第三十三話 初風俗店
ピカロ・ミストハルトは、今から童貞を卒業する。
サキュバスとの再会を目指して家を出たあの日から──5年。気がつけばアルド王国軍大将という地位にまで登り詰めたピカロは、20歳を迎えた。
場所は、ジンラ大帝国の帝都。
人間に魔力をもたらす世界樹を中心に見た場合、南に位置する帝国だ。
1年を通して晴れが多いこの国の女性は、日差しを照り返すような褐色の美女であり、他国からの人気も高い。
そんな美女を美味しく頂ける神の神殿──風俗店に足を踏み入れたピカロだった。
「あ、はい。このお店は初めてです」
成人年齢に到達したその次の日。勢いのまま、というか性的衝動のまま来てしまったけれど、まさかここまで緊張するとは。
何より、「こいつ今すぐセックスしたいんだな」と思われるのが恥ずかしい。
無論、目の前の男性店員は、仕事として対応しているし、同じような客を何人も見てきている──それに、店員だって男だ、休日には風俗店を利用することもあるだろう。
とはいえ、これから行われるセックスについての相談らしきことをするのは初めてなので慣れない。
「えっと、選ぶ女性とは、先に会えませんか?」
「当店では、写真での判断のみとなっております。実物はお楽しみにということで」
「あ、そうですか……」
正直、この中から選んで下さいと提示された女性たちの写真は解像度も悪く、何より顔がよく見えない。
風俗は下調べが重要なのか──だとすれば初めて訪れた帝都の風俗店を利用した時点で負けていたのかも……。
しかし、最悪、顔はどうでもいい。
首から下が良ければ、顔を見ないように意識すればいいのだし、最悪の場合、頭に麻袋を被せて行為に及べば、まるで拉致してきた女性を犯しているかのような犯罪風セックスを楽しめる。
映画アウトレイジで、麻袋を被せられた男の首にロープを巻き、そのロープを道路脇のポールに縛り付けた上で、男を後部座席に乗せて車を発進──やがてロープが伸びきって……という怖いシーンを思い出しかねないけれど。
しかしそんなことを心配する必要は無さそうだった。というか麻袋など持参してきていない。
写真はどれもこれもぼんやりしていて“当たり”の女性など見分けもつかないが、“肌の色”の区別はつく。
褐色美女が売りのジンラ大帝国ゆえに、需要に合わせて風俗嬢も褐色が多い──この店も例に漏れないようだが、1人だけ肌の白い女性がいた。
「じゃあ、このリーザちゃんで」
「お目が高いですね、さすがです」
「いえいえそんな……」
『リーザちゃん22歳。勤務2年目』。顔はよく見えないが、肌は白いようで、他の風俗嬢とは一線を画す存在感。
なぜピカロがリーザちゃんを選んだかといえば、褐色より白い肌が好きだからではない。
褐色の美女を求めて世界中から人が集まるこの国の風俗店において、褐色でもないのにクビにされていないという事実──売り上げが芳しくなければクビにされる業界なのかは知らないが、本当に人気が出なければ本人もやる気をなくして店を辞めているはず。
それでも1人、褐色でもなく働けているということは、ある程度の人気があるに違いない──人気があるということは、“それなり”の容姿をしていることも想像に難くない。
慣れない土地で勝負するのだ、直感を信じよう。
──待合室に案内されてから5分後、扉を開けて入ってきた店員の指示に従い、上の階へ。奥から2番目の部屋の前に立った。
「……すまん、読者」
これまで散々、サキュバスとの再会にこだわってきたのだから、それまで童貞を貫くべきだと、主人公ながらにピカロは思う。
処女厨(黒ギャルのケツの穴舐めたい教の信者)だから非処女とは話せないなどとも嘯いてもいた。
その言を信じて、ピカロはサキュバスとの感動の再会の末に、そこで初めて大人になるのだと思ってくれていた読者に対して、ピカロは今、こう思うのだ──うるせぇ馬鹿。
金玉は第2の脳である。読者の想いよりも性欲に従うべきだと脳からゴーサインが出たのだから仕方ない。
そんなわけで今日、ピカロ・ミストハルトは、童貞を卒業する。
「失礼しまーす……」
「いらっしゃいませ、お兄さん」
扉を開けると、部屋の入り口にはリーザちゃんが立っていた。
「今日はもう、歩いて帰れないくらい骨抜きにしてあげますよ」
どエロい台詞を言い放ったリーザちゃん──その姿に、ピカロは思わず息を飲む。
肌は写真通り白い。というか写真より白い。修正ペンで塗りつぶしたかのようだ。
そして何故かスキンヘッド。髪は女の命という言葉を聞いたことがあるが……毛穴の一つも目立たないスキンヘッドだった。
確か写真には『リーザちゃん22歳』と書かれていたはずだが、そのくたびれた身体や、重力に負けたダルダルの顔面を見るに、二回りは年上だろう。
「えっと……リーザちゃん、さん、ですか?」
「そうですよ、私がリーザです」
「えーっと、とりあえず帰りますね」
「ちょっと待ちなさいよぉ!」
無茶苦茶に強い力で腕を引かれて部屋の中に入れられる。
「貴方、童貞でしょう? 匂いでわかるんです。緊張してるんでしょうけど、大丈夫、私が手取り足取り教えてあげます」
「いや手も足も引きちぎられそうなくらい力が強いんですけど……女子プロレスラーですかリーザさんは」
「ちんぽ出しなさい」
「会話もできねぇのかよ!」
クネクネと腰を振るリーザが、唇を舐める──なんと、唇が紫色ではないか!
