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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第四章 冒険者編
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第四十三話 魔力覚醒




「……勘違いはしてほしくないんですけれど、私はオルファリアの妊娠を知ってすぐに怒り狂ったわけではありませんよ?


 内心は怒りに満ちてはいましたが、それでも幸せそうな妹の邪魔をしたくなかったので黙っていました。


 本当なら妊娠した時点でオルファリアごとピカロ君を殺しても良かったんですけれどね。


 結局、私は何もすることなく、オルファリアは無事にピカロ君を出産……それも私は我慢して、そこから5年。5年ですよ? オルファリアに子供がいるというだけでも耐えがたいのに、ピカロ君が4歳になるまで私は手出ししなかった。


 そんなある日、オルファリアが私に言ったのです。


 ──魔王を辞めたい、と。


 元々、魔界で最強といえばこのアーバルデンでしたし、長男である私が魔王になるのだとオルファリアは思っていたのでしょうが、私は自由が好きなのでね、オルファリアに魔王をやらせていたんです。


 それもまた、魔王という“立場”が、オルファリアを変な男から守るのだと信じて……まさか魔王に手を出す男なんていないと思ってましたから。


 しかし結局オルファリアは──ニクスと結婚したいと言い出した。魔王なんか辞めて、人間界で静かに暮らしたい、と。


 私の所有物のくせに勝手に子供まで作って……さらには私の心遣いである魔王という立場すら捨てようとしたのです。


 当時、私には積もり積もった悪感情がありましたから、それをきっかけに爆発してしまいまして……魔王を辞めたいと言ってきたその場で私はオルファリアをレイプしました。


 所詮はお飾りの魔王。いつだって私の手にかかればオルファリアは何の抵抗もできない玩具なのです。


 あれは本当に気持ち良かっ──あぁ、思い出すと興奮してしまいますからね……一旦落ち着きます。


 そうして泣き叫ぶオルファリアに子種を植え付け、強制的に魔力を注ぎ込むことで、受精卵に“意思”を持たせました。


 するとどうなったと思います?


 なんと、まだ受精卵にもかかわらず、デスファリアは母体を──オルファリアを支配してしまったのです!


 そうして母体を支配したデスファリアは、母体から魔力を無理やり吸い上げ、急激に成長しました──生まれたその日に胎児にまでなりましたからね。


 命が吸収されていく苦しみに悶えるオルファリアもまた、美しかった。


 ニクスと愛を誓ったからには、今自分の子宮の中にいる悪魔を許すわけにはいかない──完全に母体が支配される直前、オルファリアも、自らの腹を貫いてデスファリアを殺そうとしたのですが……彼女は躊躇しました。


 生まれてくる子に罪はないのだと。望まない子だからといって、殺してしまうのはあまりに酷だと、そう言っていましたが……その直後に身体を支配されたのですから、殺しておくべきでしたね。結果論の岡目八目ですけれど。


 そしてデスファリアは、支配したオルファリアの体を使って、人間を滅ぼそうと魔王軍を動かしました。


 当時のデスファリアは、既に胎児とはいえ実質的には生後1日程度。魔族としての本能に従うことしかできず、ただ人間を殺そうとしていたんですね。


 実際には、当時の魔族対人間の戦争は思いの外、拮抗していたので、魔王が最前線に立って戦うことには不安が大きかったのですが……そんなことデスファリアは考えられません。生まれたばかりですから。


 だからこそ、その暴走を止めるのはオルファリアの兄でありデスファリアの父である私の役目でした。


 しかし、私はどうしても見てみたかった──愛した妻を犯されたニクスを! 子種に支配された無様なオルファリアを、ニクスがどんな顔で見るのかを!


