第二十四話 衝撃事実
「あぶねーピカロが魔界に連れてかれるところだった」
ホッとひと安心のシェルムにピカロが掴みかかる。
「おいいい! サキュバスと再開するために魔界に行くのが私たちの目標だろうが! そのために無能貴族になって魔界送りの刑に処されるとかいう遠回りなことしてるんだぞ!」
「だからこそ今、無能貴族になることなく魔界に行ってしまったら、題名を変えなきゃいけないだろ」
「知るか作者の事情なんか!」
──魔界送り。アルド王国における実質的な死刑制度であり、国家反逆レベルの大犯罪者でなければ受刑することはない。
ゆえの無能貴族。魔界の軍勢を退けるための王国軍の指揮を任されたにもかかわらず失敗を重ね、魔界を守ってしまうという無能ぶり(というかただの裏切り)を見せつければ、例に漏れずピカロも魔界送りにされるだろう。
──と、ここまで書いて、作者は気がついてしまった。この作品の最大の問題点に。
これまで何度も説明しているが、ピカロが無能貴族になるのは、大犯罪者となって魔界送りにされるため。しかし、よくよく考えてみると、“その必要はない”──無能貴族になる必要などないのだ!
なぜならば、究極的には、大犯罪であれば何でも良いので、わざわざ無能貴族になる必要など初めからなかったからである!
これは別になる必要のない無能貴族になるために邁進する物語──しかしもう取り返しがつかない。作者は、今更書き直すだけのモチベーションを持ち合わせていないのだから!
見切り発車で書き始めた小説の設定が音を立てて崩れていく悲しみを、あなたは想像できるだろうか?
しかしもう後戻りはできない! これからもこのような矛盾点が見つかる可能性も高い! しかし、その度に軌道修正し、無理やりプロットを書き換え、ご都合主義の引力でピカロを無能貴族にしてみせよう!
もはやボロボロといって差し支えないこの作品ですが、もう少しだけ見守っていただきたいです!
──2人の会話に戻ろう。
「そもそも、魔界と人間界を行き来できるって、何者だよあの仮面の男は」
「異世界の往来は普通の魔族にできることじゃない。そういう意味では、あの仮面の男は、上級魔族──それも最上級の奴らの1人ってわけだな」
「……そんな魔族が、なんでイデアさんを……」
結局、新入生トーナメント編が終わっても未だにイデアの異変について無知なピカロに、シェルムは大まかな説明をした。
イデアはトーナメント前日に、仮面の男と遭遇したこと。
その際、魔族の力を与えられたこと。
ゆえにイデアはもう半分魔族であること。
その恩が恋心に昇華して、イデアは仮面の男にぞっこんであること。
そして少なくとも今、イデアは仮面の男と共に魔界にいること。
「じゃあ、魔界に行く目的に、“イデアさんを助ける”も追加だな!」
「いいや、それはない」
「なんでだよ! 確かに私は言外に振られたけれど、あの時のイデアさんは仮面の男に洗脳されていた可能性だってあるだろ!」
「いや完全にイデアさんは恋してるし自分の意思で仮面の男に寄り添ってるよ。そして何より、いずれ僕たちがイデアさんと再会したときにはもう、イデアさんは助けられるとかいう次元じゃない」
「どういうことよそれ」
「まぁこのままだと、この物語のラスボスはイデアさんになりかねないってこと」
「ええ! 敵として再会するの!? 最悪だ!」
ピカロからすれば、シェルムと仮面の男の会話には物騒な言葉もあったし、2人とも何かを企んでいるんだろうとは思っていたが、まさかその結果イデアと敵対することになるとは想像していなかった。
実際、仮面の男とシェルムが対立していたのだから、仮面の男サイドのイデアと、シェルムサイドのピカロは自然に対立するのだけれど、ここでもまだピカロは、“イデアさんは洗脳されている”と考えているのだ。
生まれつきの大天才ピカロには、イデアが仮面の男に固執する理由など、到底理解できないのだから。
「そういや、何でも知ってるシェルム君よ」
「そうですあたしが何でも知ってるシェルム君です」
「結局、あの仮面の男は何者で、イデアさんを連れ去って何をするつもりなの?」
「言わねぇよ。何でこんな序盤でネタバレしなきゃいけないんだ」
「気になるだろ」
「そこは読者と一緒に読み進めていく形を取れよ。……まぁ一言だけ言うとしたら、イデアさんはもう当分登場しません!」
「ヒロイン候補が早速失脚した!」
「ただ、魔界送りの前後とか、魔界編のさらにその後とかには、重要になってくるキャラなので、覚えておいてくださいね皆さん」
「……魔界編のさらにその後……? え、いやだって魔界に行ったらそこでサキュバスと再会できてハッピーエンドじゃないの?」
「まぁ、それはともかく──トーナメント編の次の展開、考えてなかったけどこれから書いていきます!」
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「というわけで、到着しました! 月の都──ナナーク島!」
