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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第三章 王国軍編
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第三十九話 脱大将軍




 古代の遺物(アーティファクト)の中で最もその価値が重要視されているのが、過去と未来の歴史を記した『世界の書』である。


 研究者たちによりその解読が年々進んでいて、新たな記述を読み解くたびにそれは最も信憑性の高いこの世界の情報として広まっていく。


 特に民衆から注目を集めているのが、『伝説の勇者』に関する記述だ。


 魔界と人間界が度重なる衝突を繰り返してきたことは、もはや『世界の書』を解読するまでもなく明らかなことではあるが、何百年周期で訪れる人類の危機を救ってきた伝説の勇者たちについては、関心の集まるところである。


 容姿や性格、人間関係、生い立ちなど、とことんプライベートな情報までを人々は欲しがる──それほど憧れの的なのだ。


 そんな伝説の勇者についての記述と、出生が一致する伝説の勇者候補は今現在4人いる。


 アルド王国の第一王子、テイラス共和国の第三王子、ジンラ大帝国の第一王子、ネーヴェ王国の第二王子。


 この4人は、ピカロとシェルムが初めて出会ったあの日、同時に生まれ落ちた運命の御子である。


 年々、魔界から人間界への入り口が減少していることから、近いうちに完全に魔界との繋がりが絶たれる可能性がある──そこで、タイミングを合わせて魔族を討伐して回れば、あたかも『全ての魔族を人間界から退けた英雄』だと民衆は勘違いするだろう。


 各国の政府は、自国の王子こそが真の伝説の勇者であると証明するために、これから魔族への攻撃を強める──その主力はもちろん、伝説の勇者候補の少年。


 そんな彼らの活躍により魔界は大打撃を食らう予定なのだが、そのための大規模な魔族掃討作戦の指揮を執り、盛大に失敗するというのがピカロの目的である。


 そういう意味で、まさしくピカロの敵である伝説の勇者候補の1人と、まさか剣を交えることになるとは……。



「レイ王子……」



 呟いたシェルムを驚いたように見た男が、レイの肩を掴んで叫んだ。



「レイ王子の正体がバレてますよ! ヤツは危険です! やはり逃げましょう!」

「師匠が最初に僕のことをレイ王子って呼んだからだよ」



 後から駆けつけたこの男──師匠と呼ばれているが、見た目から判断するに二十代の若者だ。伝説の勇者を育成するという重大な任務を国から任されるには、いささか若すぎる気がする。


 国からの要請ではなく、レイ王子が個人的に師と仰いでいるだけの可能性もあるが……実際、レイ王子が11歳なのにこれだけ強いことを思えば、年齢と実力は関係ないのかもしれないけれど。


 いずれにせよ、危険だ。ピカロとシェルムの作戦の邪魔をするようなら、応戦しなければならない。



「うわぁ! レイ王子、腕が変な方向に曲がってますよ!」

「ああ……さっき折れちゃって」

「ひ、ひぃ……医者を呼んできます!」

「逃げるんじゃなかったの?」

「そうだ、逃げましょう!」



 慌てふためく師匠を宥めつつ、レイは折れていない右腕で剣を持ち上げ、その切っ先をピカロに向けた。



「大丈夫。今さっき、あのザンドルド・ディズゴルドを倒したところだから」

「ザンドルド・ディズゴルドォ!?」



 胸を深く斬られひざまずくピカロ──その身を包む黄金殻おうごんかくの鎧を目にした師匠がひっくり返って目をチカチカさせている。


 腕は折れているが余裕そうなレイ王子と、大量の血を流し膝をつくピカロ。勝敗は一目瞭然だ。



「だから、あともう1人も僕が倒して、世界樹の杖を守るからさ。もうちょっとだけ待ってよ師匠」

「そ、そんな! 腕が折れてるんですよ!? 動くと痛いですよ!?」

「大丈夫だよ……一瞬で終わらせる」



 師匠を押し除けて前へ出るレイ。ピカロの横に立つシェルムをゆっくりと見定めてから剣を構えた。



「見た目からは強さがわからないけど……そこで死にそうになってるザンドルド・ディズゴルドより強いってことはないでしょ──仮面のおじさん?」



 シェルムは今、仰々しい仮面で顔を隠している。


 ピカロは黄金殻の鎧により顔が隠れているため正体がバレる心配はないが、シェルムの顔を知っている人に出会ってしまった場合、シェルムがザンドルド・ディズゴルドと行動を共にしていると思われてしまう可能性がある。


