第三十六話 世代交代
薄汚れたソファーに寝そべる大男が、あくび混じりに話しかけてきた。
「よぉ、テキトーに座ってくれ」
適当も何も、ピカロとシェルムが座れそうな椅子は見当たらない。
幹部会合の舞台となった部屋には、中央の鎧立てを囲むようにソファーや椅子が並べられており、それぞれに幹部らしき男たちが腰掛けていた。
部屋の三割を占めるほどの巨大ソファーを満遍なく使う大男。どこぞの王族から盗んできたのか疑いたくなるような豪奢な椅子に座る細身の男。布を敷いて正座する男。馬の模型に跨る男。そして四つん這いの男と、それに座る男。
よく見れば、四つん這いで椅子と化していたのは、ピカロとシェルムを盗賊団に加入させてくれたラーク・ジュライエンのようだ。
いずれにせよこの6人と、部屋中央の大きな鎧のせいで、居場所のなかった2人は、部屋の角の床に腰を下ろした。
「名前は……忘れちまった。自己紹介しろ」
「私は、ペニスマン・ジョシコウセイノヒザノウラペロペロです」
「僕は神田うののベビーシッターです」
ピカロ・ミストハルトとシェルム・リューグナー。今現在も特別任務中ということで、例外的にアルド王国軍の大将の立場にある2人が、そのまんまの名前で活動していては、様々な方面で不都合が生じるため、2人は偽名で盗賊団に加入した。
まぁ、所詮はアルド王国の大将であって、他国にまで情報は広まっていないだろうが、少なくとも『ミストハルト』という家名は先代魔王を討伐し世界を救った大英雄ニクス・ミストハルトが有名過ぎるので、隠さざるを得ない。
そんなわけでピカロの偽名が、ペニスマン・ジョシコウセイノヒザノウラペロペロ。そしてシェルムの偽名が、神田うののベビーシッターである。
「……覚えにくい名前だな。まぁいい。さて、この2人を盗賊団に入れたのは、お前だったよな、ラーク」
ソファーの大男の視線を受けて、四つん這いのラークが口を開く。
「はい。リーザちゃんの知り合いって聞かされてたので」
「……リーザちゃんってのが誰かは知らねぇが、何にせよお前が連れてきたこの2人の活躍は凄まじいものだった。たまには役に立つんだな、ラークも」
「褒めすぎです」
「殺すぞ」
ラークを“自称幹部”呼ばわりしていたピカロとシェルムにとって、この幹部会合にラークが参加していた事実は、ラークを見直すに足るものだったけれど、他の幹部の椅子にされていたり、基本的に侮られている様子なので、そこまで立場が良いわけではなさそうだった。
たしか初対面の時に、ラークは自身のことを4番目に偉い幹部とか嘯いていたが……どう見てもギリギリ幹部っぽい。
「さて……ザンドルド盗賊団もここまで大きくなってくると、色んなところからスパイとか調査官が混ざってきやがるからな、役に立つ新人ってのは基本的に警戒するんだが……お前ら2人はこの6年、ひたすらに悪逆の限りを尽くしてきたから、ようやく俺らの信頼を勝ち取れたわけだ」
「は、はぁ……」
「ただまぁ聞いたところによると、お前」
大男がピカロを指差した。
「まだ1人も殺してねぇらしいな」
「……そうっすね」
英雄の息子である自負と自尊心の塊であるピカロにとって、盗賊として6年も活動していただけでも心苦しいものだったため、どうしても活動中、罪なき人を殺めることなどできなかった。
ちなみにバンバン人を殺しているシェルムは、「名前もないモブキャラは、僕ら登場人物に殺されて初めて物語に関与できる。そういう意味では殺されもせず、登場もできない、存在することも許されないモブキャラよりは幸せだろ」と言っていたが、ピカロはその考え方も飲み込めない。
「ちと怪しいな」
悪に染まり切れていないピカロを、睨みつける大男。6年も頑張ったのにまだ信用レベルが中途半端なのは普通に辛い。
