第二十九話 新章突入
「始まりました第二十九話! 私が主人公のピカロ・ミストハルトだ!」
「同じく主人公のシェルム・リューグナーだ」
「えーっと、前回が、京都ナンバーの白プリウスに右足を持っていかれた話だったっけ」
「怖い回だな」
「やっぱり車体が白い方が返り血が映えますから」
「ちょっとよくわからない」
「おふざけはさておき、現在、私たちはナナーク島から帰還して、王都にいる!」
「オウラ・ジージャとオイラ・ジージャに襲われてナナーク島は半壊──島民や生徒にも少なからぬ被害が出たわけだけれど、その辺はアルド王国が復興に金と時間を掛けてくれるだろうから、僕たちはとりあえず学園に帰ってきたわけだ」
「ナナーク島の人達からしてみれば、魔法学園の1年生が旅行に訪れたら島が魔族に襲われて、魔族が討伐されたら魔法学園の生徒は王都へ帰って行ったわけだから、何というか疫病神的な印象は拭えないだろうな」
「そもそもジージャ兄弟は、僕とピカロに懸けられている懸賞金目当てだったことを思えば、むしろ僕らが疫病神というか。“コイツが来たから事件が起きたんだろ”という江戸川コナン的なきらいがあるかも」
「牽強付会も甚だしい」
「ちなみにジージャ兄弟は、金に困ってるくらいなので、魔族としてはそんなに強いわけではなかったという設定」
「でも兄のオウラは上級魔族だろ?」
「魔界での上級魔族とはすなわち魔界における貴族を指すんだけれど、ジージャ家は没落貴族だから、上級魔族の中でも底辺ってわけだ」
「ヘスタ先生たちがあんなに苦戦してたのに……」
「物語のこんな序盤でいきなり強い敵を出してしまうと、今後のインフレに支障を来たすので、まずは弱めの敵に登場してもらった」
「物語を進める以上、私たちがいきなり強い敵を倒してしまうと、今後の敵との対決が味気なくなってしまうのではないかと危惧した作者の心の弱さが現れた展開だな」
「それはともかく、王都に帰ってきた僕とピカロが今、どこにいるかと言うと──」
王都中心部、アルド王国城。
国王直々の命令により、先月誕生した第一王子──“伝説の勇者”疑惑の濃い1人息子を、世話することになった救世の大英雄ニクス・ミストハルトが、王城内に間借りしている部屋の前。
ニクスは今、第一王子を勇者として育てるための教育計画を作らされている──なんと、1歳から20歳までの修行スケジュール。ニクスが付きっきりで勇者を育て上げるそうだ。
そもそもニクスも父親である以上、実の息子であるピカロを優先すべきだが。
「しっかしまぁ、遅いな」
「そもそも、ピカロが魔界で懸賞金かけられてるっていう大問題について、ピカロとニクス・ミストハルトとスノウ学園長の三者面談をするってことで呼び出されたのに……ノッチが付いてきたから」
「お前も付いてきてるじゃないか」
人類にとっての大英雄は、すなわち魔族にとっての忌まわしき敵。数多の魔族を殺して回り、最終的には先代の魔王を討ち取ったとされるニクスは、魔族から恨まれて当然ではあるが──その怨恨は息子のピカロにまで飛び火した。
ニクスは第一王子について頭を悩ましている時期とは言え、さすがに息子の命の危険となれば、首を突っ込んでくる。そこにスノウ・アネイビス学園長が話し合いに加わる理由は、ピカロが魔族に狙われる以上、ピカロが通う魔法学園も巻き込まれるからだ。
実際、ナナーク島での襲撃では、魔法学園の生徒たちも被害に遭った。回復魔法で治るのだからいい──とはならない。死んでしまえばお終いなのだから。
そうして、ピカロの今後について三者面談をすることになっていたのだが、「あんたの親と話をさせなさい。“ミストハルトの戦士”について話があると言えば、わかるはずよ」と言って着いてきた金髪金眼美女ノッチことノチノチ・ウラギルが、執務室に飛び込んでから15分。
時折、ノッチの怒鳴り声が扉越しに聞こえてくるが、何の話をしているかはわからない──ノッチをひと目見た瞬間、ニクスは、ピカロに退室するよう促したので、ピカロはノッチとニクスの話し合いには参加できなかった。
ピカロからすれば部外者のスノウ学園長は参加しているようだけれど。
「サイッテー! 信じらんない! たった40年でそこまで肩入れするようになったのね」
「ひ、姫様、ピカロに聞かれてしまいます」
「あんたがちゃんと説明してないから、あんな無知の豚野郎になってるんでしょうが!」
扉を蹴り開けながら出てきたお怒りの様子のノッチを宥めるニクス。明らかに年下のノッチに救世の大英雄が敬語を使っている光景は違和感に満ちている──姫様、とさえ呼んでいたか?
