第三十四話 星形傷痕
ピカロにとって数年ぶりの、アルド王国。事実上の国外追放を受けた身としては、アルド王国に帰って来るには正当な理由が必要である──要するに、伝説の勇者パーティーが装備するに値する装備品を手に入れて持ち帰る場合のみ。
その伝説級の装備品入手の一環として、情報収集のためにアルド王国へ赴くのはギリギリセーフだと言えそうだが、王国軍としてはそれは許せないらしい。
まぁ確かに、情報を集めてるだけですと言っていつまでもアルド王国に居座られたら、国外追放した意味がなくなってしまう。
そんなわけで結局ピカロは、正体を隠して王都の土を踏んだのだった。
ピカロの目的は、重要参考人、剣道極との接触──『男子のちんぽを鑑賞して金を渡す』という異常性癖保持者だと噂されるザンドルド・ディズゴルドについての情報を聞きだす腹積りだ。
その名前は世界的に有名なのにも関わらず、それ以外の情報が出回っていない正体不明の盗賊団団長。
そんなザンドルド団長の容姿について剣道極が覚えていたなら、グッと真実へ近づける。
一方でシェルムは、自称ザンドルド盗賊団幹部の男の調査をしている。ジンラ大帝国のとある風俗店に勤める化け物オンナの常連客であるというこれまた異常性癖の男が、本当に幹部なのかを確かめに行くのだ。
お互いに別の地で情報収集。終わったらジンラ大帝国で合流する。
「さてさて、王都に来たはいいものの、剣道極はまだ“あの場所”にいるのかな……」
ピカロたちが剣道極と出会ったのは5年以上前だ。
アルド王国立魔法学園の入学試験に挑む少年少女たちの行列の最後尾がピカロとシェルムで、その前にいたのが剣道極だった。
その際、少しだけ話しただけなのだが、入学後に立ち寄った武器屋にて再会した──店主に拾われ、就職したようだった。
剣道極と話したのはその時が最後。
5年経ったとはいえ──身寄りもなく、ヤバめのおじさんにちんぽを見せて小銭を稼いでいたような剣道極が、せっかくの働き口を放棄しているとは思えないので、おそらくはまだその武器屋にいるだろう。
ただ問題があるとすれば──
「イデアさん家の武器屋なんだよなぁ……」
イデア・フィルマー。5年前、魔法学園魔剣士科に1ヶ月だけ在籍していた女子生徒。
武器屋の娘だったイデアは、入学試験に有利な武器を持ち出して試験に合格してしまった罪悪感や、周囲の天才たちについていけない焦燥感に蝕まれ、結果とした最上級魔族の手に堕ちた。
一応、退学したという形にはなっているので、同級生たちからは不審がられてはいなかったものの、イデアの両親からすれば話は別だ。
なぜなら新入生トーナメントの後、イデアは魔界ヘと連れて行かれてしまったのだから。
無論、そのことについては学園側から両親に伝えられているのだが、「あなたの娘さんは魔界ヘ連れて行かれました」などと言われても、どうしようもない。
魔界へと連れ去られる瞬間に立ち会ったピカロとしては、イデアを救えなかった負い目もあるし、なんとなくあの武器屋には近づき難かったのだが……任務に私情は挟むべきでないだろう。
明るい王都の光と影。昼間でも暗い路地裏へ足を踏み入れ、ひっそりと佇む武器屋へ。
「ごめんください」
「いらっしゃい、何をお探しで──」
言いかけて、チラリと見えた顔に、店主は表情を変える。
「……どの面下げてウチに来やがった」
「とある、任務で」
「あぁ……今はお偉い王国軍大将様なんだってな」
「……」
気まずい展開にはなりかねないと思っていたけれど、まさか普通に恨まれているとは……まぁ、ある日突然、愛娘を失った心の傷はまだ癒えていないということだろう。
無論、ピカロとシェルムが悪いだとか、2人のせいとまでは考えていないだろうが、それこそ今では大将にまで上り詰めるだけの実力がありながら、魔族に連れ去られるイデアをどうして助けられなかったのかと問いただしたくはなるのかもしれない。
いずれにせよ、救えたかもしれないイデアを救えなかった2人として見られている──実際にはイデア自ら望んで仮面の男について行ったのだけれど。
「剣道極を探してるんです」
「あいつはもうここにはいねぇよ」
「え? 店員として住み込みで雇ってたんじゃ」
「イデアを助けるために、魔界に行く方法を探しに行くっつって出て行った」
家も金もないところを拾ってくれた店主への恩返しのつもりだろうか……まさかピカロと同じく魔界を目指しているとは。
こうなると、余計にピカロの印象が悪くなる──剣道極よりもよっぽどイデアと交流のあったピカロが、イデア救出のために動いていないのだから。
「そう、ですか。じゃあどこにいるのかはわかりませんよね」
