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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第四章 冒険者編
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第四十八話 過去編(二)



 ニクスが目覚めてから1週間が経った。



「おーいニクス。今日の分も頼むよ」

「……結構疲れるんだぞ、これ」

「文句言いながらも作ってくれるんだな、魔石」



 魔力を持つ人間が少なかったこの時代、その魔力が込められた魔石は、貴重なエネルギー源として様々な使い道があり、高値で取引されていた。


 そんな魔石を目当てに、名のある商会から、魔石で動く魔導台車なるものの試作品を盗み出した結果、追手が来て殺されかけたザンドルド──それを思えば、今はニクスに頼むだけで魔石が手に入るのだから、まさしく人生のフィーバータイムである。



「何度も言っているが、俺の魔力は万全ではないんだ。天界にいたときには使えていた魔法も、ここじゃ使えないし」

「天界ジョークはどうでもいいんだが、でもでもニクス。お前の今の魔力が100だとして、魔石を作るのにはどれくらいの魔力を消費するんだ?」

「体感だと……25くらいか?」

「そこは100ピッタリ使ってくれよ!」

「1日に回復する魔力が大体、25くらいなんだよ!」



 人間にとって天界人は、実在する神であり、信仰心の薄い者からすれば実在すらしない神である。

 天界人にとっての人間は下位種族……全てにおいて劣る存在だと言われていた。


 しかし実際、天界人は天界に満ち溢れる魔力を日常的に摂取しているからこそ、その真価を発揮できるのであって、ひとたび人間界に落ちてくると、満足に魔法も使えない。


 ニクスもまた、天界にいた頃の半分以下の魔力量に低下している上に、一晩寝れば全回復していた魔力も、人間界では4分の1しか回復しなかった。


 そういう意味では、ニクスにとっても貴重な魔力を、どうしてザンドルドのために魔石に変換していたのかといえば──



「なぁザンドルド。貴重な歴史書とか、研究書がある図書館みたいな場所はあるか?」

「あー、本好きの貴族が趣味で大量の本を館の中に並べてるって噂は聞いたことあるな」

「天界についての本もあるだろうか?」

「本当に天界が好きだなお前。まぁあるんじゃないか? 特に天界についての研究は盛んだし」

「よし、じゃあその貴族の屋敷にまで案内してくれ」

「いやそれらの本は、一般人は読ませてもらえないぞ? ここにある魔石を全部売っても、入場料も払えない。それくらい本は貴重なんだ」

「じゃあ、忍び込もう」

「は!? 何考えてるんだ。金持ち貴族の雇う“番人”に見つかったら殺されるぞ!」

「見つかる前に帰ればいい。大丈夫だ、こっちには世界最高の盗賊がいる」

「……俺様も巻き込むのかよ!?」

「この1週間で、沢山の魔石をせっかく作ったけど……これは俺が持って帰ろうかなぁ」

「ちょちょちょ、ちょっと待て! 魔石を人質にとるのか!」

「このために魔石を作ってきたんだ。それに──“リング”!」



 ニクスの左手の薬指にはめられた指輪が光る。魔力と魔力が共鳴する──宙を舞った粒子が、離れた位置に停車してあった魔導台車へと飛んでいく。


 すると魔導台車は自動的に動き出し、ニクスのもとへと走ってきた。


 口をポカーンと開けて驚愕するザンドルド。この魔導台車は、操縦席に魔石を嵌め込むか、操縦者が魔力を流し込まなければ動かないはずなのに。



「本来、魔石を嵌め込む場所に、俺のもう一つの指輪を設置しておいた。これで俺はいつでもこの魔導台車を呼び寄せることができるし、何よりこの魔導台車は俺がいないと動かせないんだから、俺はこれに乗って逃げることもできる」

「お、俺様が盗んできた魔導台車だぞ!」

「それを俺が盗むこともできると言っているんだ」



 ザンドルドが魔導台車をニクスから隠しても、リングの力で引き寄せられてしまうし、一度ニクスに乗られてしまえば、そのまま走って逃げていってしまう。


 魔石を作ってもらっていた恩に加え、魔導台車も人質となった……もはやザンドルドに、選択肢はないようだ。



「……わかったよ! 本の館に行けばいいんだろ!」

「助かる」

「お前、俺様が林檎を盗んだことを咎めていたくせに、自分は堂々と不法侵入しようとするんだな」

「手段は選んでいられないのでね」

「都合の良い奴め!」



 こうして、天界へと帰るヒントを探しに、本の館へと向かうことになった。


 ──2日後、館の場所や警備状況などの情報を調べ終えた2人は、不気味なほどに暗い夜道で魔導台車を走らせた。


 そして目的の館に隣接する崖の上に立って見下ろす。館は切り立った崖の横に建てられていて、レンガ造りの外壁と、大きな窓、そして月光を乱反射するステンドグラスが怪しげな雰囲気を醸し出している。