 ですから、その無謀な魔王軍の侵攻を私が許可しました。


 多少の準備期間──軍の補充や、デスファリアへのさらなる魔力供給などを済ませ、ピカロ君が5歳になるころ、ついにデスファリアが出陣。


 人間界を縦横無尽に壊し回ったデスファリアを止めたのは、勿論ニクスでした。


 必死にオルファリアの名を呼びかけていましたが……まぁ、脳まで支配されていたようですから、もうオルファリアはニクスの声に反応することも無かった。


 数十分ほど、デスファリアと二クスは戦っていました。戦うというよりは、ニクスを殺そうとするデスファリアの支配から、オルファリアをどうにか解放しようと時間稼ぎをしていたんですね。


 それから……遠くにいた私には聞こえませんでしたが、デスファリアが──あるいは消えかけのオルファリアが、ニクスに何かを伝えて……直後、二クスはオルファリアの身体ごとデスファリアを殺しました。


 愛する妻をその手で殺す──絶望のあまり涙も出ないニクスの表情は最高でした。


 ……まぁとはいえ、私の息子であるデスファリアをその場で殺されても困るので、オルファリアがニクスに一刀両断される直前、私は転移魔法でオルファリアの子宮ごと手元に転移させましたけれど。


 ですからまぁ、二クスはただオルファリアを殺しただけ、ですね。


 魔王を死体解剖でもすれば、オルファリアの下腹部の臓器が抉り取られていることに気づいたでしょうが、ニクスの一撃でオルファリアは完全に消滅してしまいましたから……。


 そんなわけで血でベトベトの子宮を片手に私は魔王軍を指揮し、魔王が殺されたので撤退するぞー、と白々しくも命令しました。


 そうして、魔王軍は全軍撤退。魔界へと帰り、人間たちは勝利したのだと錯覚していましたね。実際には、その場で私が暴れればどうにでもなりましたけれど……私の目的は人間を殺すことではなく、ニクスを苦しめることでしたから、何もせず帰りましたよ。


 そうしてニクスは、魔王を殺し世界を救った大英雄だといわれるようになったんです。ふふふ、ただの妻殺しなのに。


 それからは……まぁ、魔界での私の子育てエピソードなど興味ないでしょうからこれくらいにしますか。


 そんなわけで、オルファリア・シンス・ザルガケイデンについての話はこれで以上です。ニクスも、ピカロ君には打ち明けることはないでしょうから、知れて良かったですね。


 それに、ニクスはデスファリアを殺したと勘違いしてますけれど、実際には今も魔王として元気にしているという真実は、父親であり全ての首謀者である私しか知り得ない情報……これもまた、ニクスの口からは聞けなかった真実です。


 ピカロ君、これが君の母親の全て。愚かにも天界人との恋に落ち、兄を裏切って結婚までしようとしたどうしようもない女の顛末。


 君はそんな汚れた血を継いでいるのですよ──」




────✳︎────✳︎────




「随分と長ったらしい遺言だな、アーバルデン」



 ピカロは剣を構えた。アーバルデンは眉一つ動かさない。



「やめろ、ピカロ」

「なんでだよシェルム! 私の両親をここまで侮辱されて! 黙ってられないだろ!」

「今はまだこいつには勝てない……死ぬぞ」

「勝てないから尻尾巻いて逃げろってか!?」

「──死にたいのか? 今、ここで?」



 シェルムは紫紺の瞳でピカロを見下ろす。肌で感じるほどの圧力に、ピカロは唾を飲んだ。



「お前の目的は何だ、ピカロ」

「……」

「何のためにここまでやってきた」

「そ、それは……サキュバスと──セックスするためだ!」



 ピカロは叫んだ。ここで初めてアーバルデンが驚いた表情を見せる。


 急ハンドルで話の方向が逸れたのだから仕方ない。



「会ったこともない母親の名誉と、お前の夢、どっちが大切なんだ」

「……会ったことなくても、母親は母親だし……それに父さんも悪く言われて──」

「お前の親を思うその気持ちと! サキュバスとのセックス! どっちが大切だ!?」

「そ、そんなの……」



 顔も知らないが、愛してくれた母、オルファリア。最も尊敬する大英雄の父、ニクス。


 ピカロの大切なものを、目の前にアーバルデンは侮辱し、そして過去には実際に2人を地獄に陥れている。


 悔しいし、悲しい。ふつふつと湧き上がる怒りに手が震えるほどだ。


 真っ当な子供なら──真っ当な人間なら……アーバルデンを、許してはおけない!