「もういいわどうせ封印されちゃってるなら王家の復活も無理ってわけね。サイアク」
「まだもう少し待ってください。今、封印を解けば、どれだけの人が犠牲になるか……もう少し、もう少しだけ」
「王家のためなら人間なんていくら死んでも大したことないわよ」
「……少なくとも、姫様のような旧王家の価値観は、現代では通用しません。人間界でも、“あちら”でも」
「それが間違ってるって言ってんのよあたし様は。こんな平和ボケの腰抜けどもを頼りに40年も眠ってたのが馬鹿みたいじゃない……あたし様はあたし様で勝手にやるから。時間はかかるけど、封印でも何でも解いて、絶対に王家を取り戻すわ」
ニクスの制止を無視して去っていくノッチ。どうやら話し合いは上手くいかなかったようだ。
何の話をしているのかまったくわからないピカロは考えるのをやめていたので、とりあえず頭のスイッチをオンにする。
「さて、父さん、あんな思春期丸出しのエロ女なんてほっといて、私の話をしよう」
「……そうだな。ただピカロ、姫さ──ノチノチ・ウラギルさんのことは侮辱しない方がいい」
「なんでノッチを庇うんだよ……」
ニクスがノッチを敬っていることも謎だが、スノウ学園長も同じようにしていたのがもっと不思議だった。
なぜなら、ナナーク島のディアレクティケ遺跡の最深部からやってきた謎の美女ノチノチ・ウラギルについて、王都に丁重に連れてくるよう言ったのはスノウだったからだ。
そもそも、ディアレクティケ遺跡の底に眠っていたなんて、実際に最深部まで行ったピカロならともかく、誰も信じない──どう考えても、ナナーク島の住民だと思われるだろう。
ピカロと一緒に、魔法学園の生徒用の船に乗って王都へ向かおうとしていたノッチを、不審者として警戒していた魔剣士科担当教員ヘスタ・ドレッサーの判断は、間違っていたとは思えないが、ナナーク島での惨劇を耳にしてすぐさまナナーク島まで駆けつけたスノウは、周りの反対を押し切ってノッチを保護した。
そうして、魔法学園の保護下にあるノッチは、ピカロと一緒に王都へ来たわけだ──目的は、ピカロの親と話すこと、だったそうだが。
「彼女のことはともかく、君のこれからについて話をしよう、ピカロ君」
そう言ったスノウに従い、ピカロは部屋の中へ。
「ってなんでお前まで付いてくるんだよシェルム」
「魔族から指名手配されてるのは僕も一緒だろ。それに、これから僕らに下される処遇もどうせ一緒だ」
「処遇?」
ソファーに腰掛ける──対面にはニクスとスノウ。
アルド王国の戦力の半分はこの2人なのではないかと言われても否定しきれない傑物が並び立つこの光景は、人によっては垂涎ものだろう。
「シェルム君は薄々気付いてるみたいだが……今回、ナナーク島で起きた魔族襲撃事件の原因は、君たちだ。無論、原因と言っても君たちのせいだと言いたいわけではない──あくまできっかけの話をしている」
「……まぁ、確かに私を探し出すために、オウラ・ジージャがテテちゃんを怪我させたり、私とシェルムを誘き出すためにオイラ・ジージャが街で暴れ回ってたのは事実ですからね」
「言うなれば君たち2人も被害者だ。たまたま君たちが街中にいなかったから無傷だっただけで、ジージャ兄弟が真っ先に2人のことを見つけていたら、殺そうとしてきただろうから。……どうやら立ち入り禁止のディアレクティケ遺跡に居たようだが、それはまぁ不問にしておこう」
「ありがとうございます」
「とはいえ、事実、君たちを狙った魔族の手によって魔法学園の生徒やナナーク島の人たちが傷ついた。かといって悪いのは君たちじゃない──さてどうしようかと悩んだのだが」
「俺が父親として、スノウさんに頼んだ。ピカロ、お前のこれからについて」