「唇が紫色って、プール授業の後しか許されないだろうがっ!」
というか、敬語で、スキンヘッドで、全身真っ白で、唇は紫色……リーザというか、もはやフリーザである。
「私はフ・リーザ。貴方の名前を聞かせてください」
「ちゃんとフリーザかい! 私は名乗らないぞ!」
「プレイ中に名前を呼び合うのがいいんですよぉ」
言いながら、ピカロのズボンのベルトを外し始めるリーザ。無駄に手際が良いのが無性に腹が立つ。ちんぽは勃たない。
何が『リーザちゃん22歳』だ。あの店員も、「お目が高い」などと言っていたが、この店は詐欺罪で訴えられるべきだろうと怒りつつ、ズボンを下げられないように抵抗するピカロ。
前回は、全身緑色で髪の毛が蛇のメドゥーサにさえ性的興奮を覚えたピカロだったが、それはあのメドゥーサがスタイル抜群だったことが大きな要因で、こんなドドリアとフリーザの融合体のような化け物には流石のちんぽも反応しない。
どんな女性でも愛せる自信があった。
穴さえ有れば、容姿も身分も関係なく、女性を愛せる自信が。それはもう女性としてではなく女性器として見ているだけだと糾弾されてはぐうの音も出ないが、女性の人格を無視して性的な機能のみを求めるのはピカロの本能であり紛れもない本質。
しかし、フリーザは、ちょっと、さすがに。
「ぅおらっ!」
「きゃ!」
胸ポケットから取り出した札束でリーザをビンタする。倒れ込むリーザに、その札束を投げつけた。
「これ全部やるから、プレイは無しだ!」
「こ、こんなに!?」
庶民向けの一軒家なら買えるのではないかというほどの大金でビンタされた衝撃も忘れ、突然の一攫千金に歓喜するリーザ。文字通り現金な女である。
アルド王国軍大将だから金持ち──というわけではない。
ピカロとシェルムが大将の地位にいるのは、現在の2人に特別任務(という名の国外追放)をより円滑に進めるために、王国軍元帥カノン・リオネイラが便宜を図ってくれたからだ。
つまり正式に昇級を積み重ねた結果でもない名前だけの肩書き──ゆえに、給料は高くない。
国外追放する2人に高額な給料を支払うというのは、さすがに軍内部でのカノンへの信頼に関わる。
その結果、ほぼタダ働きで世界を旅することとなった2人ではあるが──忘れてはならないのがこの作品のタイトル。
『無能貴族(仮)』。そう、少なくともピカロは貴族なのだ。
救世の大英雄ニクス・ミストハルトの1人息子。ゆえに、金には困ったことがない。
国外追放になりました、とニクスに打ち明け、そして給料が出ないからお小遣いをくださいと頼んだ結果、信じられない額の現金を渡されたので、今もこうしてピカロは豪遊しているのだった。
一応、ニクスが親バカだと思われないためにフォローしておくと、ニクスは2人に課せられた特別任務には、それだけの膨大な金額が必要になると考えた上で大金を渡している。
特別任務──古代の遺産級の伝説の鎧や武器、魔法道具などを世界中から集めて来い、というものだ。
目的としては、将来、アルド王国の伝説の勇者とその仲間たちが装備するための最強アイテムの収集であり、同時に、それら強力なアイテムが他国の勇者の手に渡るのを防ぐつもりでもある。
ライバルたちを弱体化させつつ、自国の勇者を強化する作戦だ。
これが2、3年程度では終わるはずもない難易度地獄級の任務であるため、実質的な国外追放と言えるわけだが──その間、給料が出ないとなると生きてはいけない。
ゆえに、何十年もかかることを前提に、ニクスは有り余った資産からお小遣いをくれたわけである。
そんなわけで国家予算なみのお小遣いを手にしたピカロにとって、リーザへと投げつけた大金は、大金であって大金ではない。
完全に萎えてしまったピカロと、一方で喜色を隠さないリーザ。なんとなく、ピカロはリーザに話しかけた。
「なぁ、ザンドルド盗賊団って知ってるか?」
「ええ、知ってますよご主人様」
いつのまにかご主人様に成り上がったようだがそれはともかく、現在ピカロが情報を集めている盗賊団の名前は知っているようだ。
ザンドルド盗賊団──東のアルド王国、西のテイラス共和国、南のジンラ大帝国、北のネーヴェ王国、その全てで多額の懸賞金がかけられている、世界規模の大盗賊集団。
団長のザンドルド・ディズゴルドに至っては、世界最高額の賞金首であり、その額は今回ピカロがニクスから貰った額の3倍以上。つまり100年は遊んで暮らせるほどの大金だ。
