第三十一話 左回転龍
東のアルド王国、西のテイラス共和国、南のジンラ大帝国、北のネーヴェ王国。
第三話にてテキトーに書いたこの設定をギリギリで思い出し、新章の足がかりにしたので、作者自身への確認も込めて、大まかに説明しよう。
まず、この人間界は広いが、人間が住んでいるのはその一部に過ぎない──なぜなら、人間の世界と言っておきながら、人間界各地には魔界から人間界への入り口があり、これまで数えきれないほどの魔族からの侵攻を受けて来たからだ。
さらに、ピカロが5歳の時に迷い込んだ森──サキュバスと初めて遭遇したあの森のように、魔界からの入り口でなくとも、魔界の瘴気が充満した場所では、知能の低い最下級の魔獣が自然発生するため、住めたものではない。
これらの理由から、人間界と謳いつつも魔族に支配されつつある人類は、とある場所に固まって繁栄せざるを得なかった。
それが世界の中心──世界樹。未だ研究中ではあるが、世界樹から放たれる魔力が届く範囲で産まれた人間は、魔力を持って産まれてくるらしい。
魔族に対抗しうる、魔力を得るため、人類は世界樹を囲うように国を築いた。
数々の戦争を重ね、ようやく現在、東のアルド王国、西のテイラス共和国、南のジンラ大帝国、北のネーヴェ王国という4大国に落ち着いたのだ。
その4大国の内、同じように王政を敷いているアルド王国とネーヴェ王国は、むしろ良好な国際関係を維持してこれたのだが、ピカロとシェルムに届いた手紙は、そのネーヴェ王国とアルド王国との戦争を止めてほしい、とのこと。
そもそもアルド王国が戦争中だなんてことを知らなかった2人は、詳細を聞きにアルド王国軍本部──王国軍元帥のもとへ訪れた。
「お久しぶりね、問題児ちゃんたち」
「……お久しぶりです」
アルド王国最強は誰か。そんな論争には必ず名前が上がる王国軍元帥──カノン・リオネイラは、半裸の男に跨がり、葉巻に火を付けた。
四つん這いになり、カノンの椅子となっているのは、屈強な巨漢。煌めく黄金のアクセサリーが身体中に巻き付いていて、むしろ全裸の方が恥ずかしくないだろうと思えるが、当の本人は誇らしげな表情だ。
そんな巨漢に跨るカノンもまた、鍛え上げられた美しい肉体──ゴツゴツの筋骨隆々というよりは、引き締まった肉体美である。
ゆえに、その顔に施された濃い化粧が、頭痛を呼ぶほどの違和感を引き起こしていた。
「カノンのぶっとい肉棒を咥えたくて来たのかしら?」
「そんなわけねぇですカノンさん」
王国最強の大オカマの面前、ピカロとシェルムは気を付けの姿勢は崩さないが、言葉に気をつけるつもりはないようだ。
「あの、クロコさんから手紙を受け取ったんですが……ネーヴェ王国との戦争を止めてこいって
」
「あぁ……そうそう。止めてきて」
「いやそんな軽く言われても」
「止めてこいよオラぁッ!」
吠えたのは、四つん這いの椅子男。心酔するカノン様の期待に応えられないような人間が大嫌いだという鋭い視線で見上げてくる。
「と、止めてきますから、もう少し詳しい情報をください」
「まぁ戦争っていうのは言い過ぎね、盛ったわ。でも揉めてるのはホント。とあるダンジョンを巡って、ね」
「ダンジョン?」
「新しいダンジョンが、ちょうどアルド王国とネーヴェ王国の間にできたのよ。ギリギリどっちの領土でもないっぽい場所にね。そのダンジョンの所有権というか、攻略権で争ってる」
「攻略権……?」
「問題のダンジョン、実は相当、攻略が難しいらしくて、今は冒険者も寄り付かないんだけど……だからこそ、そんな高難度ダンジョンをクリアしたら、世界的に話題になるでしょ? だからダンジョンを──ダンジョンクリアの栄誉を取り合ってる」
「……でも、そのダンジョンの所有権を手に入れても、クリアが難しいんじゃ、意味ないですよね」