むしろ6年も我慢したからこそ、こんなところで敵視されるのは不本意だ。
「……私は盗賊だ。物を盗みたいのであって、人を殺したいわけじゃない」
「甘いこと言ってんじゃねぇよ。盗みと殺しはセットだろうが」
「それは私の美学に反する」
「犯罪に美学もクソもねぇだろ!」
立ち上がった大男。しかしその瞬間、首筋にヒヤリと感じた殺気で、足を止める。
一瞬で移動していたシェルムの剣が、大男の喉に触れていた。
「何のつもりだ?」
「すいません……1日に1人は殺さないと耐えられなくて……」
シェルムが笑顔でそう言うと、大男は首筋に当てられた剣を素手で掴み取る。ポタポタと血が垂れるのも気にせず、大男はシェルムに顔を近づけた。
「そういやお前の方はほとんど盗まず殺してばっかりらしいな」
「盗んでますよ。持ち帰らないだけで」
「それもお前の美学ってか?」
「よくわかりましたねー! 不正解です!」
「殺されてぇのか……!」
拳を振り上げる大男。すると隣に座っていた他の幹部が、ソファーを蹴って注意する。
「おい。この盗賊団で活躍してるって時点でこの2人はまともじゃないんだ。いちいち怒ってたらキリがない。それに、盗み専門と殺し専門でタッグを組んでるってことだろうから、それで活躍してる以上、俺らの古い価値観を押し付けるべきじゃない」
「……」
冷静な指摘に頭を冷やした大男は、シェルムの剣を離してソファーに寝転んだ。
シェルムは刀身に付いた血をキラキラした目で見つめている──1日に1人は殺さないと気が済まないという発言にしてもそうだが、シェルムの演技はいちいちサイコパスっぽいので、ピカロも笑いそうになる。
葉巻に火をつけながら、大男が話を進めた。
「今日お前らをここに呼び出したのは勿論、幹部になってもらうからだが……ザンドルド盗賊団における幹部ってのは特別でな。1つ、重要な秘密を共有してもらわなきゃならねぇ」
「重要な秘密……?」
「まぁ、この鎧を見れば察しもつくだろうが……」
視線の先には、照明の少ない部屋を照らす黄金殻の鎧。噂通りであれば、これはザンドルド盗賊団団長ザンドルド・ディズゴルドが装備しているらしいのだが。
「──ザンドルド・ディズゴルドは、存在しない」
「え?」
「正確には存在していたが、今はいないってことだ」
「どういう意味ですか」
「普通に、何十年も前に死んだだけだ。実際俺も、ザンドルド・ディズゴルドの顔を知らないしな」
世界一の賞金首、ザンドルド・ディズゴルド。名前のみが世界中に知れ渡り、恐れられていたが、名前以外の情報がほとんど出回っていなかった幻の人物は、見つからないのはそれもそのはず、既に死んでいた。
この幹部会合に参加していなかった理由も、幹部にすら正体を隠しているだとか、新型コロナウイルスが怖いから密室は嫌だとか、そういうことではなく、そもそも死んでいたからだったらしい。
「ザンドルド盗賊団を立ち上げたのは本当らしいけどな。しかし設立当初とは時代も規模も違う今の盗賊団は、団長不在で運営してるってわけだ。主に幹部である俺ら6人で」
「……でも、黄金殻の鎧を着た団長の姿を見たことがあるって人もいましたよ」
「そりゃあ、黄金殻の鎧を着た、幹部のうちの誰かだ」
「そ、そんなことしていいんですか」
「そんなことも何も、それを続けてここまでやってきた」
言いながら大男が上着を脱いだ。犯されるのではないかとビビるピカロの前で、大男が背を向けると、その背中には、星型の傷痕が刻まれていた。
ラークの背中にあったそれと同じものであり、剣道極に金銭支援をしていた変態おじさんの背中にあった傷痕だ。
「俺たち幹部は、ザンドルド・ディズゴルドになりすまして、この盗賊団を運営してる。この傷痕は、なりすます権利の印だ。まぁ覚悟の現れとも言えるが、そもそもなぜ傷を付けるのか、なぜ星型なのかは俺にもわからん。昔から続いてる伝統だ」