「結論から言おう──ピカロ・ミストハルト、シェルム・リューグナー。2人には、魔法学園を退学してもらう」
学園を守る学園長の立場として、スノウは苦渋の決断を強いられた。
ピカロとシェルムが学園にいることで、これからも2人の命を狙った魔族が学園を襲う可能性が高い。そうなれば、他の生徒たちも無事では済まないだろう──今回、死人が出なかったのは、運が良かっただけだ。
特にテテ・ロールアインは、本当に危なかった。
生徒を守るため、とは言うものの、ピカロとシェルムだって魔法学園の生徒だ。魔族から生徒を守りたいなら、2人を学園の保護下に置くことも考えられる。
しかし、規格外の実力を持つピカロとシェルムを守るために、未だ発展途上の天才少年少女たちが危険に晒されるというのも、保護者からすれば心苦しい。
その他大勢の生徒を守るためには、2人の生徒を学園から遠ざけるしかないのだが、それはつまり「魔法学園は君たち2人を保護しない。ウチの生徒たちを巻き込まないでくれ」と言っているようなものだ。スノウとしても、そのような判断は本意ではなかった。
そこで、ニクスが父親として提案した──ピカロの退学を。
実質的なことはともかく、形式的にはこれならば家の事情による自主退学であって、学園から追い出されたわけではない。屁理屈ではあるけれど。
しかし他にいい対処法も見つからない以上、ニクスの助け舟に乗るしかない──そうしてスノウは、保護者からの頼みをきいた、という形で2人の退学を決定したのだ。
「魔法学園では、守るべきものが──大切な生徒たちが多すぎる。ゆえに君たちの保護は、別の団体に任せることになったのだが……」
「別の団体?」
「あぁ。これから君たちは、とある組織に所属してもらうことになるのだが──君たちを欲しがっている組織が2つあってな。今ここで、どちらに行くか決めて欲しい」
天才が集う魔法学園よりも、2人を魔族から守れるほどの力を持つ組織が、2人を勧誘している?
話の展開についていけないピカロに、ニクスが告げた。
「アルド王国立騎士団か、アルド王国軍──2人には、このどちらかに所属してもらう」
────✳︎────✳︎────
城を後にする2人。ノッチを探しに行こうかとも思ったが、どこにいるかの心当たりもないのでやめた。
「まさか、騎士団と軍部が、私たちを欲しがっていたなんてなぁ」
「まぁ、僕らは学生にしては強すぎたし、ちょうど良いんじゃないか? どっちも魅力的だしね、騎士団も軍部も」
「じゃあ──どうしてシェルムは王国軍に入ることに決めたんだ?」
2人は今、アルド王国軍本部に向かっていた。
「なんだピカロ、お前は騎士団が良かったのか?」
「いやまぁどっちでも良かったけど……ヴァーン・ブロッサム団長は、父さんの大ファンだろ、だから優遇してもらえるんじゃないかなぁとは思ってたよ」
「王国で最もニクス・ミストハルトに近い男──煉獄騎士ヴァーン・ブロッサム……あんな化け物の下についたら、優遇どころか、人間離れしたトレーニングとかさせられそうだけどな」
アルド王国の五傑──今、アルド王国で最強とされる5人。
大英雄ニクス・ミストハルト。魔法学園学園長スノウ・アネイビスに続き、アルド王国立騎士団団長ヴァーン・ブロッサムも、その1人である。
そしてこれから会いにいくアルド王国軍元帥もまた、五傑の1人。
「……まぁ実際は、お前が無能貴族になる将来のことを考えて、軍部に行くことを決めたんだよ」
「今や無駄な設定となってしまった無能貴族……」
「騎士団は、少数精鋭の遊撃部隊みたいなもの──対して王国軍は膨大な数の兵士を抱えた大組織。お前がコネを作っておくべきは騎士団じゃなくて王国軍だろ?」
「あぁそういうことか。魔族との大戦において総指揮を任されるのが目標の私としては、軍部内で成り上がっていくほうが近道なのか」