 それはシェルムにとっても不都合だし、シェルムと2人組で活動しているピカロにも悪い噂が立ちかねない。


 いくらアルド王国軍の大将だからといって、世界的に有名なわけではないし、おそらく目の前にいるレイと師匠はピカロとシェルムのことを知らないだろうけれど……盗賊として活動している間は、正体を隠しておいて損はないだろう。


 全身が金色に輝くピカロと比べると、盗賊っぽい衣装に仮面舞踏会参加者みたいな仮面を付けたシェルムは、見た目からして弱そうだ──みすぼらしいと言っても差し支えない。



「おじさん呼ばわりは傷つきますよ」

「お、初めて喋ったね。確かに声は若そうだ」

「……世界樹の杖、貰えませんかね?」

「ふふ。ダメだよ。一応、国宝だから」

「残念です……」



 シクシクと泣いたフリをしながら剣を抜くシェルム。息も絶え絶えのピカロの前に立った。



「レイ王子、本当に大丈夫ですか!?」

「うん、僕より強い人がいるとは思えないし」



 翡翠の髪が揺れる。少年とは思えない殺気に満ちた眼光が、シェルムの安っぽい仮面を貫く。

 一瞬の静寂。張り詰める空気ごと地面を蹴り飛ばし肉薄するレイの剣が、血を求めてギラリと煌めいた。


 ──ずぱんッ。



「……は?」



 レイの振るった一太刀は紙一重で避けられた。じゃあ今のは何が斬れた音だ?



「レ、レイ王子!?」



 見下ろすと、足元にはレイの左腕が落ちていた。ゆっくり顔を横に向ければ、その細い左腕の肘から先が、無い。



「折れてて痛そうだったから……」

「嘘でしょ……僕より強いじゃんこの人」



 まだ11歳の少年にもかかわらず、片腕を斬り落とされても汗一つかかないレイ。すぐさま距離を取る。


 パニックすぎて死ぬんじゃないかと思わせるほど取り乱した師匠が、上着の袖を引きちぎってレイ王子の腕に巻きつけた。止血のための応急処置だが、言うまでもなく早く医者に診てもらうべきだ。