「別に今すぐクリアしたいわけじゃないのよ──本命は、“伝説の勇者”」
「第一王子ですか? まだ1歳ですよ」
「15歳くらいになれば、クリアできるはず。それまでに、どこぞの冒険者やら軍隊やらにクリアされちゃあ困るから、ダンジョンを立ち入り禁止にするために、ダンジョンの所有権が欲しいってこと」
伝説の勇者。
読者もとっくに忘れているだろうが、人間界に伝説の勇者は4人いる。東のアルド王国、西のテイラス共和国、南のジンラ大帝国、北のネーヴェ王国、このそれぞれに、1人ずつ。
しかも全員、同じ日、同じ瞬間に産まれた──運命に選ばれし4人。
アルド王国では、国王の第一子だった。他の三国ではどんな身分なのかは不明だが、伝説の勇者候補が産まれたのは確かだ。
「誰も攻略できなかったダンジョンをクリアしたとなれば、その人こそが本物の伝説の勇者だと宣伝する良い機会にはなりますね」
「そうなのよ。とはいえ、貴方の父親とか、魔法学園の学園長とかなら、普通にクリアできそうなんだけど……」
「“もったいない”ってことですか」
「ええ。使えるものは何でも使いたい各国のトップからしたら、そのダンジョンが本当に高難度であるかすらどうでもよくて、ただ『我が国の伝説の勇者が本物である!』って言いたいだけなのよね」
「カノンさんならクリアできそうですか?」
「そりゃもうフルチンでもクリアできるわよ」
フルチンが結構なハンデみたいな言い方だが、事実だろう──彼(彼女?)はアルド王国のみならず、世界的に有名な武闘家なのだから。
「……で、それぞれの国の勇者候補が成長するまでそのダンジョンを取り合ってるってことでしたけど、それは私とシェルムがどうこうできる事案じゃないですよ」
「できるわよ」
「だって、ネーヴェ王国を説得しなきゃいけないわけでしょう? 『アルド王国の勇者がクリアする予定なので、ネーヴェ王国はこのダンジョンに近づくな!』って」
「それは無理ね」
「じゃあどうするんですか」
「クリアしてきてちょうだい」
当たり前のように嘯いたカノンは、吸いかけの葉巻の火を、椅子男の背中で消した。おぉん♡という低い喘ぎ声が部屋に響く。
四つん這いの椅子男の股間が膨れ上がり、巻きついていたアクセサリーがチャラチャラと音を立てる──必死に笑いを堪えるシェルムを横目に、ピカロは冷静に指摘した。
「いやいやそれだけはダメでしょう」
「まぁ、ダメね。最悪ね」
「そんなことしたら、ネーヴェ王国からは勿論のこと、アルド王国からも恨まれますよ。勇者候補でもないどこぞの貴族が勝手にクリアしやがって、みたいな」
「大英雄の息子がクリアしましたっていうのも、シナリオとしては悪くはないんだけどね。国王は怒り狂うかもしれないわ。せっかくの子供の活躍の舞台を奪われるのだから」
「人間にとって危険なダンジョンを攻略して無害化するという善行の結果、2つの国を敵に回すとか笑えないですよ」
「アルド王国から追い出される可能性も高いわね」
「ちょっと待ってくださいよー!」
こんなことで国を追われるのは本意ではない。いくら上官からの命令とはいえ、目の前の椅子男のように、何でもかんでも従っていたら、こっちが損をするばかりだ。
「というか、一度アルド王国から出て行って欲しいのよね」
「なんでそんなこと言うんですか!?」
「いや、だって貴方たち、魔界で懸賞金かけられてるでしょう? 昨日討伐したっていう中級魔族なんて、王都の子供に化けて街中に現れたってクロコから報告を受けてるわよ」
「だからピンチの私とシェルムを王国軍が保護してくれるって話じゃなかったんですか?」
「さすがに王都にまで魔族を誘き寄せられちゃうのは、手に負えないのよね。色んなお偉いさんにも怒られちゃったし」
「そこは『2人の少年を守るためです!』とか言って庇ってくださいよ」
