第三十七話 極悪非道
そもそもどうしてピカロとシェルムが、ザンドルド盗賊団に加入したのか。2人の目的について、多くの読者が薄っすら忘れているだろうことが容易に想像できる為、ここで今一度簡単に説明する。
ことの始まりは、新入生トーナメント編の終わりに、仮面の男と接触したこと。そこで何故か仮面の男と対立してしまった。その後、魔界にて仮面の男がピカロとシェルムに莫大な懸賞金を積んで指名手配するという嫌がらせを実行した。
懸賞金欲しさに人間界まで訪れる魔族たち。最終的にはアルド王国王都にまで魔族が現れる始末。ピカロとシェルムが何らかの理由で魔族を引き付けてしまうことを知った王国軍は、2人を国外追放しようとする。
王国軍元帥カノン・リオネイラの提案で、“特別任務という形をとって国外へ行く”ことになった2人。その特別任務とは、将来の伝説の勇者パーティーが装備する予定の最強のアイテムを、世界中から収集すること。
果てしなく困難な任務のため、カノンが便宜をはかって2人に王国軍大将の権限を与えた。
そして2人が最初に狙った最強アイテムこそが、ザンドルド盗賊団の団長ザンドルド・ディズゴルドが装備していると噂の、黄金殻の鎧。
どうにかしてザンドルド・ディズゴルドと接触し、黄金殻の鎧を奪い取る腹積もりで、ここまできたのだった。
そういう意味では、2人の目的はあくまでも黄金殻の鎧の入手であって、ザンドルド・ディズゴルドの討伐やザンドルド盗賊団の壊滅ではない。
幹部会合にて、ザンドルド・ディズゴルドが遥か昔に死んでいることを知らされ、目の前に黄金殻の鎧がある現状は、2人の目的達成一歩手前と言える。
にもかかわらず、シェルムはピカロにこう言った。
「ピカロ──今日からお前がザンドルド・ディズゴルドだ」
目の前で、幹部の1人の大男の首をはねたシェルムの一言を理解する暇もなく、他の幹部が武器を手に取って立ち上がった。当然、裏切り者を殺す為だ。
だがシェルムに視線を向けられると、思わず足が止まる。身も竦むような殺気が、軽薄な笑顔から溢れて止まらない。
「お、おいシェルム……殺すのか?」
「こいつらはザンドルド盗賊団の幹部。世界中で人を殺し、物を奪って回ってる極悪集団だ。懸賞金まで掛かってるんだから、殺されて当然だろ」
「だ、だって私たちも今や幹部だし……そんな私たちに断罪の権利なんて」
普段はヘラヘラしているピカロではあるが、やりたくもないのに盗賊を続け、目の前で罪のない一般人たちが殺されていくのを見てきたこの6年間は、ピカロに相当のストレスを与えていた。
これまで常に余裕ぶっていたのも、シリアスな場面でふざけていたのも、自分が大英雄の息子で、常に正義は自分にあると思っていたからだ。どこかで、自分は正義の味方だと、正しき主人公なのだと信じて疑わなかった──しかし今はどうだろう。
ザンドルド盗賊団で6年間も“活躍”してきた意味。任務のために、これが1番の近道だったからなどという言い訳は、ピカロのプライドについた傷を癒してくれない。
自分が世界の中心であるという自負が、酷く間違っている気がした。
主人公はこんなことをしないのではないか。物語の悪者サイドに回ってしまったのではないか。取り返しのつかない道の上にいるのではないか。
自分が大罪人だと自覚してしまった今、目の前の幹部たちを、“罪人だから”という理由で殺す権利が、自分にあるのだろうか。
「あのなピカロ」
呆れた様子のシェルムが目を細める。冷たいナイフを当てられたかのような悪寒に、ピカロがビクつく。
「お前が無能貴族となって、人類と魔族の戦いを邪魔するって目的は、ザンドルド盗賊団と比べ物にならないくらいの大犯罪だ。被害の規模も、未来への悪影響も、計り知れない」
「……」
「それを、ただサキュバスとエロいことをしたいという、言ってしまえば下らない理由でやろうとしてるんだ僕たちは」
「そ、それは」
「いいかピカロ。お前は第三十六話まで勘違いしていたかもしれないが──」
話し込む2人の隙をついて迫ってきた1人の幹部を真っ二つにし、顔についた返り血を拭いながらシェルムが振り返った。
「僕たちは、最初から最後まで、悪者だぞ」
最初から、最後まで。