 ポタポタと垂れる血を見ながら、レイはシェルムに向き直る。



「お兄さん……何者?」

「盗賊ですよ」

「……うーん」



 数秒、悩んだのち、レイは再び剣を構えた。ピクリと眉を上げるシェルム──対して師匠は顎が外れるほど口を開けて叫ぶ。



「うわぁー! 何するつもりですか!?」

「僕より強い人と戦える機会なんて、一生に一度かもしれないし。もっと強くなるためには、必要なステップだと思う」

「勇敢だね、レイ王子」

「でしょ?」

「何が勇敢ですか! ただの無謀でしょう! 帰りますよレイ王子!」



 冷静さを欠いた師匠に、斬られた左腕を引っ張られ、さすがに激痛を感じたレイが師匠の頭を叩く中、シェルムが世界樹の杖をクルクル回しながら言った。



「僕らの目的はあくまでコレですし。逃げてもらって結構ですよ」

「いやいや、それ国宝だから」

「あんな棒っきれよりレイ王子の方がよっぽど国宝なんです! さぁ早く!」



 師匠の制止も振り切ってレイが走り出す。今度は油断していないため、一太刀も浴びる気はない。


 やれやれといった顔のシェルム(仮面で見えないが)。ゆらりと剣を振り上げた。


 レイの剣が、風を斬り裂いてシェルムを襲う──しかし、当たらない。



「……死にたがりじゃあ、伝説の勇者は務まりませんよ」

「──レイ王子!」



 無慈悲に振り下ろされたシェルムの剣が、レイの細い首に触れる、その刹那。


 剣とレイ王子との僅かな隙間に、縫うように差し込まれた白銀の鋼鉄が、シェルムの一閃を弾き飛ばした。


 たった一度の衝突で、シェルムの剣が刃こぼれする──なるほど硬度は上らしい。



「それはまた……大きな盾ですね」



 どこから取り出したのか、レイの体躯よりも大きな盾が、神殿の床に突き刺さっていた。


 レイの後方には、正面に手をかざしている師匠の姿。どうやら彼の仕業らしい。



「ほら、今の危なかったですよ! 死んでましたよ!」

「……死んでたね」

「……」



 シェルムはすぐさま盾の横から剣を突き、レイの首を狙う──しかしそのことごとくが、その度に現れる強固な盾によって防がれてしまう。


 気がつけば、神殿最奥の部屋は白銀の盾だらけになっていた。



「魔法、ですか」

「もうバレてる!?」

「いや師匠、何も無い虚空からこんだけ大量の盾が現れたら誰でも魔法だと思うでしょ」

「……もしかして、『西洋の守護神』ですか?」

「正体までバレてる!?」



 西洋の守護神──テイラス共和国が誇る、歴史上類を見ないほどの防御魔法の達人。近年、魔術界隈を賑わせている期待の新人だ。



「どうして魔術師が剣士の弟子をとってるんです?」

「師匠は僕に、いざというときの逃げ方を専門に教えてくれてるんです」

「そもそも師匠になんてなった覚えありませんよ! 俺はレイ王子の護衛です!」



 なるほど護衛として考えるならば、おそらく世界最高の守護者だろう。


 現に、シェルムの剣撃は最初の一撃を除いて全て防がれている。防御魔法も、極めればここまで到達するらしい──魔法で作られた白銀の盾は消滅することなく床に突き刺さったままだ。



「レイ王子の左腕が斬られた時点で俺はもう護衛失格ですけど……その尊い命だけは、必ず守り抜きます! 早く逃げますよ!」

「確かに、あの人には勝てそうにないや……ねぇ、また会える?」



 レイの射抜くような視線も気に留めず、シェルムはピカロに肩を貸しつつ笑った。



「会えますよ。今日みたいにあなたが無茶な戦い方をしなければ」


「……なら、いいや。よし、帰ろう師匠」

「は、はい!」



 一応はテイラス王国の国宝である世界樹の杖に目もくれず、2人は走り去っていってしまった。


 もはや別れ際に話しかけられることすらなかった置いてけぼりのピカロは、何とか立ち上がり、半泣きで呟いた。



「私、主人公だよな?」




────✳︎────✳︎────




「号外号外ーッ! 世界最高額の賞金首ザンドルド・ディズゴルドが遂に討ち取られたぞーッ!」



 ──アルド王国、王都。


 新聞社の若い男が嬉々として紙を配っていた。


 その内容はもちろん、世界中の金持ちに恐怖を与え続けていた最恐の盗賊ザンドルド・ディズゴルドが殺されたことについてだ。



「うお、しかも我がアルド王国の軍人が成し遂げたらしいぞ」

「ピカロ・ミストハルトって……もしかしてニクス・ミストハルト様と関係あるのかしら」

「ニクス様のご長男だそうだ。親子揃って英雄気質なんだなぁ!」

「シェルム・リューグナーって人の方は聞いたことないけど……あらやだ凄いイケメン!」



 街の喧騒もピカロとシェルムの話題一色。


 つい先日までは、ザンドルド盗賊団が西のテイラス共和国を襲い、その結果国宝である世界樹の杖を盗み出したという大ニュースで持ちきりだった。


 たった1つの組織が大国を相手にして勝利を収めた事実は、ザンドルド盗賊団の脅威を世界中へと伝え、ことさら団長のザンドルド・ディズゴルドという男がどれだけ規格外なのかを知らしめる結果となった。


 そうして集約した畏怖が、もはや伝説的な偉業を成し遂げたザンドルド・ディズゴルドを神格化しつつあったその矢先、世界で最も恐ろしい男は殺された──当然、2人の英雄はさらなる注目と尊敬を集めることとなる。


 ザンドルド・ディズゴルドという存在を持ち上げて持ち上げて、1番美味しい時に喰らったわけであるから、タイミングが良すぎるというか、多少のきな臭さは残るものの、まさかザンドルド・ディズゴルドを殺したピカロが、つい先日までのザンドルド・ディズゴルド本人だったなんて思いつかないだろう。


 実際には殺したも何も、着ていた黄金殻の鎧を脱ぎ、それをアルド王国軍部に提出しただけなのだが……。


 そうなると、世界最高の盗みのプロから、最も価値のある装備品を2人が盗んで帰ったというより、殺して奪ってきたという方が信憑性があるし、実際2人は「ザンドルド・ディズゴルドを殺してきました」と嘘をついて帰ってきたのだから信じる他ない。



