第五十二話 候補決定
「号外号外〜ッ!」
アルド王国、王都。街中が騒ぎになっていた。
何か衝撃的な情報が書かれたであろう紙を配って回る男から紙を受け取ったピカロ。歩きながら読もうとしたが、その見出しに思わず立ち止まる。
『最重要古代の遺物──『世界の書』にて予言された魔族との大戦が、5年後であると判明!』
かねてから、過去と未来の歴史を記した『世界の書』の予言において、人類は再び魔族との戦争をするとされていたが、その具体的な時期が明らかになったらしい。
『世界の書』は人間界には存在しない言語で記されているため、解読に時間がかかるが、魔族との大戦のような重要事項についての解読・研究は優先的に進められている。
その努力の結果、“いつか起こる戦争”という曖昧な危機感を、覆すことができた。
『国王陛下によると、国防については、アルド王国軍と王国立騎士団、国家指定魔術師に任せるとのこと。王国軍は、アルド王国内部に留まる国防部隊と、国外にて積極的に魔族を駆逐する攻撃部隊とに分かれる』
魔族との大戦において最も苦戦を強いられる要素は、“数”である。
なぜならば、魔族たちは魔力だけで作り上げた低級の魔獣を無数従えており、それらは死を厭わない恐怖の軍勢だからだ。
そもそも人型の魔族がどのくらい存在するのか、人類にはわからないが、少なくとも魔力により自動発生する魔獣はそれだけで人類を脅かす数である。
それでもこれまでの歴史上、人類が魔族に滅ぼされなかったのは、魔獣とは数が多いだけでそれほど強くはないからなのだが──例えば『魔皇帝』アーバルデン・シンス・ザルガケイデンのような最上級魔族などが戦場に現れてしまうと、魔獣どころではなくなり、人類は防戦一方を強いられるだろう。
そういう意味では、“どれだけの上級魔族が参戦するか”によって、人類の被害は左右されるのだ。
『その王国軍の攻撃部隊を従え、迫りくる魔族を駆逐するアルド王国の代表・総指揮を任される候補は、現在4人』
ピカロは唾を飲み込み、続きを読む。
このためにこれまで頑張ってきたのだから──アルド王国軍の総指揮を任されるためだけに。
『第一王子ノアライエ・アルドレイド、王国軍元帥カノン・リオネイラ、大英雄ニクス・ミストハルト──』
震える指で紙面を隠し、ゆっくりとズラして確認する。
『ピカロ・ミストハルト』
「ぃよっしゃぁぁああッ!」
自分の名前を確認し、ピカロは叫ぶ。すぐさま走り出してシェルムのもとへ向かった。
冒険者ギルド2階の応接間にいたシェルムに、ピカロは紙を叩きつける。
「私が総指揮だ!」
「いや4人の候補の内の1人だろ」
「残り3人殺せば私だ!」
「父親も入ってるぞ」
今回、王族と国民を守るためにアルド王国に留まるのは、ヴァーン・ブロッサム率いる王国立騎士団と、スノウ・アネイビスなどの国家指定魔術師、そして王国軍の一部だ。
対して、魔族たちがアルド王国に侵攻してくる前に、国外で魔族を迎え撃つのが、アルド王国軍攻撃部隊。
その作戦総指揮を任され、全権を委任されるに足ると判断されたのは4人──しかしピカロはその中で最も格下だと言える。
「まず『伝説の勇者』候補であるノア王子、現時点でのアルド王国軍のトップであるカノン元帥、先代魔王を討ち取ったと信じられている父さん、そして私」
「明らかにお前だけ浮いてるな」
「しかしだからこそ、肩書きではなく実力でここまで上がってきた感があるだろ! それに5年後ってことはノア王子は15、6歳くらい、カノン元帥は……何歳なんだろう。父さんはどうせ850歳とかだろ、一方で私は31歳! 全盛期だ!」
ピカロは15歳で魔法学園に入学、1ヶ月後に退学し王国軍に所属。1年間の研修期間を経て、その後特別任務でザンドルド盗賊団を追うこと4年。