「嫌よ面倒くさい」
「てめぇクソジジイ!」
「カノン様を侮辱するなッ!」
堪忍袋の尾が切れたピカロに、椅子男が吠える。カノンの側近ということは、確実にピカロよりは実力は上だろう──だからといってこんな命令に肯けるはずもない。
クソジジイ呼ばわりされたカノンだが、別段、気分を損ねた風でもなく、諭すように続けた。
「これは貴方たちのためにもなるのよ。このまま王都で暮らしていれば、いずれ王国中に知れ渡ってしまう──貴方たち目当ての魔族が次々と王都に来ていることが。そうなれば、本当に貴方たちに居場所はなくなるわ。疫病神扱いで、どこに行っても忌避される」
「そ、そんなぁ」
「貴方たちに懸賞金がかけられていることは、王国でも一部の人間しか知らない。そんな今のうちに、アルド王国を出て、解決してから──あるいはほとぼりが冷めてから、また帰ってきなさい」
「どこの国に行っても、私たちに魔族が寄ってくると知られたら終わりじゃないですか。子供に石とか投げられたら泣きますよ私」
「長期滞在は避けるべきね。とりあえず世界を歩き回ってればバレないわ。『行く先々で魔族と遭遇する運の悪い2人』だとは思われるでしょうけどね」
「ちょ、ええ……」
「これは決定事項なの。それで、どうせアルド王国を出なきゃいけないなら、ついでにネーヴェ王国とのいざこざも解決していってねってことよ。国外追放の理由づけとしては十分だし」
「保護すらしてくれないどころか、大人の政治に子供を利用するんですか!」
「早く出発の準備をしなさい。軍本部に魔族が来たら困るから」
「酷すぎる……」
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ダンジョン。それは魔界の瘴気が濃くなりすぎると形成されるモンスターの巣窟。上級魔族が自分の住処としてダンジョンを作り出したり、自然発生したダンジョンに魔族が住み着くケースも少なくない。
今回、アルド王国とネーヴェ王国が取り合っているダンジョンが、どういう状況なのかはわからないが、とにかく高難度──危険なダンジョンではあるらしいのだ。
冷静になって考えてみれば、世界を救う伝説の勇者にピッタリな極悪ダンジョンを、ピカロとシェルムに攻略させようというのは、聞く人によっては「死んでこい」という命令ではないのか?
ニクス・ミストハルトや、スノウ・アネイビス、カノン・リオネイラのような、王国最強の戦士たちならばともかく、大した実績もない少年2人に任せるには荷が重いダンジョンだ。
確かに、誉高き魔法学園の生徒会に所属したり、1年間で中級魔族を10体討伐したというのは、立派な実績だけれども、それだけで、未だ未攻略のダンジョンに放り込めるほどの安心感は2人にないだろう。
結局のところ、カノン元帥は、ピカロとシェルムを高く評価していたということかもしれない。
「──さて、見えてきたな」
馬車で丸2日。北に走り続けた2人の視界に、ぼんやりと、天を突き刺す塔の姿。
「しかしダンジョンって言えば、地下に広がってるイメージなんだけど、どうして塔の形をしてるんだろ」
「作者的には、僕とピカロが攻略しましたっていうことが分かりやすいダンジョンにしたかったらしくて、そうなると地上にダンジョンの全容が見えてる方が、都合が良かったみたい」
「都合がいい?」
「要するに、ダンジョンをクリアしたら、あの塔は崩れ去るってことだろ。ダンジョンが攻略されたアピールとして」
「なんじゃそら」
到着したのは良いものの、問題はどうやってダンジョンに入るか。
高難度ゆえに、そもそも誰も近づかないけれど、だからといって放置しておけば、アルド王国かネーヴェ王国のどちらかの政府関係者が、何らかの細工をしたり、勝手に『アルド王国のダンジョン』みたいな看板を立てたりしかねない。