「……約10年ぶりに王都に帰ってきた貴方達英雄にこんなこというのは気が引けるんだけれど」



 場所はアルド王国軍本部。王国軍元帥カノン・リオネイラの執務室。


 半裸で四つん這いの男と、その背中に腰掛けるカノンの正面に、ピカロとシェルムが立っていた。



「ザンドルド・ディズゴルド、殺してないでしょ」

「い、いやぁ殺しましたよ」

「ザンドルド・ディズゴルドは大昔に死んでるはずよ」

「ま、まさかぁ」



 世間の人々は、ザンドルド・ディズゴルドを不死身の化け物か何かだと思っている。なぜならば伝説級の偉業をこれでもかと成し遂げ続けた上に、人智を超える古代の遺産(アーティファクト)である黄金殻の鎧まで手に入れているのだから。


 現に、ピカロ達が乗っ取るまで、ザンドルド盗賊団は世界中で活動していたし、その被害にあった貴族達からも黄金殻の鎧を纏った大男の目撃情報が相次いでいた。


 その中身はザンドルド盗賊団の幹部なのだが、そんなこと一般人は知る由もない。


 当然、ザンドルド・ディズゴルドは何らかの方法でまだ生きていると考えられていた。



「このカノン・リオネイラ様を騙そうったって無駄よ。この世に不死身のアイテムなんて存在しないことくらい知ってる」

「……えぇ。じゃあ今回の成果は無しってことですか」

「いやそんなことはないわよ。アルド王国の軍人がザンドルド・ディズゴルドの魔の手から世界を救ったっていう勘違いは、軍部の人間からすればありがたいことだしね。今後の外交でも有利に働くかもしれない」

「じゃあ内緒にしててくれるってことですか?」

「まぁね。それよりもっと大時な話があるのよ」



 カノンは、椅子男のケツに刺さっている数本の葉巻の中から1本を抜き取り、火をつけて咥えた。椅子男はものすごい笑顔で震えている。


 確か、10年前にこの部屋に来た時にも、カノンはこの筋骨隆々の男を椅子にしていたが……一体どれだけの時間を椅子として過ごしているのだろうか。



「結論から言うわ。貴方達2人には、王国軍を辞めてもらう。追放ね、追放」

「ええー!? こんなに頑張ったのに!?」

「頑張ったから追放なのよ。貴方達は元々、王国軍はおろかアルド王国から出て行けって言われてた立場だったところを、このカノンが“特別任務”で外国へ行かせるって形を取っていたの」

「将来の伝説の勇者パーティーが使用する伝説級のアイテムの収集っていう特別任務ですよね?」

「そうよ。まぁそんな無茶苦茶は任務は遂行不可能だから、実質的にはただの国外追放だったわけだけれど……それなのに貴方達はちゃんと伝説級アイテムを持って帰って来てしまった。しかも2つも!」



 任務遂行を円滑に進めるため、カノンが2人を王国軍大将の地位に就かせたのも、2人が国外追放されたのではなく、あくまで任務で外国に行っているのだという印象を与えるためだった。


 魔界にて懸賞金が掛けられている危険人物の2人を、そんな名誉ある形で送り出してくれたカノンは、2人にとって恩人だ。


 だからこそカノンに報いようと頑張って2つの伝説級アイテムを持ち帰ったのに、その結果任務完了となり、次の任務を待つ普通の軍人に戻ってしまった。


 アルド王国内にいることを許されていないのにもかかわらず。



「カノンとしては貴方達には良くやったと褒めてやりたいくらいだけれど。相変わらずアルド王国軍は貴方達2人を危険視してる。正直、今すぐにでもまた国外追放すべきだって意見もあるわ」

「酷すぎる……」

「カノンも説得したんだけど、老人達は軍部内に不安要素を持ち込みたくないみたいなのよね。だから最低でも王国軍を辞めてもらうっていうのは決定事項」

「国外追放はされないってことですか?」

「それは審議中。まぁ審議中っていうか9割は国外追放すべきって意見だけどね」

「え、ええ。じゃあ私たちはどうすればいいんですか」

「とりあえず、魔族をおびき寄せてしまうという事情があったとしても、それでもなおアルド王国にとって貴方達が必要不可欠な存在だと証明するしかないわね」

「……でも今回の特別任務みたいな、巨大な成果を期待できるプロジェクトに参加したくても、私たちは王国軍にはいられませんし。一般人が出来ることなんてたかが知れてますよ」

「だからまぁとりあえず──ギルドに行って冒険者でもやってみたら? 最高クラス冒険者である、SS級冒険者にでもなれば、アルド王国の大切な戦力だって認識してもらえるはずよ」



 そんなわけで新章、冒険者編──開幕!



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