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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第五章 無能貴族編
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第五十三話 聖剣ノ儀



「……聖剣の、使用者?」



 テイラス共和国の“元”第三王子レイリアス・ゼン・レジェロイヒが、その翡翠の髪を揺らして首を傾げる。



「聖剣アルドレイドは、アルド王国の国宝ですから当然アルド王国の戦士が振るうのかと……それこそアルド王国の第一王子ノアライエ・アルドレイド様を交えて議論すべきでは?」

「そういや、アルド王国の王子がいねぇな」



 レイ王子の疑問は当然である。アルド王国の国宝について話し合うのに、他国の伝説の勇者だけを集めたのは何故なのか。


 ジンラ大帝国の第一王子ガイジングス・リアレ・ジンラードも辺りを見渡し、同年代の少年が1人少ないことに気がついたようだ。


 その質問を待っていたとばかりに王国立騎士団団長ヴァーン・ブロッサムが口を開く──突然連れてこられたピカロへの説明も兼ねているので、チラリとピカロを見る。



「今回、皆様をお呼びしたのは、我がアルド王国のノア王子が、“聖剣アルドレイドを使いたくない”と仰ったためです」

「使いたくないだぁ? なに贅沢なこと言ってんだ」

「ガイ王子のご意見もごもっともです──我々としても、5年後の魔族との大戦において、聖剣アルドレイドを使わないなどという選択肢は考えていません。しかし、アルド王国で聖剣アルドレイドを扱えるのはノア王子ただ1人……」

「ヴァーンさんは扱えないんですか?」

「はい。俺は魔力がほとんどないので」

「なるほど……つまりは聖剣アルドレイドを“アルド王国の宝”というよりは“人類の宝”だと考えて、せめて誰かに使ってほしいってことですね」



 レイ王子の要約に頷くヴァーン。



「はい。ですから各国で伝説の勇者と噂される皆様を頼りたく思いまして……。ただノア王子はこの話し合いにすら参加したくないと仰っていましたので、アルド王国の体裁を保つために、一応代わりとして俺とピカロ・ミストハルトが出席することとなりました」

「ピカロ……ミストハルト? ミストハルトってことは、あのニクス・ミストハルトと関係が?」

「はい。ピカロ君、自己紹介を」



 突然呼ばれて立ち上がるピカロ。眼前に座るレイ王子、ガイ王子、そしてネーヴェ王国第二王子ウサルバルド・シャンテ・ネヴェリオンは、全員もれなく15歳も年下なのだが、その威圧感たるや……。