「騎士団のトップに立っても、少人数ではできることが限られる──戦況を大きく狂わせたいなら、より無能な指揮官として暴れたいなら、規模は大きい方がいい」
無能貴族という不良債権のような設定のことをちゃんと考えた上で判断していたシェルムの意見に、ピカロも納得する。
しかし、府に落ちないことがあった。
「せっかく『第二章 魔法学園編』が軌道に乗ってきたのに、退学になっちゃって大丈夫なのか? そもそも私たちが魔法学園に入学したのは、ここで活躍して世間から注目を集め、無能貴族へのスタートダッシュを決めるためだったろ?」
「作者としても、わざわざ同級生たちの活躍を描くためだけにナナーク島の話を書いたのに、もう退学かよって思ってるよ」
「自分で書いてるのに……」
「登場キャラを増やして、物語を盛り上げようとした結果、魔法学園編が長引きそうだったことを思えば、サクッと終わったのもいいかもな」
「えー……せっかくキャラ設定とか考えたのに、もう同級生たちは登場しないのか?」
「登場しないこともないけど、少なくとも軍部にいる間は会えないかもな」
「じゃあ作者さん、当分登場しない可哀想なあの子たちの名前だけでも、ちゃんと読者に覚えておいてもらえるようにしておいて!」
アルド王国立魔法学園、1年生主要キャラ。
騎士科
目指せ生徒会長! 七三分け黒髪剣士リード・リフィルゲル
神速の刃! 赤鉢巻の熱血男セクト・ミッドレイズ
鉄剣制裁! 50キロ超の大剣を振り回す怪力剣士ファンブ・リーゲルト
ど変態巨漢! なぜかミューラの弟分サイデス・ノルド
魔術師科
魔力オバケの雷娘! 魔法幼女テテ・ロールアイン
正統派天才魔術師! 万能魔女ミューラ・クラシュ
魔剣士科
元ヒロイン候補! 今は闇落ちラスボス候補イデア・フィルマー
「箇条書きはよくないぞ作者」
「……こうしてみると、騎士科が多いな。私とシェルムが魔剣士科なのを考えると、魔術師科の主要キャラは特に少ない」
「でも作者は、この7人と剣道極とノチノチ・ウラギルだけで、あと五十話ぐらい魔法学園編を長引かせようと思ってたらしいぞ」
「えー……無理だろそれは」
PV(閲覧数)を増やすためには、読み応えのある巨編でなければならないと思っていた作者は、ピカロとシェルムの学園での活躍を描くいわゆる幼少期編をたくさん書こうと思っていたのだが──長編にしたいからといってダラダラと続けていても面白くないので、テンポ良く進むことにした。
少なくともそんなペースだと、2人が魔界に行けるのは第二百話とかになっていた可能性さえあるのだから。
「だから作者も想定外ではあるけれど──ここで魔法学園編はお終い! せっかくの同級生キャラたちも当分でてきません!」
「……数少ない読者も、早く魔界行ってサキュバスと再会しろや! って思ってただろうから、早まるに越したことはないだろうけど……もう少しテテちゃんとイチャイチャしたかった」
「2年生の生徒会長ザイオス・アルファルドとかも、一応重要なキャラとして登場させたんだけど、彼ももういいや。みんな忘れてるし」
「……サクサク進めすぎだろ」
「じゃあ、もっとサクサク行こう。やっちゃって作者」
「え?」
────✳︎────✳︎────
──半年後。
「ちょっと待ってシェルムちょっと待って作者」
「半年経ちました」
「良くないことしてるよ君たち」
「もういっちょ!」
────✳︎────✳︎────
──さらに半年後。
「良くない良くないよ。これはさすがに」
「合計で1年経ちました」
「物語をサクサク進めるってこういうことじゃないから」
「ではでは心機一転、新章スタートです! また次回!」
「最悪だぁ……」