「……あいつに何の用だ。せっかくイデアのために頑張ってくれてるあいつの邪魔でもしようってんなら、この場で叩き斬ってやるぞ」
「私も──魔界に行くつもりなんです」
無論、サキュバスと再会して性欲を満たしたいから、とは言わないけれど。
「それに、イデアさんを助けないとは言ってない。私なら──私とシェルムなら、イデアさんを連れ戻せる自信があります」
「だったら最初っから守ってくれよ……どうして、魔界に……」
ピカロとシェルムしか、責める相手がいないのだ。想像を絶する喪失感も、怒りも、自分への叱責だけでは霧散してくれない。
娘を守れなかった父親の無念を思えば、多少理不尽だろうと、非難されても許容すべきだ。
「私との情報交換は、剣道極にとっても利益があるはずです」
「……冒険者ギルドによく顔を出しているらしい」
「……! ありがとうございます」
別段、心を許して貰おうだとか、残した禍根を解消しようだとか思ってここに来たわけではない──情報さえもらえれば十分だ。
武器屋を出てその足で冒険者ギルドへ。
初めて入るので構造がわからないということもあり、数分ウロウロしていた。
どうやら今日はギルドへは来ていないようだったので、冒険者たちに話を聞いてみると、今まさしくクエスト消化中らしい。
ということでクエスト対象地の商業地区へと足を運んだ。
「ここか……『珍々芸館』」
ピンク色の看板がひしめく細道。如何わしい店が立ち並ぶ中、異彩を放つ巨大な建物……この中に、クエスト中の剣道極がいるらしい。
冒険者のクエストとといえば魔獣の討伐だったり貴重アイテムの確保だったりじゃないのか?
疑問に思いながら、暗い階段を降りていく──熱気というか、湿気というか、肌を撫でるようなモワッとした空気に眉を潜めつつ、現れた重厚な扉を押し開けた。
むせ返るような熱気と、震えるほどの歓声が、扉の隙間から溢れ出た。
なぜ看板は地上なのに、館内は地下なのだろうと不思議だったが、その理由は館内の客たちの雄叫びを漏らさないためだったらしい。
薄暗い館内を所狭しと走り回る屈強な男たち。
唯一、照明が当てられた明るいステージ上に、紙幣が投げ込まれている。
光の粒子と札束が舞うステージには、全裸の剣道極がいた。
「神秘的だなぁ……」
腕を組み、頭だけでの逆立ち。脚は地面と並行に広げられていて、その尻には剣が突き刺さっていた。
鋼の刀身に負けじと輝く、オイル塗れの全身。
円形のステージに佇む芸術品と化した剣道極の周りを、筋骨隆々の男たちが叫びながら走り回っている──なるほど、ここが魔界か。
パフォーマンスを終え、ステージ裏に帰って行った剣道極を追いかけ、声をかけた。
「おい、剣道極!」
「ん? すまない、肉体接触によるサービスはやってないんだ──」
「鼻頭ストレートパーンチ!」
全裸で転がる剣道を蹴飛ばして顔を覗き込む。
「何してんだお前」
「だ、誰だ!?」
「ピカロだ。ピカロ・ミストハルト」
「あ、あの最年少大将の!?」
「おい、会ったことあるだろ私たち」
「……えぇ?」
男子、三日会わざれば刮目して見よとは言うけれど、5年も経てばもはや別人と言っても差し支えないのかもしれない。
それに見た目が変わっていなかったとしても、5年前に数回、話した程度の相手の顔を覚えている人の方が少ないだろう。
ただピカロとシェルムに限っていえば、剣道極と出会った少し後からは有名だったし、覚えていても不思議ではないのだが……。
「あぁ! いたな、変な2人組。ピカロ・ミストハルトと、血飛沫崎首斬丸」
「シェルム・リューグナーな。てかよくそんなわかりづらい名前を覚えてたな」
「そんなお偉いエリートさんが俺に何の用だ? あの神秘的な神業を教えてもらいに来たのか?」
「そんなわけないだろ。どんな人生を送ったらケツに剣をぶっ刺すんだよ」
「刀身じゃなくて、柄の方を刺してるから大丈夫だ」
「何一つ大丈夫じゃねぇ」
というか、イデアを救うために魔界を目指して頑張っているんじゃなかったのか? どこか後ろめたい気分だったピカロが馬鹿みたいだ。
「……任務で、とある人物を探してる」
「俺か!?」
「違う。なぁ剣道極、お前、5年前、ヤバめのおじさんにちんぽを見せて小銭稼いでるって言ってたよな」
「……そんなことあったか?」
「ほら、お前に金ピカの剣を渡して、魔法学園の入学試験を受けてこいって言ってきたおじさん」
「あー! ソードofギラファノコギリクワガタをプレゼントしてくれた変態紳士おじさんか」
「そのおじさんについて、知ってることを全部教えてくれないか?」
「……そこまで親しかったわけじゃないからな。名前も知らなかったし」
「できれば身体的な特徴とかを知りたいんだが」
「それこそおじさんだよ、普通の──あ、そういえば、上半身裸になってくれたことがあったな」