 緊張で顎をガタガタ揺らしながら何とか口を開く。



「ニクス・ミストハルトの息子をやらせてもらってます、ピカロです」

「やらせてもらってる……?」

「はい、すみません」

「ピカロって名前は聞いたことあるな……確かザンドルド・ディズゴルドを殺したんだっけ? こんなデブが? 本当か?」

「あ、はい」

「……えー、そんなわけで、せめて“これからのアルド王国を背負って立つ戦士”2人の出席をもって、ノア王子不在に目を瞑って頂きたい、ということです」



 フォローするように口を挟んだヴァーン。


 怖くなってきたので席についたピカロは、ようやく自分が呼ばれた理由を知ったのだった。まさか会ったこともないノア王子の代わりとして出席していたとは。


 それにしたってノア王子の代替がヴァーンとピカロの2人、というのも適切かどうか怪しいが。



「……早速、話し合いを始めたいところなのですが。申し訳ありません、ガイ王子。その、せっかく用意したので、椅子に座っていただけませんか?」

「あぁん? “コレ”が俺様の椅子なんだよ」

「ここはアルド王国の聖地でして、その……」

「あぁ、そうか。聖なる場所にこんな見窄らしい女がいるべきじゃねぇってことだな。それなら賛成だ」

「そ、そのような意味では……!」



 ガイ王子は、四つん這いになった奴隷の女性に腰を落としていた。


 この丘の上まで来るのも、奴隷の背に跨って来ていたので、女性は膝を擦りむいて血を流している。



「……いい加減にしないか、ガイ王子」

「なんだよ、レイ。王政も敷けなくなった没落王族の末裔が、帝王である俺様に文句があるのか?」

「君の態度は失礼だ。僕らにも、その女性にも」

「おいおいおい、まさか奴隷についてとやかく言うつもりじゃねぇだろうな? そんなにメス奴隷が羨ましいなら、テイラス共和国も奴隷制を再開すりゃいいだろ」

「間違った道をわざわざ選ぶほど落ちぶれてはいない」

「……あ? レイ、お前そりゃ、ジンラ大帝国が落ちぶれてるって意味か?」

「否定はしない」



 明らかに険悪なムードになるレイ王子とガイ王子。


 東のアルド王国、西のテイラス共和国、南のジンラ大帝国、北のネーヴェ王国……この内、奴隷制度が未だに存続しているのはジンラ大帝国のみだ。


 かつては世界中で認められていたが、人権意識の向上により少しずつ無くなっていき、現在、アルド王国とネーヴェ王国では犯罪者を労働奴隷とすることまでしか許されておらず、テイラス共和国では一切の奴隷的支配が許されていない。


 対するジンラ大帝国は奴隷売買が盛んで、そのためジンラ大帝国から他国への移民は後を絶たない──しかし一方でその圧倒的な経済力が生み出す贅沢な生活に憧れてジンラ大帝国に移り住む人も少なくないのだ。


 特に、奴隷を欲しがる人間はジンラ大帝国に集まる。



「この女は、俺様の椅子であり、馬車だ。これは帝国の法律で保障された正しい行いだ」

「その女性にも尊厳がある!」

「どうせそこそこ顔がいい女だからって同情してるだけだろ? まぁ美しい奴隷を寄越せって頼んだら父があてがってくれた元貴族令嬢だからな、お前が欲情するのも無理はない」

「あまりふざけるなよ、ガイ王子」

「真面目に言ってる。──おい、テイラス共和国の王子様がお前ごときに勃起しちまったらしいぞ。ほら、“抜いて”やれよ」

「……はい」

「いい加減にしろ下衆がッ!」



 (まなじり)をつり上げて怒るレイ王子。他人を見下したガイ王子の態度もそうだが、何より奴隷の女性が泣きそうな顔でこちらに近寄って来たことが悲しくて、悔しくて仕方なかった。


 会ったばかりの少年の性処理すら断れず、レイ王子の足元にしゃがみ込む女性。


 ピカロは期待の眼差しで女性を見つめるのみだ。


 女性が震える手でレイ王子の腰に手を回そうとして──レイ王子に抱きしめられる。



「貴女がそんなことをする必要はない」

「おいおい、勝手に抱きつくなよレイ。そりゃ俺様の奴隷だぜ? 今日手に入れたばっかりの“新品”だからよ、まだ俺様も“使って”ないんだ」

「人を、物みたく扱うな!」

「人じゃねぇ、奴隷だ──おらクソ女、そこで片足上げて犬みてぇに小便しろ。レイはお前に尊厳があると勘違いしてるみてぇだから、お前がただの雌犬だって思い知らせてやれよ」

「……はい」

「やめろッ!」



 レイの怒号に、ガイ王子はイラつきを覚える。


 生温い環境で育った坊ちゃんが、一丁前の正義感を振りかざして善者を気取るのが気に入らないのだ。


 ちなみにここでもピカロは女性の放尿シーンを目に焼き付けようとフルボッキ──どこまでも救えない男である。



「……いいか、レイ。お前のしていることは自己満足に過ぎない。たとえその女を救えても、ジンラ大帝国にはまだまだ数えきれないほどの奴隷がいるんだ。たった1人を庇って正義の味方のフリをしてるお前には、真実が見えてない」

「いずれ世界は救う……少なくとも手の届く距離にいる人を助けることに理由などいらない」

「いいや、お前はその女すら救えない。教えてやろうか、その女のことを」



 ガイ王子が、女性の首に繋がれた鎖を思い切り引っ張る。一瞬、苦悶の表情を浮かべた女性。その美しい顔を見下ろしながら、ガイ王子は笑う。



「こいつはな、親に売られたんだよ。没落貴族が、贅沢な生活を維持したいがためだけに、美人で評判の娘を帝王に差し出した。そりゃこんだけの上物だからな、さぞかしとんでもない大金を手に入れたんだろうよ」