 正面入口から入ろうとすれば、その両隣に立つ番人につかまってしまうだろう。


 仮にその番人たちをどうにかできたとしても、堅牢と形容しても差し支えないほどに厳重な正面入口は突破できない。鉄の扉を何枚にも重ねたような構造なのだ。



「あそこ、見えるか?」

「……出っ張っている場所があるな」

「ありゃバルコニーって言ってな、屋根無しの屋外スペースのことなんだが……あのバルコニーに出入りするための扉は、正面入口と違って普通の扉なんだよ」



 ザンドルドが目をつけたのは、2階の壁から突き出たバルコニーの出入口。外の空気を吸いながら読書を楽しめる素敵な空間として作られたであろうあのバルコニーは、“正面入口からの入場を許された”人間の利用を前提としている。


 つまり、多額の入場金を払ったり、本の館の主である貴族と仲が良かったりして正当な手段で入場した人が楽しめるためのスペースなので、そこをまた鉄の扉を重ねて厳重なものにしてしまうと、出入りが面倒になり、快適な利用の妨げになってしまう。


 そんなわけでそのバルコニーは、どこにでもある扉によって出入りできるようになっているのだった。



「この崖から、ロープを使って館の屋根まで降りる。んで屋根上からバルコニーに降りて、侵入しよう」

「扉には鍵がかかっているんじゃないか?」

「普通の扉の鍵くらいなら、俺様にとってかかっていないのと一緒さ」



 まさか切り立った崖から降りてくる者などいないだろうとたかくくっていた貴族の怠慢を利用し、ザンドルドとニクスはどうにか屋根まで降りた。


 バルコニーの扉はザンドルドの予想通り、特別なそれではなく、ザンドルドの我流の開錠術でも簡単に開いた──果たして、2人は本の館への侵入に成功したのだ。



「……想像していたよりも本の数が多いな。天界について書かれた本はどこにあるんだ?」

「不親切なことに、案内板などはないみたいだな。ニクス、自力で探せ。俺様は宝の地図とかを探すよ」



 2階のバルコニーを集合場所として、2人は各々の目的の本を探しに歩き回った。


 十数分後、一冊の本を片手にニクスが戻ると、そこには、山盛りの本を抱えたザンドルドの姿。



「おい、帰りはロープを掴んで自力で崖を登るんだから、必要最低限の数にしろよ」

「いやぁ貴重な本が沢山あってさ、これ全部売ったら家建てられるぜ」

「欲をかくとバチが当たるぞ」

「──その通り、お前ら盗っ人にはバチが当たる」



 背後から聞こえた声に、2人は振り返る。窓から差し込む月明かりのみが照らす、薄暗い館の中を、ギシギシと床を軋ませながら歩く大男……ザンドルドが恐れていた本の番人がそこにいた。


 これだけの本を持つ貴族が、その番人として雇っているという時点で、この大男の実力の高さがうかがえる。


 2人が急いでバルコニーから逃げようとすると、大男が大きな声で叫んだ。



「この館は既に包囲されている。何だか怪しい物音がするとのことで駆けつけた俺たち本の番人にな。ちなみに屋根の上にもいる。崖上から垂れ下がっていたロープも引きちぎった。お前たちに逃げ場などない」