懸賞金が4大国全てから支払われるゆえに、そんな馬鹿げた金額になっているのだが、そのことも相まって、ザンドルド盗賊団は世界的に有名なのである。
なぜピカロがそんなヤバすぎる集団の情報を集めているのかといえば、その賞金首──ザンドルド団長の武勇伝の1つに、『黄金殻の鎧を装備している』という噂があるからだ。
ゴールデンヘラクレスという伝説の怪物が大昔に世界を荒らしまわっていたそうだが、どうにかこうにか討伐されたそのゴールデンヘラクレスの外殻で作られた、文句なしに世界最強の鎧が、黄金殻の鎧である。
これまた世界的に有名な伝説のアイテムで、勇者が身につけるにふさわしいものだ。
そんな幻のアイテムも、世界を股にかける大盗賊集団を治める人物ならば所有していてもおかしくはないし、仮に持っていなくとも、世界中から盗み出された盗品の中には、同レベルの伝説級アイテムがある可能性も高い。
ゆえに、ピカロとシェルムは、ザンドルド盗賊団を潰してその盗品を全て回収することにしたのだ。
各国の軍部や冒険者、賞金稼ぎたちが何年も成し遂げられていない、ザンドルド盗賊団の壊滅というクエストを、たった2人でクリアしようという無謀な試みではあるが……。
「自称ザンドルド盗賊団の幹部の男が、私の常連客なんですよ」
「趣味が悪いな」
「なんてことを言うんですかご主人様」
「で、その自称幹部から盗賊団について何か聞いたことがあるのか?」
「はい……というか、なぜ盗賊団について知りたがっているのですか? あんな怖い人たちには近づかないほうが良いですよ」
「私はピカロ・ミストハルト。アルド王国軍の大将で、今は特別任務中なんだが、その一環としてザンドルド盗賊団の調査をしているんだ」
「た、大将!?」
名ばかりの肩書とはいえ、庶民からすれば軍の上層部の人間は貴族みたいなものだ。
まぁピカロは貴族でもあるのだが。
「そんなわけだから、情報をくれ」
「まぁ、そんな大きな手掛かりになりそうな情報じゃありませんけど……団長の性癖について、です」
「せ、性癖?」
「はい。どうやら団長は、『少年愛好家』らしくて、世界中を旅しては、好みの少年がいたら話しかけ、金を渡すかわりにちんぽを見せろとか言っている……と」
「ええ……というか、団長なのに世界中を旅してるのか」
「盗賊団自体は、もはや1人で運営できる規模じゃないから幹部たちが主体となって動かしてるって……だから未だに団長は正体不明のままらしいです」
「盗賊団に近づいても、団長本人に近づけるわけではないのか……」
「まぁ、自称幹部の男の言うことですから、ただの捏造かもしれませんけど」
ボスへの不満ゆえに、嘘の話を作って悪口を言っていたのだとしたら、もっと別の話を作るだろう──普通、子供のちんぽを金で買っているというトチ狂った噂話など作らないはずだ。
となると、むしろ信憑性が増すし、何よりその自称幹部の男が本当にザンドルド盗賊団に深く関わっている可能性さえ出てきた。世界的に正体不明の団長についてそこまで知っているのだから。
成人した記念に訪れた風俗店で、大ハズレの女を引いたと落胆していたピカロだったが、思わぬ収穫。
このフリーザの常連客であるというキチガイ男を辿っていけば、ザンドルド盗賊団の深くまで辿り着けるかもしれない。
「一応、首を絞めとく」
「ぎゃっ!」
「……」
「死んじゃいますご主人様! 大将様!」
考えたくもないが、このリーザがザンドルド盗賊団の関係者だったり、最悪のパターンとしてまさかのこの女が団長でした、なんて可能性を考慮して、首を絞めてみた。
こんなところで死ぬわけにも行かないだろうから、ピカロに反撃を仕掛けてきてもおかしくない場面で、リーザはただ苦悶の表情を浮かべるのみだった──やはりただのイカれた風俗嬢か?
「ごめんごめん。はい、追加報酬」
「ぎゃー! 見たことない分厚さの金の束!」
もはや何をしても金で解決できそうな女だ。
──結局、団長についてはそれ以上の情報は手に入らなかったが、常連客である自称幹部についてはさらに金を積んで情報を得たので、まずはその男から調査することにした。
正直、ここ1年はザンドルド盗賊団を追っていたが、足取りさえ掴めなかった──それがこんな形でチャンスを掴めるとは思わなかったが──いずれにせよ好機。
それに、ピカロにはもう1つ、思い当たる節があった。
『少年のちんぽを見て金を渡す』──どこかで聞いたことがある。
第七話『銀糸紋章』にて、剣道極がこう言っていた──
──『ヤバめのおじさんにちんぽ見せて小銭貰ってる』、と。




