第二十三話 仮面之男
暗黒の殺人光線が空を貫き、魔法防御壁に衝突し、霧散。
──殺してしまった。
イデアがそう確信し、後悔し、諦めた時には、目の前には誰もいなかった。
「……え?」
「イデア選手、その魔法は禁止したはずだ。反則行為により、失格とする」
いつの間にかステージ上に立っていたスノウ学園長が、無情にもそう言い渡すと、数刻遅れてザイオスが口を開く。
「し、試合終了ー! イデア選手の反則負けのようです! まったく見えませんでしたが……さすが学園長ですね!」
今の今まで見ていた光景が一瞬で変わる、その不思議な感覚に包まれたまま、観客は試合が終わったことを理解する。
いたはずのリードが移動していて、いなかったはずのスノウ学園長がステージ上に。
まことしやかに噂されていた、“時を止める”古代魔法。
実在の確信が観客を大いに喜ばせた──送られた歓声と拍手は、2人の選手に向けられたものではなかったけれど、そんな現金な観客らに見送られてイデアとリードはステージを後にした。
「……負け、ちゃった」
あれだけの力を授かっておきながら、生身の人間に圧倒され、あわや殺しかねない事態にまで追い込まれた。
また一歩、仮面の男との再会が遠のいた気がして、ただ、唇を噛む。
前話でも言った通り、イデアが強くなろうが、生徒会に入ろうが、それによって仮面の男がまたイデアの前に現れる、なんて約束などをしていたわけではない。
なぜ仮面の男がイデアにあの力を与えたのかを、イデアはまだ知らない──ゆえに、また会えるのかすらも、わからないのだ。
再会を信じて待つことしかできないのなら、せめてもう一度会えた時に、ガッカリされないくらいに強くなりたい。
あわよくば、仮面の男の隣を歩いていけるだけの資格が欲しい。
恋慕と憧憬が、そうやって積もっていたからこそ、敗北が悔しくて仕方がないのだ。
「えー、ではでは、これから表彰式を行いますので、上位3人の生徒はステージに集まってください!」
ザイオスが、生徒会長自ら、新役員を迎え入れる。
悲しいことに戦闘シーンにしか興味のなかった観客の多くは帰ってしまったが、まばらな拍手の中、3人の男が即席の台に上がった。
「まずは3位! 騎士科1年、リード・リフィルゲル! 君は生徒会長を目指しているみたいだけれど、安心してくれ。このトーナメントで1位になった者が生徒会長になるわけではなく、ちゃんと学園内で選挙をして決めるからな」
「はい! ザイオスさんみたいな、立派な生徒会長になってみせます!」
「よろしい!」
制服に着替えたリードの右腕に、真紅の腕章を通す──これが、生徒会役員の証だ。
「そして惜しくも2位! 魔剣士科1年、シェルム・リューグナー! いやぁ決勝戦は凄かったね……もはや人間とは思えない2人の対決! 将来が楽しみだ!」
「ありがとうございます」
「これからは生徒会役員として、よろしくね!」
右腕に付けられた腕章を見て、まんざらでもなさそうなシェルム。
「そしてそして──トーナメント王者! 魔剣士科1年、ピカロ・ミストハルト! 魔剣士科の生徒が新入生トーナメントで優勝したのは魔法学園史上初らしいからね、さすがは大英雄の息子……伝説を残してくれたね! これからのアルド王国を代表するような君の活躍を願ってるよ!」
「あざーっす!」
「あれ……ちょっと思ったより腕が太いね……後で腕章のサイズ調整しておくから」
金髪チビデブゆえに、スタイリッシュにキマらない。とはいえ王者は王者、胸を張っていい。
「じゃあ優勝したピカロ君、最後に一言、お願いできるかな?」
空中に浮いた大画面の魔法スクリーンにピカロが映る。ザイオスの拡声魔法を向けられて、緊張した様子だったが、咳払いを1つ。
切り替えて、自信満々のスピーチ。
「えー、皆さん。『ブーバキキ効果』というのをご存知でしょうか?
いわゆる心理学の、言語音と視覚的印象の関係についての話なのですが──実験の概要としては、被験者に“丸い線で描かれたブヨブヨ図形”と“直線で描かれたギザギザ図形”を見せて、このどちらかに“ブーバ”、“キキ”という名前を付けてください、と頼む。
すると多くの人が、曲線ブヨブヨ図形にブーバ、直線ギザギザ図形にキキと名付けたんです。
驚くべきことに、この傾向は年齢も、“母語”も関係がありませんでした! つまるところ、“どんな音から、どんな概念を想像するか”、という問いに文化や言語が影響してこないってことです。
そこで私は思いつきました──これ、“ちんこ”と“まんこ”にも共通していないだろうか?
あ、今、眉を潜めたお嬢さん、見逃しませんからね、最後まで聞いてくださいよこれは下ネタじゃないのですから。
というのもですよ、まさしく、ちんこ=尖った感じ、まんこ=丸みを帯びた感じ、という具合にですね、言語音と概念のイメージが一致していると思うんですよ!
それでですね、色んな国の言葉でちんこを調べてみたら、クレッツィアォとかウゥメとか意味わかんねぇのばっかりでてきて、日本語の優秀さというか、シンクロ感? を感じましたよ。ちんこが1番マッチしてますよ絶対! なーにがペニスだ馬鹿野郎。
……あれ、耳を塞いでる女性の姿がちらほら……なんですか貴女たち。下品な言葉を聞かないから私は上品だとでも言いたいんですか?