20歳になった記念で訪れたジンラ大帝国の風俗店での風俗嬢との出会いをきっかけにザンドルド盗賊団に所属してから幹部に昇格するまで6年。
ゆえに、ピカロは現在26歳である。
ピカロが15歳を迎えた誕生日に生まれたノア王子は、今年11歳になる。
カノン元帥は年齢不詳だが、少なくとも21年前の魔族との大戦には参加していたらしい。
ニクスは天界人なのでほとんど見た目が変わらないため、本当は800歳を超えていることなど一部の人間しか知らないが、ピカロの父親なのだから50歳くらいだと思われているのではないか。
「とはいえ、この4人からピカロがわざわざ選ばれるって可能性はまだ低いけどな……」
「ノア王子はどうせ、国王陛下が親バカだから選んだだけの贔屓だ。カノン元帥なんてオカマだし、父さんはお爺ちゃん。どう考えても私だろう」
「こればっかりは僕らにどうこうできる案件じゃないからな……これ以上、何を成し遂げればいいのか……」
「元アルド王国軍大将で、SS級冒険者で、アーバルデンを討伐した男だぞ私は!」
「人々が求めるのは新進気鋭の若手より、歴史が強さを裏付ける『伝説の勇者』とか、多大な実績を持つ歴戦の猛者なのかもしれない」
「ふざけんなよぉ……」
他の3人が圧倒的すぎて、さしもの黄金世代代表も霞むというものだ。
机に突っ伏して呻くピカロ。直後、応接間の扉をノックする音に顔を上げた。
「ここにピカロ君がいると聞いたんだが……」
「ヴァーンさん!?」
扉を開けると、そこには天井に頭が付くのではないかというほどの巨漢がいた。
明るいオレンジ色の短髪。筋骨隆々の身体。アルド王国民なら誰もが知る最強の剣士、王国立騎士団団長ヴァーン・ブロッサムがピカロを見下ろす。
「お、ピカロ君。急で悪いんだが、今から俺と一緒に来て欲しいんだ」
「ど、どこに?」
「『聖剣の丘』と呼ばれる場所だ」
「……どうしてそんな場所に」
「今現在──各国の『伝説の勇者』候補がアルド王国に訪れている。とある“重要な議題”について話し合うために。その会議の場に、俺とピカロ君も参加するんだ」
────✳︎────✳︎────
魔力で動く馬要らずの馬車、魔導台車での移動中、ヴァーンはピカロに様々なことを教えた。
まず、『聖剣の丘』について。
そこは、アルド王国建国のきっかけである『聖剣アルドレイド』が突き刺さっている丘という意味で、文字通り聖剣の丘なのであるが、元々は別の場所に突き刺さっていた聖剣アルドレイドを、わざわざその丘まで運んだらしい。
現代の人間には知る由もないが、聖剣アルドレイドはニクスが人間界に持ち込んだ天界の剣であり、鞘から剣を抜くのに莫大な魔力を必要とする古代の遺物だ。
そもそも、天界においても類稀なる魔力を誇る『ミストハルト』の一族だからこそ受け継いだ代物で、人間には到底扱えない。
実際、ニクスがゴールデンヘラクレスを倒した場所に突き刺さっていた聖剣アルドレイドを、現在の聖剣の丘まで運ぶのには、魔力を貯めた魔石を大量に消費した。
なんとも不便なことに、ニクスは聖剣アルドレイドの鞘を放り投げて戦ったために、風圧でどこかに飛ばされてしまい、それ以降、鞘をなくした聖剣アルドレイドは常に魔力を欲する化け物と化したのだ。
とはいえ魔力さえ与えれば、人間界の枠を超えた無類の強さを発揮する剣なので、これまでアルド王国の国宝として親しまれてきたのである。
そして、各国の伝説の勇者候補についても色々とヴァーンに教わり、ピカロが聖剣の丘に着く頃には一応、名前だけは暗記していた。
──魔導台車が停車し、2人は聖剣の丘を踏み締める。
「さて、大まかな情報は話した。くれぐれも失礼のないようにな、ピカロ君」
「あ、あの。そもそもどうして私が呼ばれたのかが未だにわからないんだが」
「それは、会議の席にて全体に向けて説明するから、その時に把握してくれればいい」