 ……それでも。



「サキュバスとのセックスに、決まってんだろうがぁッ!」

「……それでいい」

「私はもう、“真っ当な人間”をやめた! 当たり前の道徳も捨てた! ただ自分の性欲を満たすためだけに、人類を犠牲にしようとしている私にとって──母親の死も! 父親の苦しみも! アーバルデンの罪も! 等しく無価値だ!」

「だったら、こんなところで殺されるわけにはいかないだろ、ピカロ」

「──あぁ。私が間違っていた。私の歩く道は修羅の道……シュラというかフェラの道。フェラして欲しいの道」

「そんな道はない」

「シリアス展開なんかクソ食らえだ。私は……私たちは……私たちの物語は! ただ一度のセックスのためだけにある! ただ一度の挿入のためだけに! その数秒のためだけに! 人を殺し、魔族を殺し、全てを置き去りに進む!」



 ──何度でも言おう。彼は無能貴族……人類史上最悪の大犯罪人である!



「……えーっと、話は終わりましたかピカロ君」



 アーバルデンは気まずそうに話しかける。母親についての真実を聞かされ、ピカロが怒り狂うのではないかと期待していた分、突然意味不明な方向に話題がシフトしたのには驚いたようだ。


 肩透かしではあったが、しかし何故か家族愛など超越した究極の覚悟を見せつけられた気もする。



「あぁ。すまないアーバルデン。取り乱した。母親について教えてくれてありがとう」

「君は……意外と薄情なんだな」

「人間を辞めたので……あ、違う──俺は人間をやめるぞ! ジョジョーッ!」

「……?」

「まぁとにかく。私はこんなところで死ぬわけにはいかないので、お前には挑まない。全力で逃げさせてもらう」

「いや別に私は君を殺す気なんてないですよ。オルファリアについて話したかったのと、あと一つ、お願いがあったので来たんです」

「お願い?」

「はい。これはもう実験というか、私の好奇心でしかないのですけれど……」



 アーバルデンは右手を宙にかざす。仄暗い薄紫の粒子が掌から放出され、一点に収束する。紫色の魔法陣が現れ、そして宙空に魔力の塊が出来上がり──それは異界への扉へと変化した。


 歪んだ鏡面のような、楕円形の穴。穴の中は闇が蠢いていて覗き見ることも叶わない。



「──今から魔界に来てくれませんか?」

「ま、魔界!?」

「はい。私の息子と──デスファリアと会って欲しいのです」



 デスファリア・シンス・ザルガケイデン。オルファリアが無理やり産まされた悲劇の子。ピカロの義兄弟ではあるが……現在の魔界を統べる魔王その人である。



「な、なんで魔王と会わなきゃならないんだ」

「……君はオルファリアとニクスの子。デスファリアはオルファリアと私の子です。どちらも、魔王の息子という点においては、次期魔王になる権利がありました。むしろ、先に生まれているピカロ君の方が、王位継承権は上でしたね。……まぁどちらが魔王に相応しいかは興味ないのですが、どちらが“オルファリアの息子”に相応しいのかは悩みどころです」