 ジャラジャラと鎖を揺らすガイ王子。言われてみれば、確かにこの女性は奴隷の服を身に纏ってはいても、どこか気品や気高さを感じさせる“美”を持っていた。



「つまり、奴隷じゃなくなったとしても、こいつに帰る家はないんだよ。こいつを愛してくれる家族は、もうこの世界のどこにもいない」



 ガイ王子に睨まれているので、反抗的な態度は見せない女性だったが、下唇を噛み、爪が食い込むほどに、その細い腕を握り締めている。



「この女を俺様から解放すれば、お前は救った気になるだろうが、そしたら今度は“お前の奴隷”になるだけだ。多少俺様よりは扱いが良いかもしれねぇが、本質は変わらねぇ。行き場をなくしたこいつにとって、奴隷を止めるって選択肢はないのさ」

「少なくとも僕はこの女性を奴隷としては扱わない」

「形式的な話はしてない。心の話だよ。お前に助けてもらった恩を返すために、その女の心はお前の奴隷になるんだ──なにせ、そうやって他人にすがらないと生きていけないんだからな」



 家族に売られ、帰る家もなく、金も仕事もない。


 たとえガイ王子から解放されても、彼女は1人きりだ。



「それでも、君の言いなりになっているよりかは何倍もマシだ。一歩でいい、前に進んでほしいんだ……少しでいい、幸せになってほしいんだ」

「偽善者が……偉そうに」



 ガイ王子は気分を害されたようだが、これ以上の言い合いは面倒なので仕方なく席についた。


 とりあえず、奴隷を椅子にすることはやめたので、ヴァーンが気を取り直して話し合いを始める。



「で、では聖剣アルドレイドについての説明をします。聖剣アルドレイドは、刀身が常に魔力を大量に欲しているため、鞘から抜き取るだけでも一苦労な代物。それが鞘をなくし、丘に突き刺さっているので、もはや移動させることさえままなりません」

「……具体的には、どれくらいの魔力が必要なんですか?」

「アルド王国が誇る最強の魔術師、スノウ・アネイビスで、ようやく剣を抜けるといったところでしょうか」

「あの“大賢者”でさえギリギリなんですね……」

「しかし皆様は伝説の勇者としてこの世に産まれ落ちた瞬間に、人の領域を遥かに超えた魔力をその身体に宿しています。……それが伝説の勇者の第一要件ですからね。そういう意味では、聖剣アルドレイドは伝説の勇者にしか扱えないのです」

「……うーん。でも実際に抜けるかどうかはわからないです。魔力量には自信あるけど」

「ですから、今日は皆様に“試して”いただきます──聖剣アルドレイドを抜けるか否か」



 ──ヴァーンの指示で、アルド王国の魔術師が現れ、何か魔法を唱えた。


 すると、先ほどまで何もなかった空間が歪み始め、やがて透けるように聖剣アルドレイドがその姿を表す。


 普段は透明にする魔法で隠しているようだ。



「これが、聖剣アルドレイドです」

「うっわ、こりゃ化け物だな。俺様にぴったりだ」

「僕の魔力で足りるかなぁ……」

「ウサ王子にこそふさわしい!」

「眠い……」



 ウサ王子の護衛として来ていたユキヒ・アネイビスは期待に胸を膨らませているようだが、当のウサ王子はやる気がないようだ。



「では、どなたか抜いてみてください」

「もちろん俺様からだ」



 丘の頂上に突き刺さった聖剣アルドレイド。陽光を反射する黄金の煌めきが、ガイ王子を照らす。


 ガイ王子はそのつかを握り、剣を思い切り引っ張る──!



「うお、こりゃ凄いな!」



 魔力の粒子を吸い込んで、光を放つ聖剣アルドレイド。ガイ王子の体内魔力は、やはり人間の枠を超えていたらしく、見事に剣を抜き取って見せた。


 しかし常に莫大な魔力を吸われ続けるため、さすがのガイ王子も冷や汗を隠せない。


 2、3回振り回してから、元の亀裂に差し込んで戻した。



「ガイ王子は、合格だったようですね。おめでとうございます」

「当たり前だ」

「じゃあ、次は僕が」



 唾を飲み込み、レイ王子が立ち上がる。護衛として一緒に来ていた“西洋の守護神”レイナード・ガルシュバイツが、泣きそうな顔でその背中を見つめていた。



「よ、よし。いくよ」



 柄に手をかけ、腕に力を込める。



「お、抜けた」

「やったぁッ! 流石ですレイ王子!」

「ちょ、師匠、喜びすぎ」

「やったぁ〜ッ!」



 泣いて喜ぶレイナード。レイ王子がもっと子供の頃から護衛として見守って来たレイナードにとって、レイ王子がちゃんと伝説の勇者としての資格があることがとても嬉しかったのだ。