アルド王国北東部の港町から船で2時間。三日月の形をした島の砂浜で声を張り上げるのは、魔剣士科の担当教員ヘスタ・ドレッサー。
第十二話で登場しているのだが、作者もその存在を忘れていたため、ここで改めて彼について説明しよう。
数少ない現役魔剣士の1人であり、多くの生徒に名を知られているそこそこの有名人。現在は足の怪我により前線を離れているため、療養期間とリハビリを兼ねて、魔剣士科を教えることになった。
パーマを当てたような黒髪と、整えられた口髭。胡散臭い顔つきも相まって、若手の美容師のような見た目をしている。
「新入生トーナメントから1週間! それぞれの課題や目標なんかが見えてきたと思いますが、まずはクラスの友情を深めることから始めましょう!」
入学から1ヶ月で試合をさせられた1年生たちの仲が悪くならないよう、改めて学年で遠足ということらしい。
魔術師科、騎士科、魔剣士科の全員が、このナナーク島に訪れていた。
ちなみに勿論来ていないイデアは家の事情で退学したことになっている──シェルムがスノウ学園長にイデアについて説明した結果、最上級魔族が学園内に現れたという事実は、混乱を避けるために伏せた方が良いという判断になった。
それに伴って、学園の生徒が魔族に拐われた(実際は同意の上だが)事実も、とりあえず隠蔽するブラック体質。
「とりあえず荷物を宿屋に置いてきたら、自由行動です! 夕食が19時なので18時半くらいには戻るようにしてください!」
──ナナーク島が月の都と呼ばれる所以は、島が三日月の形をしているからというだけでなく、この島の伝承に関係がある。
かつて、月からやってきた神様たちがこの島に住んでいたと言い伝えられていて、実際この島には数多くの古代遺跡が存在し、それらの中から多くの古代の遺産が発見されている。
古代の遺産とは、少なくともこの時代の人間には再現不可能な技術で作られた人工物──あるいは神工物のことである。
そろそろ忘れられている設定だろうが、つい最近生まれたばかりのアルド王国の現国王の第一子──第一王子が“伝説の勇者”だと言われている理由は、古代の遺産の中でも最上級とされる予言書──『世界の書』に記された“伝説の勇者”の出自に関する記載と、第一王子の出自が重なるからだ。
過去と“未来”の歴史が全て古代文字で書き記された『世界の書』ほどのレベルではないが、一振りで海を割る神剣や、空を飛ぶ鎧、世界樹の杖など、わかりやすくぶっ壊れたインフレ武器などの古代の遺産が存在する。
それらが月からやってきた神々によってこのナナーク島にも多く運び込まれたと信じられているから、この島は月の都として親しまれ、人が集まり、結果として今では立派なリゾート地となっていた。
そんなリゾート地だからこそ、同級生との親睦を深めるにふさわしいということで、今年の1年生全員が連れてこられたわけである。
そして自由時間となれば、やることは1つ。
「美女の水着姿を目に焼き付けるぞー!」
双眼鏡片手に、海パン一丁のピカロが砂浜に足を踏み入れる。
「目に焼き付けるってか、日に焼けて焼き豚みたいにならなきゃいいけどなお前」
日傘をさしてついてくるのは勿論シェルム。下は海パンだが、上着を着ていた。
「おいシェルム! ティッシュは持ってきたか」
「海に行くのにティッシュはいらないだろ」
「ばかやろお前いつでもシコれる準備しとかんかい!」
「砂浜でシコるのか? 大英雄の息子が?」
「大英雄の息子の息子が我慢ならない時はシコるよそりゃあ。ニクスの孫がおっ勃ってるわけだから。海ってシコる場所でしょ?」
「ちげぇよ。……てか、海でちんぽ洗えばいいだろ、ティッシュなんか使わずに」
「海水で洗うと何か聞いたこともない病気とかになりそうだろうが!」
「一回病気にならないと反省しないだろお前なんか」
「おいピカロ・ミストハルト!」
2人の背中に声をかけたのは、子供っぽい水着がよく似合う魔法幼女、テテ・ロールアインだった。
キャラ設定を守るため、水着なのに大きな魔女帽子を被り、大きな杖を抱えている。
「私と泳ぎで勝負するですよバカタレ!」
「幼児体型なのに、もうそういう事しても良い年齢なんだと思うと君からはエロスの波を感じるねテテちゃん」
「あのデッカい岩をタッチして帰ってくるレースをするですよ!」
「このまま身体が成長することなく、君が妊娠したらさぞかし犯罪的な絵面になるんだろうね、素敵だね」
「会話が成り立たねぇですド変態!」
「おいシェルム・リューグナー!」
猛り狂うテテと既に下半身がバッキバキのピカロを冷めた目で見遣るシェルムの肩を、低い声が叩いた。
振り返ると、水着の上に、金属の重りを全身に課した青年、ファンブ・リーゲルトがいた。
「お。トーナメントBブロック第1回戦で僕と戦ったファンブ・リーゲルトじゃないか。“山砕き”こと、王国立騎士団副団長アンサイア・リーゲルトの息子にして、50キロの鉄剣を振り回す騎士科1年生!」