吹き抜ける風は少し冷たいが、強い日差しと相まって心地よい。澄みきった空の下、ピクニック気分で丘を登ると──
「うわ、凄いな」
遥か遠くにも関わらず、圧倒的な存在感を発する『世界樹』を、何も遮ることなく眺めることのできる絶景スポット。
人間には魔力を与え続ける世界樹。この一本の大木を囲うように人々は国を築き、そこに住んだ。
王都からでも微かに見えるが、この距離で見上げる大迫力とは比べものにならない。偉大という言葉はこの木のためにあるのではなかろうか。
「さぁピカロ君、ご挨拶を」
口を開けて世界樹を見上げていたピカロの背をヴァーンが押す。慌てて前を向くと、そこには純白のテーブルと椅子が、そのまま地面に置かれていた。
開放的にも程があるとも思ったが、この絶景を最大限楽しむには、豪奢な建物を丘の上に建てるよりも良いのかもしれない。
テーブルにはすでに、2人の男が座っていた。
ヴァーンが頭を下げる。
「招待しておきながら、お待たせしてしまいまして、申し訳ありません」
「いえいえ、僕らが早く着いちゃっただけですから」
「お気遣い、痛み入ります──レイ王子」
優しく微笑むのは、レイリアス・ゼン・レジェロイヒ──テイラス共和国の伝説の勇者候補だ。
翡翠の短髪を風に揺らす、絶世の美少年。かつて王政を敷いていたテイラス共和国の、王族の生き残りであり、あえて呼ぶならば第三王子である。
「レイ王子! あのヴァーン・ブロッサムですよ! 本物です! サイン貰いましょう!」
「いえいえ、俺もあなたに会えて光栄です、『西洋の守護神』レイナード」
ヴァーンと固い握手を交わすのは、銀髪の青年。
レイナード・ガルシュバイツ──『西洋の守護神』と呼ばれる!テイラス共和国最強の魔術師だ。特に防御魔法に関しては人類史上最強との呼び声高いので、22歳の若さでレイ王子の護衛を任されている。
ピカロはこの2人とは会ったことがあった。
テイラス共和国の国宝『世界樹の杖』を盗み出すために、ピカロが黄金殻の鎧を着てザンドルド・ディズゴルドになりすまし、テイラス共和国の神殿に忍び込んだ時のことだ。
突如現れたレイ王子に、ピカロは黄金殻の鎧を着ていたにも関わらず惨敗。ゆえにこの美少年には未だに苦手意識があるのだが……。
「あれ──左腕……」
ピカロは思わず呟いていた。
確か、ピカロが無様にも負けた後、レイ王子はシェルムに挑んで左腕を斬り落とされていたはずだ。護衛のレイナードが死ぬほど慌てふためいていたのを覚えている。
レイ王子は突然、刺すような目つきでピカロを見上げた。
「この前、“とある男”に腕を斬られちゃってね……最上級の治癒魔法で完治したんだけど──どうして僕の左腕に違和感を感じたの?」
レイ王子が左腕を斬られたことを知っているのは、ザンドルド・ディズゴルドとその側近、そしてレイ王子とレイナードの4人だけである。
ここでピカロが左腕について知っているとなれば、それはつまりザンドルド・ディズゴルドか、側近の男のどちらかの正体がピカロだったということがバレてしまう──それだけは避けなければ。
「いや、なんだか左腕の方が短いなぁと思っただけ……気にしないでくれ」
「こ、こらピカロ君。相手は王子だぞ、敬語を使いなさい」
「いやいや、もうテイラス共和国に王族はいませんから。僕はただの子供ですよ……お構いなく」
まだ少しピカロのことを怪しんでいる様子だが、この場で追求することは避けたらしい。年齢の割に鋭い少年だ。
──数分後、丘の上にまた2人現れた。
「遠い地からわざわざご足労いただき、ありがとうございます──ウサ王子」
ヴァーンが頭を下げると、少年は無言で頷いた。
ウサルバルド・シャンテ・ネヴェリオン──ネーヴェ王国の第二王子であり、彼もまた伝説の勇者候補の1人だ。