 それに、誰も口には出さないが、先程のガイ王子よりも余裕そうだ。レイ王子は汗一つかいていない。



「では、ウサ王子」

「え……めんどくさい」

「ウサ王子! さぁ、サクッと抜き取ってください!」

じいがやってよぉ」

「いやそれに何の意味がありますか! ウサ王子こそ聖剣アルドレイドの真の保持者であると見せつけてください!」



 スノウ・アネイビスの兄であり、世界的に有名な魔術師も、ウサ王子のこととなると冷静さを欠くようだ。

 無理やり立たされたウサ王子。背中を押されて嫌々、聖剣アルドレイドと対峙する。



「もう……めんどくさいなぁ」



 言いながら、ウサ王子は当たり前のように聖剣アルドレイドを抜き取った。


 背後で、声にならない喜びに全身を震わせるユキヒがいたが、そんなのに目もくれずウサ王子は剣を戻してすぐ席に帰った。テーブルに置かれたお菓子のほうが重要らしい。



「……予想通り、全員が聖剣アルドレイドの適性を持っているようでしたね」

「おいヴァーン、お前も試しに抜いてみろよ」

「い、いや俺は」

「ガイ王子と同調するのは嫌だけど、僕もちょっと気になるな」

「え、えぇ……」



 レイ王子にも頼まれてしまい、渋々ヴァーンは聖剣アルドレイドの前へ。大きすぎる手で柄をしっかりと握り締め、引っ張り上げる。



「……ん、地震か?」



 ガタガタと揺れるテーブル。ガイ王子が溢れそうなティーカップを持ち上げて呟いた。


 その瞬間、聖剣の丘に“ヒビが入る”!



「ちょ、ストップストップ! ヴァーンさん引っ張るのやめて!」

「……やはり魔力のない俺には無理です」

「いやいや“丘ごと”持ち上げるところでしたよ……なんなんだこの人……」

「俺様たちとは種類の違う化け物だな」



 ヴァーン・ブロッサム。かつてニクスに“人類最強”と言わしめた剣士の、その力の一端を垣間見た一同であった。


 すると、ガイ王子が暇つぶし感覚でピカロを指差す。



「そういやお前もいたな、ピカロ・ミストハルト。一切喋らないから死んでるのかと思ったが、お前も聖剣抜いてみろよ」

「え、わ、私?」

「……ヴァーンさん、そういえばニクス・ミストハルトは聖剣を抜けなかったのですか?」

「ニクス様は、『俺には無理だ』とだけ言っていました。実際に試してはいないのですが、頑なにお断りするようで……」

「自信がないんだろ、救世の大英雄も」

「ニクス様を侮辱するなッ!」



 ヴァーンが怒鳴り散らす。アルド王国随一のニクス信者として知られるヴァーン──もはや相手が他国の王子だということも忘れて睨み付ける。


 あまりの威圧感にガイ王子はお茶を吹き出す。直接睨まれていないレイ王子やピカロも、全身が硬直するような緊張感に襲われた。


 さしものガイ王子も、「悪かったよ」と謝って引き下がる……なんだかんだで最も恐れられているのはヴァーンかもしれない。



「じゃ、じゃあ私がやりますね。へへ、多分無理ですけど」



 空気を変えようとピカロが立ち上がり、聖剣アルドレイドのもとへ。


 父であるニクスが人間界に持ち込んだ聖剣。息子としては少し思い入れもあるが、抜けなければどうしようもない。


 ニクスは天界人だから、この剣を扱えた──ならば天界人の血を継ぐピカロもまた、この聖剣に見合うだけの魔力を宿しているはずだ。


 全員の注目が集まる中、ピカロは震える手で柄を握り締め──!




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