてひっくり返るピカロ。間一髪、道連れにされるのは避けられたようだ。



「おいピカロ。泡吹くな」

「コメディリアクションしてんだろうが邪魔すんな!」

「いや……その、あのさ」

「何、どしたの」

「シリアスを踏みにじるコメディ作品って、主人公の父親が死んだ時、どうすれば良いんだろう」

「……これ無茶苦茶に難しいよな。私もまさか父さんが死ぬとは思ってなかったし」

「いやニクス・ミストハルトは、もっと早い段階で死ぬ予定だったらしいぞ、作者的には」

「そんなこと言うな!」

「コメディはコメディ、シリアスはシリアスで分けた方がいいのか、父親が死んでもコメディは続けるのか……」

「もう既に私は、父親の死に悲しまない薄情な主人公だと思われてるかもな」

「いやぁ難しい……ピカロは、世間からは“父親の無念を晴らすため”に戦ってると思われて、実際は“サキュバスとセックスしたいから”戦うんだもんな」

「もはや救いがない」

「はっきりしておこうぜ、ピカロ。お前にとって、セックスと父親の死、どっちが大切だ?」

「セックス!」

「そりゃあ人気でるわけねぇわこの小説」

「まぁアーバルデンに母親について聞かされた後も、私は“親を思う気持ち”とセックスを天秤にかけてセックスを取ってるからな」

「……まぁ童貞だもんな」

「どういう意味だ? 見下してんのか殺すぞ」

「そんなわけでピカロ、次回予告!」

「母親の尊厳も父親の死も顧みず、アーバルデンを仲間にします!」

「ど、どういうこと〜!?」

「次回、お楽しみに」



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