 館への侵入の容易さゆえに、ここの警備は恐るるに足らないと侮っていたが、実際は確実に逃がさない体制を短時間で整えてしまうくらいには対応が早かった。


 まだバレていないと安心して長居したせいで、逃げ場を失ってしまった2人。


 すると、ニクスが鎧を脱ぎ始めた。



「ほう? 抵抗の意思はないと示すつもりか? ならばまずは鎧ではなく、その剣を床に置くべきだったぞ」

「お、おいニクス! 何するつもりだよ!? まさか諦めたのか!?」



 天界で作られたこの鎧は、人間には再現不可能な代物であり、見る人が見ればとんでもなく価値の高いものである。


 それを床に並べて、ニクスは大男へと向き直った。



「これは降伏の意思表示ではない。本を1冊貰い受けた代金だ」

「……何を言っている」

「では、帰らせてもらう。いくぞザンドルド」

「か、帰るって!?」



 ニクスはザンドルドの腕を掴んでバルコニーに飛び出し、手を突き上げて叫んだ。



「“リング”!」



 ニクスの左手の薬指──そこに嵌められた黄金の指輪が闇夜を照らす。耳鳴りのような魔力反応の反響音。


 直後、館を見下ろす断崖絶壁の頂上から、満月を横切って飛び出す影。


 ニクス目掛けて落下してきたそれは──



「魔導台車! その手があったか!」



 館の屋根を半壊させながら着地した魔導台車。屋根の上にいた護衛はもちろん、魔導台車に下敷きにされた大男はひとたまりもない。


 2人は魔導台車に乗り込み、2階バルコニーから直接外へ飛び出した。軋む車輪に無理を言って全速前進。背後からの弓矢の雨を置き去りに、2人は森の奥へと姿を消した。



 ──翌朝、森の中で野宿した2人は、お互いの戦利品に目を輝かせる。



「見ろよニクス! この本、表紙に本物の金が貼り付けられてる! こっちは宝石付き!」

「俺のも凄いぞ、天界への帰り方が載ってる!」

「天界なんかあるわけないだろ……そんな夢見たいな話より、金になるこの本の方が凄いね!」

「天界はあるさ! お前も連れて行ってやるよザンドルド」

「馬鹿言うな。仮に天界が存在するとして、そこじゃあ満足に盗みを働けなさそうだ」



 2人の出会った土地──ザンドルドの故郷に帰ろうと、魔導台車を走らせながら、その荷台で本を広げる。



「ザンドルド、このナナークとうって知ってるか?」

「いや聞いたことないが……でもその地図を見る限り、そんなに遠くはないな。船に乗ればすぐ行けるはず」

「このナナーク島の奥地にある、ディアレクティケ遺跡……その最深部が、天界と繋がっているらしいんだ!」

「いやいや……そういうのはな、誰も辿り着けそうにないから成立する嘘なんだよ。そんな危険そうな場所、誰も行かないから、著者はそれっぽい伝説を作り上げたんだろう」

「だが天界にいたころ聞いたことがある……人間界の『三日月の島』と天界は繋がっていると」

「天界にいたとか小っ恥ずかしいこと言うな。三日月の島ね……まぁ確かにナナーク島の形は三日月みたいだな」



 ニクスの目的はいつだって一つ──オルファリアと再会することだ。


 そのためにまず何をすべきか考えたニクス……たどり着いた結論は、天界へ帰ること。少なくとも、土地勘がないどころか右も左も分からず、さらに魔力も十分に発揮できない人間界でオルファリアと出会うのは困難を極めるだろう。


 それに、オルファリアは魔王であり、人間界にとっては最悪の天敵。オルファリアが人間界に現れるときは、それすなわち人類滅亡の時だ。


 ならばまず天界へ帰り、そこからまたオルファリアと再会する方法を模索した方が早そうだと判断した。


 天界の掟を破り、魔界の者と関わってしまった罪人のニクスは、天界に帰ってもまた人間界に落とされかねないが、次こそは逃げ切ってみせる……そんな覚悟を胸に、ニクスは空を見上げる。


 晴れ渡る空に、ザンドルドの声が響く。



「そろそろ着くぞ! やっぱり故郷が1番だからな」



 ザンドルドの生まれ故郷──ニクスが落ちてきた場所でもある土地に、再び帰ってきた。


 後にアルド王国と呼ばれることになるこの土地は、大規模な市場が名物の商業都市。立ち並ぶ無数の店を見れば、盗っ人ザンドルドにとって夢の国だとわかる。


 美しい緑と、陽光に煌めく川。人々の活気に満ち溢れる素敵な故郷を見下ろす山の上へと登り──そして2人は絶句した。



「な……んだよこれ」

「も、燃えてるぞ! 市場も、山も!」

「俺の故郷が……」

「おいザンドルド、この山にもやがて火が移る! とりあえず離れるぞ!」



 勇者の凱旋のような気分で帰郷したザンドルドにとって、崩壊した街並みはショックなものだった。


 所々から火の手があがり、山も地面も捲れ上がっている。


 一体、何があればこんなことになるのか。自然災害規模ではあるが、台風や地震ではこんな風にはならない。不自然な破壊のされ方なのだ。


 まるで何か、“巨大な生物”が暴れ回ったかのような──



「お、おいニクス。あれは何だ……?」

「今はそれどころじゃ──は?」



 魔導台車で山の斜面を駆け下り、安全な場所まで逃げていた2人の目に写ったのは、立ち込める煙の中に揺らめく、巨大な影。


 2人が到着するまでじっとしていたようだが……その影が、こちらを向いた。



「う、嘘だろ」



 ニクスは“それ”を知っていた。見たことがあったのだ──“天界”で!


 ズシンズシンと地を揺らし、崩れかけた建物も薙ぎ倒して、煙の中から出てきたそれに、2人の視線は釘付けになる。


 黄金の昆虫。神話に出てくる怪物さながらの巨大さと恐ろしさをもって、人の里に舞い降りた超常の生物が、そこにいた。



「──ゴールデンヘラクレス……!」

「な、なんだそれ!?」



 冷や汗を流し、唾を飲むニクス。知らない単語に混乱するザンドルドが、ニクスの肩を叩いて問うた。


 ニクスは、ゆっくりとこちらを向くゴールデンヘラクレスを睨みつけながら、忌々しげに呟く。



「天界で、罪人を殺すために飼育されている、処刑生物だ」

「しょ、処刑生物!?」

「まさか俺が生きていると知って、よりにもよって“コイツ”を人間界に放ったのか……!」



 天界の知恵、技術、魔力を注ぎ込まれた昆虫型魔導兵器ゴールデンヘラクレス。天界における死の象徴が、罪人ニクスの姿を捉えた。


 人知を超えた美しさすら、その恐怖の前では薄れ、消えゆく。もう一つの太陽を思わせるほどの黄金の輝きが、熱を帯びて地面を照らす。


 ──ニクス・ミストハルトの処刑が、始まった。



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