「この物語は、正義の主人公ピカロ・ミストハルトが、悪を斬り、世界を救う物語じゃない。歴史に名を刻むほどの大罪人が、その性欲を満たす物語だ。人気が欲しいから、カテゴリはハイファンタジーにしているが、所詮は素人コメディ作品。お前が憧れてるような、主人公無双のハーレムラノベじゃないんだよ」
シェルムと初めて出会ったときに、ピカロは言われていた──主人公は伝説の勇者であり、ピカロではないと。
とはいえピカロ目線で進んでいくストーリーが三十話以上も続き、いつしかピカロは勘違いしていた。
自分はこの物語の主人公で、カッコよく成長していく姿を読者に届けるのだと。
──そんなわけないだろ、と心の中で呟いた。
「……あぁ。そうだった。私は、大英雄の息子であって、大英雄じゃない。人々を幸せにする貴族になりたいんじゃなくて、サキュバスとセックスしたい」
「忘れるなよピカロ、お前は正義の主人公でも、悪のカリスマ的ダークヒーローでもない」
「私は──無能貴族だ」
断言しよう──この物語は、ちんぽに人生を捧げた男の、人類すら犠牲にした、壮大な『前戯』である。
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結局。2人はラークを含めた幹部6人を全員殺した。
ラーク・ジュライエンに関しては、唯一名前もわかってる上に、2人を盗賊団に加入させた男だから、今後も物語に関与する可能性があるのではないかと考えたが、シェルム曰く、「そんなことはない」とのこと。
この物語において、ピカロ・ミストハルトとシェルム・リューグナーの2人以外には等しく価値がない。
──血祭り後の部屋から黄金殻の鎧を運び出した。
「で、シェルムよ。何を企んでる? もう黄金殻の鎧は手に入れたわけだし、このまま一旦アルド王国に帰ろうぜ」
「いーやこれは使える」
「何に使うんだよ。これから魔王と戦うわけでもないし」
「使うのは鎧じゃなくて、鎧を着ているという事実──ザンドルド・ディズゴルドの存在だ」
「……ザンドルド盗賊団を運営しようってことか? 正直もう、うんざりだぞ私は」
「いや、ザンドルド盗賊団は解体する。幹部も全員殺しちまったからな」
実際には、ザンドルド盗賊団は規模が大きくなりすぎたため、幹部が全員死んだとの情報が広まったとしても、大して意味はないだろう。
ザンドルド盗賊団団員から、ただの盗賊にかわるだけだ。
ザンドルド・ディズゴルドという人物に忠義を尽くして盗賊団に所属している人間など、現代にはいないのだから。
さらに言えば、ザンドルド盗賊団に入っていないのに、ザンドルド盗賊団と名乗っている普通の盗賊もいる。解体されようが、肩書にこだわる奴らには無関係だ。
「よくわかんないけど……とりあえず私は何をすればいい?」
「さっきも言ったけど、お前が次のザンドルド・ディズゴルドになる。次のっていうか、最後のザンドルド・ディズゴルド、だな」
「最後の?」
「ああ。この黄金殻の鎧を証拠として、ザンドルド・ディズゴルドは僕らが殺したってことにすればいいけど、その前に、このザンドルド盗賊団を利用して、お宝を1つ盗んでこよう」
「お宝?」
「──世界樹の杖」
伝説の勇者パーティーが装備する最強アイテム。
その構成は人によって違うだろうが、少なくとも誰もが必要だと答えるアイテムがある。それは世界最強のバフ効果と防御力を誇る黄金殻の鎧だけではない。
聖剣アルドレイド。月龍麟の盾。地割れの鬼槌。神殺魔女のローブ。不退転の王槍。
そして世界樹の杖。
今の人間に魔力があるのは、世界の中心に聳え立つ世界樹のおかげとされているが、その枝で作られた魔法の杖がそれである。そもそも人間の手では傷一つ付けられない世界樹の枝をどうやって折って加工したのかが不明で、おそらくかつて天界人が作ったのではないかと言われている。
要するに天界人が地上に持ち込んだ古代の遺物の一つだ。
この世界樹の杖が他の伝説級アイテムと違うのは、既に人間に入手され保管されていると言う点である。他の伝説級アイテムは、世界最高難易度のダンジョン奥深くや、未開の地のさらに先にあるとされている。