ラークの背中にも星型の傷痕があったのは、ラークが正真正銘のザンドルド盗賊団幹部だったかららしい。
さらに言えば、かつて剣道極のちんぽを見て金を渡していた変態おじさんも、当時はザンドルド盗賊団の幹部だったということか。今この部屋にはいないため、現在はそのおじさんは幹部ではないだろうけれど。
そもそも生きているのかすら怪しい。
「ザンドルド・ディズゴルドという、もはや伝説的な存在は、この盗賊団にとって必要不可欠だ。もっと言えば絶対的な悪のシンボルであるザンドルド・ディズゴルドは、世界中の犯罪者たちの心の支えでもある」
「悪のカリスマってことですか」
「あぁ。必要な存在だ」
既にこの世を去っているザンドルド・ディズゴルド。しかし、伝説級アイテム黄金殻の鎧を装備しているということは有名なので、その鎧と、それを着る人間さえいれば、ザンドルド・ディズゴルドは永遠に死なない。
ザンドルド・ディズゴルドという概念として生き続ける。
闇社会の頂点として、世界に影を落とし続けるのだ。
「これからもずっと、幹部を入れ替えながらザンドルド盗賊団は続いていく。ザンドルド・ディズゴルドを受け継ぐにふさわしい優秀な奴らを集めて運営させる。その偉大なる任務に、お前ら2人も選ばれたってわけだ。わかったらさっさと背中を見せろ──傷痕を付けてやる」
「え、でもそもそもこんな大きな鎧、私には着れませんよ……」
あいも変わらずチビデブなピカロにとって、目の前で輝く黄金殻の鎧は、あまりに巨大だ。この大男ならまだしも、他の5人の幹部やシェルムにも着れそうにない。
仮に着れたとしても、せっかく黄金殻の鎧を借りてザンドルド・ディズゴルドになりすますのに、中身(幹部)によって見た目や動きが違えば、団員たちに不審がられる可能性もある。
「魔力が込められてるアイテムだからな、装着者に合わせて形状や大きさが変化する──と思いきや、不思議なことに装備する側が変化するんだ」
「え?」
「この鎧を見に纏うと、魔法の力か、あるいは呪いなのか、当時のザンドルド・ディズゴルドと同じ身体の大きさになる。だから今までも俺たち幹部がなりすましていてもバレなかったってことだ」
たかがアイテムが、装備者の体格まで変えてしまうとは……。さすが伝説級アイテム。
すると黙って聞いていたシェルムが、首を傾げて口を挟んだ。
「いや、こういうレアアイテムについては僕も研究したことがあるけど、たしか黄金殻の鎧の効果はそんな呪いっぽいものじゃなかったはずだ」
「……何?」
「過去に装備した人間の中で、最も強い人間を鎧が記憶して、その強さをコピーする効果だったはず」
「聞いたことねぇぞそんなの」
「一度強い人の能力を記憶させてしまえば、あとは子供だろうが老人だろうが、装備するだけでその『最強の装備者になれる』アイテムであって、『ザンドルド・ディズゴルドになる』アイテムではない。だから実際は身体の大きさは変わっていないはずだ」
「鎧の中で浮いたまま動いてるとでも言いたいのか」
「古代の遺物に常識は通じない……それくらいならあり得る」
「……お前の知識が正確なら、ザンドルド・ディズゴルドはこの俺よりも強かったってことか?」
確かに、よく見てみればこの大男は身体が大きすぎて、黄金殻の鎧を装備したらムチムチで動き辛そうだ。しかしこの大男のサイズに鎧が更新されていないようだから、それはつまり鎧の中の『最強の装備者』データは、ザンドルド・ディズゴルド以降、更新されてないということである。
「それだけザンドルド・ディズゴルドが桁外れの怪物だったってだけでしょ」
「……気に食わねぇな」
てっきり、ザンドルド盗賊団に所属している人間は漏れなくザンドルド・ディズゴルド信者というか、崇拝まではしなくとも尊敬しているのだとピカロは考えていたが、この大男はそうでもないらしい。