山吹色の頭髪は、柔らかなショートボブで、中世的な美少年の美しさを際立たせる。眠たげな瞳に、ピカロもドキドキを隠せない。
「ウサルバルド様、さぁ座りましょう! 眠いですよね、子守唄を歌います!」
「爺、うるさい」
「ではでは静かにしておりますね!」
当たり前だが、大国の王子が他国に訪れるのだから護衛は連れている──しかし、爺と呼ばれた男は、随分と歳をとっているようで、はっきり言って頼りなさそうだ。
テイラス共和国の護衛は世界最高の防御魔法使い……それと比べるといささか心許ないのではないかとピカロが訝しんでいると、ヴァーンがその老人のもとへ歩み寄り、深々と頭を下げた。
「ユキヒ・アネイビス老師──初にお目にかかります」
「うむ、“弟”からなにかと聞かされていたが、実際に会うと桁違いの化け物だな。お主本当に人間か?」
「お戯れを」
ユキヒ・アネイビス──アルド王国が誇る最強の魔術師、スノウ・アネイビスの兄である。
元々はネーヴェ王国の出身だったスノウ学園長は、ニクスの面倒を見るためにアルド王国に移り住んでいるらしい。いずれにせよスノウ、ユキヒ共に生粋の天才魔術師であることに変わりはない。
「……爺、お腹空いた」
「早くお菓子を持ってこんかいッ!」
「……ユキヒ老師がウサ王子にゾッコンだという噂は本当だったのですね。給仕の者、すまないが1人分の菓子を早めに用意してくれないか」
ウサ王子のこととなると威厳を忘れただの孫大好きのお爺ちゃんみたいになるユキヒ。苦笑いのヴァーンの命令で、給仕の者たちが慌ただしく動き始めた。
──数分後、約束の時間に遅刻しているにも関わらず、堂々と現れた人物の姿に、丘の上に緊張感が走り、ピカロは肩を跳ねさせる。
「……ようこそお越し下さいました──ガイ王子」
「悪いな、“コイツ”が役立たずなもんで、遅れちまった」
呆れたようにため息を吐くと、ガイ王子と呼ばれた少年は“自分の下にいる”女性の頭を思い切り殴る。
なんと、ガイ王子は奴隷の女性の背に跨って現れたのだ。
苦痛に悶える奴隷を見て、テイラス共和国のレイ王子が思わず立ち上がる。しかし他国の事情に口出しをするのは憚られ、ただ下唇を噛みしめる。
ガイジングス・リアレ・ジンラード──ジンラ大帝国の第一王子であり、当然、彼も伝説の勇者候補だ。
短く切りそろえられた赤髪は、刺々しく天を突き刺すように立ち上がっている。勝気なつり目がよく似合う、悪人顔の少年。
──なんとも非常識な登場の仕方に困惑していたヴァーンが、ガイ王子の背後に立つ男に気づき、突然、剣を構えた。
「『人喰い』……! なぜここに!?」
「おいおいヴァーン・ブロッサム。剣を納めてくれ。コイツは俺様の護衛だよ。第一王子が他国に出かけるんだから、護衛の1人は必要だろう?」
「し、しかしガイ王子! この者は……!」
「知ってて連れてきたんだ──この殺人鬼を」
ガイ王子がニヤリと笑う。背後に立つ男は眉ひとつ動かさない。
ここにいる全員が冷や汗を流すほどのヴァーンの殺気を受けてもなお、まるで死んでいるかのように立っているだけだ。
ロウ・エンズ──『人喰い』と呼ばれる殺人犯。あらゆる国を旅して、そこで出会った人々を殺し、そしてその人肉を食糧に旅を続けた世界的な犯罪者だ。
世界を恐怖に陥れた殺人鬼が、ジンラ大帝国にてようやく逮捕されたという事実は、多くの人々を安心させたのだが、実際にはこうして当たり前のように、手枷すらなく歩いている。
そんな最悪の殺人鬼を護衛として連れてくるあたりに、ガイ王子の異常性が見て取れた。
──アルド王国の第一王子ノアライエ・アルドレイド以外の3人の伝説の勇者候補が揃い、全員が席についた。
他国の重要人物を招いた招待国の代表として、ヴァーンが立ち上がる。
「それではこれより、5年後に迫った魔族との大戦における──『聖剣アルドレイド』の使用者を決めたいと思います」