 道徳的に見れば、レイプにより生まれ、母体を支配して悲劇を生んだデスファリアよりも、運命が紡いだ2人の愛の結晶であるピカロの方がちゃんとした息子っぽくはある。


 無論、生まれてきた子に罪はなく、生まれながらにして平等という意味では、デスファリアもピカロも等しくオルファリアの息子ではあるけれど。



「要するに、どちらの方が強いのかが気になるのです」

「……いや、そりゃ魔王の方が強いと思うけど」

「いえいえまだわかりませんよ。なぜなら君はまだ魔王の力に目覚めていない」

「魔王の力?」

「君の身体には魔王の血と天界の戦士の血が流れています。後者についてはよく知りませんが、前者についてはまだ眠っている状態のようです」

「わ、私には隠された力があったのか……」

「封印されてますね。私からすればもはや呪いの類いですけれど……オルファリアの魔法によって君の中の魔王の力は眠り続けています」

「そ、それを解放すれば魔王にも勝てるのか?」

「勝てるかどうか見てみたいから、魔界に来てくださいと言っているんですよ」



 朗報続きである。主人公への憧憬が人一倍強いピカロにとって、魔王の力なるものが自分の中にあることは心躍らせる真実であるし、それにいきなり魔界にいけるかもしれない。


 無能貴族となることなく魔界に行けてしまったら、タイトル詐欺になりかねないが……。



「……あぁ、隣の人は無理ですよ?」

「え!? シェルムは魔界に行けないのか?」

「魔族の作る“ゲート”は、魔族しか通れません。ピカロ君は力を目覚めさせれば通れますが……」

「まじか。どうするシェルム」

「……お前が、魔王に勝てるんなら良いけど、負けたら殺されるわけだろ? お前の目的はあくまでサキュバスとのセックスであって、魔王になることじゃない。勝てるっていう保証がないなら行くべきではないと思うぞ」

「そっか、アーバルデンについて行っても魔王と戦わされるだけなのか」

「勝てば、魔王になれるかもしれない。そしたらサキュバスと言わず、あらゆる魔界の女を抱けるぞ」

「ぼぼぼ勃起してきた」

「……で、どうするんですかピカロ君」

「と、取り敢えず魔王の力とやらを、目覚めさせてもらおうかな。どうすればいい?」

「簡単ですよ」



 ズプン。


 豆腐を箸で刺したかのように、ほとんど抵抗のない挿入感。


 一瞬で眼前に移動していたアーバルデンの手が、ピカロの胸を貫いていた。



「一度死ねば、封印は解かれます」



 心臓を丸ごとくり抜かれ、ピカロは一瞬で絶命。白目をむいて全身が弛緩する。胸を貫くアーバルデンの腕にぶら下がるように、力の抜けたピカロの死体は、数秒後、ドクンと跳ね、震え始める。


 山中に響き渡る鼓動の激音。やがてピカロの全身に血管が浮かび上がり、蒸気を発する──熱を帯びた身体に、赤黒い粒子が集まっていく。



「これが、魔王が受け継ぐ力の奔流です」

「うあ、あ、あぁッ」



 吐血しつつ、覚醒したピカロの胸から手を抜く。滝のように噴き出す血液。しかしすぐに胸の穴は修復していき、傷は完全に無くなった。


 ピカロの金眼に、赤黒いあかりが灯る。



「ではピカロ君、行きましょ──」



 一歩近づいたアーバルデンの伸ばした腕が、切断される。



「あれ、これはもしかして……」

「お、おいピカロ。何して──」



 肩を掴んだシェルムにピカロが振り返ると同時、シェルムの胸が斜めに斬られる。寸前で上体を反ったシェルムだったが、傷は深い。返り血がピカロを汚した。


 後退るシェルム。ボタボタと血を落としながらアーバルデンを見やると、腕を修復し終えたアーバルデンが困ったように笑っている。



「あー、完全に暴走してしまいましたね。これほどまでの力が眠っていたとは……」



 ため息を吐くアーバルデンを睨みつけるピカロが、枯れた声で言った。



「母さんの声が聞こえる。お前を殺せ、と。母さんの恨みが見える」

「じゃあ何で僕も斬ったんだよ!」

「母さん……」

「聞こえてねぇか……!」



 涙を流すピカロ。次の瞬間、その場に涙を置き去りに、アーバルデンに肉薄したピカロが剣を薙いだ──鋼鉄の刀身がアーバルデンの首を跳ね飛ばす。


 宙を舞うアーバルデンの生首が笑う。



「……オルファリアの呪い。君も失敗作か」

「殺してやる」



 ──奇しくも、王都中が望む“アーバルデン本体の討伐”が、思わぬ形で始まった。




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