まぁ、大昔に死んだ顔も知らないザンドルド・ディズゴルドよりも自分が劣っていると考えていそうなタイプには見えないが。
「まぁ鎧の効果の詳細はどうだっていい。結果は同じだ。幹部が鎧を来て、ザンドルド・ディズゴルドとして生き続ける」
「つまり幹部になるってことは、ザンドルド・ディズゴルドになる権利を得るってことなんですね」
「権利っつーか責任だな。だからこそ信頼できる奴にしか頼まない。お前らのことは信頼してねぇけど」
「じゃあダメじゃないですか」
「他に候補がいねぇんだよ。どうしようもねぇ雑魚ばっかりだ」
鎧を装備していれば強くなれるとしても、24時間装備しているわけではないだろう。盗賊団の任務と関係ない時などにポックリ死なれても困る。
あるいはザンドルド盗賊団の情報を集める敵対組織──主に各国軍部や犯罪調査機関などのエージェントに易々と捕まり、拷問に耐えられず幹部の秘密やザンドルド・ディズゴルドについての情報を話してしまうことも危惧される。
というかそもそも敵対組織に捕まる時点で話にならない。
これまで何十年も、ザンドルド・ディズゴルドの秘密が世界に漏れていなかったのは、偏に歴代の幹部たちが強く、口の硬い者達だったからだ。
下っ端の団員をいくら逮捕してもザンドルド・ディズゴルドの情報が入手できないという、情報規制の行き届いた現状を維持しなければならない──そういう意味では、初陣でセクト・ミッドレイズを退けたピカロとシェルムは、秘密を共有するに値する強さであると言える。
ここまで徹底すべきであればあるほど、風俗嬢に対して自分がザンドルド盗賊団の幹部であることを自慢していたラークの不適任さが浮き彫りになるが……。
「背中に傷、どうしても付けないとダメですか?」
「あぁ。さっきも言ったがこれは唯一と言っていいザンドルド盗賊団の伝統だ。ザンドルド・ディズゴルドの秘密を共有する覚悟と、ザンドルド・ディズゴルドを演じる責任を、痛みに変えて刻んでもらう」
「ええ……」
何を使えばここまで大きな傷痕ができるのか不思議なくらいの傷痕を背中に残されるというのは、たとえザンドルド盗賊団に尽くしてきたような忠誠心の強い団員だろうと恐怖するに違いない──まして調査官として忍び込んでいるピカロとシェルムにはただの拷問。損しかしない気がする。
また美学やら何やらと言い出して、どうにかこの場を切り抜けられないだろうかと思案するピカロの横で、シェルムが呟いた。
「……使えるな」
「何か言ったか?」
大男に睨まれるシェルム。涼しげな顔で続けた。
「黄金殻の鎧さえ着ていれば、ザンドルド盗賊団をコントロールできる……世界最大の盗賊集団を手に入れることができる」
「……まぁそういう見方もできるが、その権力を独り占めすることはできないぞ」
「なぜ?」
「猛者揃いの幹部は、他の幹部の暴走を止める役割もある。1人が私利私欲の為に黄金殻の鎧を装備しようとすれば、他の幹部全員の手で殺されて終わりだ」
「なんだ、じゃあ問題ない」
「何が言いた──」
ずぱん。
気がつけばシェルムは既に剣を振り抜いていた。大男の言う通り、ここには選りすぐりの猛者しかいないが、誰一人反応できなかった。
大男の太い首が綺麗に切断され、不機嫌そうな表情の生首が床に落ちる。
吹き上がる血で汚れた幹部たちが血相を変えて武器を手にする中、シェルムはピカロの肩を叩いた。
「ピカロ──今日からお前がザンドルド・ディズゴルドだ」
そろそろ作品の宣伝を始めた方が良いかなと思い、Twitterのアカウントを作ったのですが、エッチなグラビアアイドルばかりフォローしていたら、立派なオカズ収集アカウントへと化けてしまいました。
そんなわけで宣伝は諦めます。おっぱい触ってみたい。