「どういう流れで?」
「『勃起ちんぽを見せておくれよ』って言われたから、オカズがないと勃たないですって言ったんだ。そしたらおもむろにおじさんが脱ぎ出して……」
「聞かなきゃよかった」
「そしたら、背中に星形の大きな傷があったんだ」
「聞いてよかった」
唯一無二っぽい特徴情報、ゲットだぜ。
────✳︎────✳︎────
「ザンドルド盗賊団に入ることになった」
「え?」
アルド王国にお忍びで赴き、剣道極から入手した情報を共有しようとジンラ大帝国に帰ってきたピカロを待っていたのは、盗賊っぽい格好のシェルムだった。
シェルムはジンラ大帝国で、自称幹部の男に接触し情報収集する手筈だったのだが、何がどうなってザンドルド盗賊団に加入することになったのか……ただ表情は真剣なのでふざけているわけではなさそうだ。
「そもそも本当にザンドルド盗賊団の関係者なのかが判断できない以上、苦労して怪しまれないように情報を引き出しても信憑性が薄いだろ?」
「だから、その男がザンドルド盗賊団と繋がってるかを確かめるために、ザンドルド盗賊団加入を依頼したわけか……で、その結果本当に関係者だったから、晴れて私たちもザンドルド盗賊団に──じゃねぇんだよふざけんな」
「まぁ内部情報を知りたいなら内部を覗くしかないわけだし、なんだかんだで1番の近道だと思うぞ」
「いやいや、確かにそうだけど。でもどこの軍部関係者も自警団もその近道を使わないのは、大きな問題点があるからだろ?」
「問題点?」
「ザンドルド盗賊団に所属して情報を集め続けるってことは、その期間中、盗賊として活動しなきゃいけないじゃん」
「いいだろ別に」
「良くないわ。私は大英雄の息子だぞ! それにザンドルド盗賊団は場合によってはターゲットを盗むために人を殺すだろう? 正義のためとはいえ、その過程で罪なき人を殺めるってのはちょっと……」
「そんなこと言い出したら、無能貴族となって人類対魔族の大戦を邪魔する方が大量の死者がでる」
「第二話とかその辺で、モブキャラは死なない設定ですとか言ってただろ」
「死んでもいいからモブキャラなんだよ」
「なんてことを」
悪名高きザンドルド盗賊団は、怪盗キッドやルパン三世のような華麗な窃盗を生業とせず、盗むためなら暴力は厭わないし人も殺す。
設立当時のザンドルド盗賊団のコンセプトがどうだったのかは定かでないが、少なくとも規模が拡大しすぎた今は、極悪犯罪者の集まりだ。
盗賊団に限らず、組織に居続けるには、それなりの成果を望まれる。活躍しない者でも仲間だと認めてくれる慈善団体ではない。
そういう意味では、これからザンドルド盗賊団の内部から情報を集める過程で、2人は必然的に犯罪を犯さなければならないという壁にぶつかる──魔界送りの刑に処されるような世紀の大犯罪を目論むピカロにとっては大したことではないけれど。
「そもそも僕らがザンドルド盗賊団に接近する理由は、ザンドルド団長が装備していると噂の黄金殻の鎧を手に入れるため。となるとザンドルド団長と会わなきゃならないから……数年はかかるかもな」
「会うだけなら1年くらいで行けそうじゃないか?」
「いや……名前以外世間に知られてないってことは、組織内部でさえ謁見の機会がない可能性が高い。それこそ破竹の勢いで活躍して、僕らも盗賊団の幹部になるくらいじゃないと会えないかも」
「気が遠くなるな……」
幹部まで上り詰めるには、活躍するだけでなく、信頼を得なければならないだろう。そうなると、正義の軍人としての振る舞いや、大英雄の息子としての心持ちなどは邪魔になる。
悪に染まる必要があるのだ。
主人公がちゃんと犯罪者になる、というのは笑えないけれど。
「じゃあとりあえず、自称幹部野郎にお前を紹介するわ」
先日、ピカロが訪れた風俗店の近くの居酒屋に入ると、奥の席に座っていた男がシェルムに手を振った。
「おー新入り! そいつか、リーザちゃんの知り合いって」
この男が、フ・リーザという化け物風俗嬢の常連であるという情報を聞いていたシェルムは、そのリーザ繋がりでピカロを紹介することにしたのだった。
効果抜群のようで、歓迎ムードでお出迎えだ。
「俺はラーク・ジュライエン! ザンドルド盗賊団で4番目に偉い上級幹部様だ! 特技は立ちバック! あの美しきリーザちゃんをバウバウ喘がせるこの腰使いを見やがれ!」
そんな簡単にザンドルド盗賊団の関係者だと言ってしまうのか……あの化け物を“美しき”リーザちゃんと呼ぶのか……リーザの喘ぎ声はバウバウなのか……など疑問は尽きないが、何よりも気になったのは──
半裸で腰を振るラークの背中に刻まれた大きな星形の傷痕だった。