「やたら説明口調じゃないかお前」
「読者はお前の存在なんか忘れてるんだよ」
読者? と首を傾げるファンブから距離を取るシェルム。
100キロの鉄剣を扱う父、アンサイアを越えるため、日々の研鑽に励むファンブは、今日も鋼鉄の重りで身を封じて(鍛えて)いるのだが、それらが太陽の熱を溜めているせいで、近くにいるだけで暑いのだ。
「お前、地獄だろそれ。熱々の金属に全身を覆われてるってどういうことなの」
「苦しみや辛さも俺の糧となる。父を、そしてお前を越えるために努力は惜しまない!」
会話中、少し離れた場所で砂浜が爆発──飛び散った砂に襲われてピカロたちが咳き込んでいると、砂塵の中から2人の男が現れた。
「すまない、やり過ぎてしまった! 砂を飲み込んでたりしないか? 水を持ってくるからうがいしてくれ!」
「まてリード! うがいなどそこらの海水でさせておけばいい! まずは俺と決着をつけろ!」
「君には人の心がないのかセクト! 少なくとも生徒会長を目指す俺としては生徒に対しては誠実でいたいんだ! 勝負などいつだってできるだろう!」
圧倒的な肉体美。鍛え上げられ引き締まった身体が陽光を反射する──眩しすぎる2人は、七三分け真面目男リード・リフィルゲルと、赤鉢巻真面目男セクト・ミッドレイズだった。
バチバチにキャラが被っているこの騎士科1年の2人は、せっかくの自由時間にも関わらず、手合わせをしていたらしい。
「リードてめぇ砂浜は戦う場所じゃねぇんだよ! 水着美女が逃げちまうだろうが他所でやれ!」
「な、なにを言っているんだピカロ! そんな不純な動機で砂浜にいるのか!」
「最低ですピカロ・ミストハルト! 私の下着姿を見ておきながら満足してないんですか!」
「い、いやぁテテちゃんが1番だよぉ」
「まずい! 重りと身体の隙間に砂が入った! かゆい、かゆいぞ!」
「むむ! シェルム・リューグナーではないか! 腑抜けのリードは放っておいて、“神速の刃”こと俺様と勝負しやがれ!」
「するかバカ」
一気に騒がしくなる一同だったが、直後聞こえてきたズシンズシンという足音に振り返る。
ゆっくりと近づいてきていたのは、筋骨隆々の大男、騎士科1年、サイデス・ノルドと、その隣を歩くツインテール美少女、魔術師科1年、ミューラ・クラシュ。
ミューラはBブロック第1回戦で、サイデスはBブロック第2回戦で、イデア・フィルマーに殴り倒された。
つまるところ、イデアに負けた2人である。
「おうおう、イデア・フィルマーはいないのか? あの女の水着を剥ぎ取って全身を舐め回しに来たんだが……」
「ダメに決まってるでしょ、やめなさい。……普通にトーナメントベスト4まで残った彼女を尊敬しているから、挨拶くらいしておこうと思っただけよ」
何故か上下関係が出来上がっているミューラとサイデスに、ピカロが対応する。
「あー、イデアさんは退学したよ。家庭の事情だってさ」
「ええ! 嘘でしょう!?」
「じゃあ俺は誰の全身を舐め回せばいいんだよぉ! ……ん? 随分と美味そうな幼女がいるな」
「な、なな、何ですかこの大男は気持ち悪い! 私はミストハルト家の男以外に体を触らせる気はないです!」
「え、えテテちゃんそれどういうこと」
「わ、何でもないですこのバカ! あっちいけ!」
「……サイデス、こんな小さな子にまで欲情するのねあなた」
「じょ、冗談ですってばミューラさん……そんな目で見ないで」
結局騒がしくなるようで、ギャーギャー叫び散らかす天才たち。
サイデスがミューラに説教され、リードはセクトと戦闘を再開し、ファンブは一旦、重りを脱いでから身体と重りを洗いに行き、ピカロに照れたテテは海に飛び込んで行ってしまった。
そんな光景を見て、ピカロが呟く。
「……なんか、急に色んなキャラが再登場してるな」
「まぁ今まで基本的に僕とピカロだけで進んできたからな。今後は主要キャラを増やしたいという作者の意思が表れてるんだろ」
「ヘスタ先生とか、一度私たちやイデアさんに負けた生徒たちを登場させるあたり、新キャラを作る気はないんだろうな」
「剣道極以外のモブキャラを集めたけど、結構な人数になったから。当分はこれでいけるだろ」
「剣道極はどうするよ本当に。作者は今、毎話のタイトルを漢字4文字縛りにしたことと、剣道極を登場させてしまったことを後悔してるらしいぞ」
「あいつ、なんならお前の家の幼馴染みメイドのアンシーより出番多いからな。モブなのに」
「どうせなら作者に頼んどいてくれ、剣道極を消すか活躍させるかどっちかにしろって」
「……おうよ。まぁというわけで、トーナメント編も終わり、ナナーク島へきた僕たちだけど、お察しの通り今回からは、モブキャラたちが活躍する回となります!」
「私とシェルムだけのストーリーに飽き始めた作者の思いつきの展開ですが、楽しんでくれたら幸いです!」
では次回、また会おう。