この世界の“過去と未来”を全て記した古代の遺物『世界の書』に、伝説級アイテムの在処が記されているのだが、その内確認されているのは、聖剣アルドレイドと、黄金殻の鎧、そして世界樹の杖だけだ。
聖剣アルドレイドは、後のアルド王国の王都となる土地に突き刺さっていたので、アルド王国の王家がそのまま保管していて、黄金殻の鎧は世界最大の盗賊団団長ザンドルド・ディズゴルドが単独で入手。そして世界樹の杖は──
「世界樹の杖って確か、西のテイラス共和国の国宝じゃなかったか?」
「よく知ってるなピカロ」
「有名だからな。……ていうかアルド王国軍からの任務って、要するに“世界樹の杖以外の”伝説級アイテムを収集しろってことだろ? 世界樹の杖は手に入らないから」
「ああ。世界樹の杖を下さいなんて頼んだら、国土を全て持っていかれると考えていい。そんな国宝を僕らが無理やり入手したら、国際問題だし、確実にアルド王国とテイラス共和国は戦争になるだろうな」
もし逆の立場で、アルド王国の国宝である聖剣アルドレイドが、テイラス共和国の軍人に強奪されたなら、確実にアルド王国は全戦力でもってテイラス共和国を滅ぼすだろう。
「それをわかっててテイラス共和国のお宝を狙うのか?」
「だから、ザンドルド盗賊団を利用するんだろ。今のザンドルド盗賊団の規模なら、国宝を盗み出せる」
「いやそれでも難しいだろ……国王よりも大切にされてるって噂だぜ、世界樹の杖」
「難しいだろうな──でも、世界で唯一、それが可能だと考えられている男がいる」
「私?」
「違う」
シェルムは光り輝く黄金殻の鎧をバシンと叩いて笑った。
「ザンドルド・ディズゴルドだ」
ゴールデンヘラクレスとかいうイカれた化け物が、大昔世界中を飛び回り災害をもたらした。当時最強の冒険者が討伐したらしいが、武器になりそうな角などは粉々にされてしまっていたため、結局掻き集めた外殻で鎧が作られたらしいのだが……。
見上げるほどの大怪物をほとんど残さず粉々にした冒険者の恐ろしさたるや。
それはともかく、そうして作られた黄金殻の鎧は世界中で有名になり、結果として黄金殻の鎧を巡った世界戦争に発展した。
他の伝説級アイテムにしてもそうだが、アイテム1つを入手するのに、国が動くのが当たり前なのだ。立派な国家事業である。
そんな世界規模の戦争にたった1人で横入りして、渦中の黄金殻の鎧を掻っ攫ってみせたのが、ザンドルド・ディズゴルドだった。
各地の戦場を荒らして回り、各国が混乱して対応が遅れる中、気がつけば黄金殻の鎧は姿を消した──まさかたった1人の男がそれほどの大業を成し遂げたとは思われなかった当時は、ザンドルド・ディズゴルドの名は知られていなかったが、やがてザンドルド盗賊団を立ち上げた男の伝説は世界中に広まることとなる。
「お前には黄金殻の鎧を着てもらう。そんでザンドルド・ディズゴルドが先頭に立ってテイラス共和国を襲撃して世界樹の杖を盗んだ後、僕らがザンドルド・ディズゴルドを殺したということにして、他の盗品も含めて世界樹の杖をアルド王国に持ち帰る」
「そ、そんなのありか? さすがのテイラス共和国だって怒るだろ」
「あくまでアルド王国は、ザンドルド盗賊団から盗品を回収したのであって、テイラス共和国から世界樹の杖を盗んだわけじゃあない」
「屁理屈にしても完成度が低いぞ」
「ただ事実として、世界樹の杖を手にしたアルド王国に、世界樹の杖をなくしたテイラス共和国が戦争に勝てるわけがない。文句を言いたくても言えないんじゃないかな」
アルド王国は、世界最大の指名手配犯ザンドルド・ディズゴルド討伐の栄誉と、黄金殻の鎧、そして世界樹の杖までも手にするというシナリオだ。
王国軍元帥カノン・リオネイラあたりが聞いたら小躍りしそうなほどメリットばかりの作戦だが、それを成すにはテイラス共和国と全面的に戦う必要がある──それも、ザンドルド盗賊団の団員だけで。
役に立ちそうな実力者たちがあとどれくらいザンドルド盗賊団にいるのかが不明だ。幹部を殺してしまったのだから仕方ないが。
幹部だった大男曰く、ピカロとシェルムが幹部に選ばれたのは、他に候補がいなかったかららしいことを思えば、期待できるような有能な団員はいなさそうだ。
それはつまり実質的には──
「そういうわけでピカロ。僕と2人で、テイラス共和国と戦争するぞ」