そんなわけで、ダンジョンを囲うように簡易的な居住スペースが設けられていて、毎日、アルド王国とネーヴェ王国の見張りが付いているのが現状だ。
王国軍の命令で、ダンジョン内の様子を見にきましたなどと言っても、少なくともネーヴェ王国側は認めてくれないだろう──今、このダンジョンに入るための「正当な理由」は存在しない。
透明になってバレずに侵入……くらいしか方法はなさそうだが、そんなことできるならとっくにしている。
何よりピカロ・ミストハルトは、アルド王国で最も、透明になれるべきではない男だ。王国中の女子トイレや女湯が、ピカロの精液だらけになりかねない。
数分悩んだ結果、シェルムが提案したのは──
「何者だ、貴様ら」
「アルド王国軍所属の、ピカロ・ミストハルトだ」
「同じく、シェルム・リューグナー」
「軍の犬が何をしに来たか知らないが、ここは立ち入り禁止なのでな、帰ってくれ」
「そこをなんとか……」
「無理だ。仮に俺を説得できても、向こうにいるネーヴェ王国の見張りが黙ってないぞ」
「あ、じゃあちょっと! 見張りの方! 来てください!」
普通に正面から入ろうとする狼藉者2人に、ざわつく周囲。
とりあえず現在の見張り担当らしき兵士たちを呼びつける。
「皆さんは──童貞ですか?」
面倒くさそうに集まった男たちにピカロが問う。一瞬、沈黙があったが、すぐに笑いに包まれた。
「そんなわけないだろ! 普通に生きてたら十代後半で卒業してるさ!」
「ライトニングエルドラゴッッ!!」
怒りの左回転。ピカロはヘラヘラ笑う見張りたちを殴り倒す。
「死ねクソども!」
「ちょ、まて貴様ら!」
「行くぞシェルム!」
「童貞かどうかを聞く必要あったか?」
シェルムの作戦は単純明快──強行突破だった。
そもそも、この見張りたちはダンジョンをクリアできるほどの実力者ではないだろうし、仮にクリアできうるとしても、ダンジョンには入れない。
ダンジョンへの侵入者を見張る彼らがダンジョンに侵入するなど御法度だ。
つまりは、一度ダンジョンに入ってしまえば、彼らは追いかけてはこない、ということ。彼らは見張りであって、守護者ではない。
侵入者を阻む仕事でしかないのだから、わざわざダンジョンに入ってまで追いかけてはこれないのだ。
だったらもう無理やり侵入してしまえ、ということで、2人はダンジョンへと駆け込んでいった。
「ピカロ、どうせ強行突破するなら、わざわざ見張りに話しかける必要はなかっただろ? 普通に全力ダッシュで行って、邪魔されたらぶっ飛ばすとかでもよかったんじゃないか」
「いや、私たちが『正体不明の2人』としてダンジョンを攻略しても意味ない──悪名にせよ、私たち2人がこの高難度ダンジョンをクリアしたってことを、世間に広めて貰わないと損だろ? これもまた私たちの株を上げるチャンスだ」
「だから名乗ったのか。……でも童貞かどうか聞いたのはどうしてだ?」
「そりゃお前、私の必殺技のライトニングエルドラゴを繰り出すには怒りのパワーが必要だからだよ」
「ライトニングエルドラゴってあれだろ、メタルファイトベイブレードの、左回転のやつ」
「当時のコロコロコミックの応募者全員サービスで、黒色のライトニングエルドラゴ(極龍モード?)を貰えたのが嬉しくてさ、将来、必殺技を考えるときにはライトニングエルドラゴって名前にしようと決めてたんだ」
「へぇ……」
「何だよ」
「いやそろそろ第三十一話を終わろうと思ったんだけど」
「オチが見つからないのか、また」
「最新話を投稿する前日と当日の2日間で、最新話を考えて書いてるからさ、この先の展開とかも未定だし、終わり方も定まってないのよ」
「え、じゃあどうする?」
「どうしようもないよ」
「えーと、じゃあ、終わりまーす」
「終わりますね」