そのお洒落な服の下は裸のくせに何を品なんて気にしてるんですかまったく。
そういえば、ちんこは言ってもよくて、まんこは言ってはいけない、みたいな風潮ありますよね。どうしてでしょう?
ちんこよりまんこの方が下品だからですか? 性器は平等ですからねそもそも。
少し話がズレるんですけど、『小説家になろう』の運営様にですね、先日、問い合わせてみたんですよ、まんこについて。
「私の小説にはちんぽという言葉が頻出するのですが、ガイドライン上、まんこはセーフですか?」っていう質問をしてみたわけです。
するとご丁寧にメールを下さいまして、運営様によりますと、
「実際に掲載された作品の記述を確認致しました上で、文脈や設定、前後関係等を踏まえ総合的に判断を行なっております」
「その上で、基本的な方針を申しますと、現在の小説家になろうでは、広辞苑等の大衆向けの辞典に掲載されている語句であれば、それらの作中での使用のみを理由として積極的に対応を行うことはございません」
とのことでした。つまりは頭ごなしに禁止するんじゃなくて、不適切か否かをしっかりと判断した上で、対処しますということですね。
ですからおそらく、今回、ちんこのみならず、まんこという言葉が頻出していますけれども、ガイドライン違反で注意を受けることはないと思っています!
信じてますよ運営様!
さて話を戻しまして、なぜちんこはよくてまんこはタブーなのか。
まぁレディーファーストなどの輸入文化による女性の保護や、そもそもちんこと違って一言で言い表すのが難しいとか、あるいは女性蔑視の結果なのか。
理由はどうあれ、言いづらいのは確かです。
この小説の主人公である私は、プロローグの一言目でちんぽと言い放ち、その後、ちんぽという言葉の適度な下品さ、可愛らしさ、面白さについて語りました。
では同じようにまんこについて語れるかというと、うーんと黙らざるをえないわけです。
こんなに長々と話しておいて申し訳ないですけど、実際、どうしてまんこはタブーなのかは、私にもよくわかりません。
しかし! これだけは言わせてください!
まんこ、と口に出すことや、女性だけ上半身裸になるのはダメなこの風潮は、絶対に、いつまでも残すべきものです!
それが当たり前に成り下がってしまえば、私たちにとってまんこもおっぱいも希少価値が下がってしまいます。
えー、本当に長くなりました──私のちんこは短いんですけどね、なんちって。いや寒っ! 風邪ひくわぁ。へへ。
…………ちょっともう一回最初からやっていいですか?
なに? ダメ? わかりました終わりますよもう!
えー、最後に、なぜ、今回急に、ちんことかまんことか言い出したのか! その理由は──なんと、この前、1日のPV(閲覧数)が96を記録したからです!
つまり、この小説のページが、1日で、96回開かれたということですよ、凄くないですか? いやもちろん、ランキング上位の小説は、1日に何百万PVとかですけど、あんなの次元が違いますからね。凄すぎて嫉妬すらしませんよまったく。
とにかく、つまるところ、この開幕ちんぽ小説を、読んでくださる方が増えたということです!
そんなわけで、今回は“間引かせて”いただきました。
うわ、こんな下品な作品だったのかよ! というとても正しい常識と価値観をお持ちの読者様にブラウザバックしていただいたのです。
それなのに! まだここまだ読み進めてしまっているそこの貴方──ようこそ、神の国へ。
気の触れた同士たちよ、細々と続けていくつもりだからさ、どうかこれからも、チマチマ読んでいただけると嬉しいです。
えー、そんな感謝の言葉をもってですね、優勝者スピーチとさせていただきます! 今日は本当にありがとうございました!」
描写するのも気が引けるほどの地獄のような空気が横たわり続けたまま、表彰式は終わり、魔法学園編最初の山場、新入生トーナメントは幕を閉じたのだった。
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沈みかけの陽が薄影を落とすアルド王国中心部。
アルド王国立魔法学園の恒例行事、新入生トーナメントも無事に終わり、観客と生徒らが帰路につく。
注目の視線が痛くて、隠れるように立ち去る2人の背中に、声がかかる。
「ピカロ・ミストハルト!」
振り返ると、幼女と形容して差し支えない魔法少女──テテ・ロールアインがいた。
Aブロック第1回戦第1試合で、ピカロと対戦した魔術師科の女子生徒である。自分より大きな杖を抱える可愛らしさと、勝気なつり目のギャップが素敵な彼女は、本日、下着姿にされたり、重力制御魔法で下着をズラされたりと、ピカロによって散々な目に遭ってきた。
当然、テテの父親に説教を喰らっていたピカロからしたら、再び糾弾されるのだと身構えたが、
「……お前が強いことは認めるですけど! ニクス様のような立派な剣士にならなかったら、許しませんですからね!」
と、思いの外罵られることはなかった。
王国中を飛び回っていたニクスに命を救われた人の数は数えきれない──テテもまた、ニクスに感謝し、その活躍を尊敬する王国民の1人。
実際、悔しいので口には出さないが、同級生たちは戦う前からピカロに一目置いていた。ニクス・ミストハルトの英雄譚に心動かされたドンピシャの世代の少年少女からすれば、大英雄の息子と同じ学年というのは、心躍ることなのだ。
そんな彼らの期待に、優勝という形で応えてみせたピカロ──案外、無能貴族よりも英雄の方が向いているのかもしれない。
「いつかまた対戦することがあったら、負けませんですからね!」
「お、おう」
そう言い捨てると、離れた位置で待っていた父親のもとへ駆けていく。その後ろ姿はまんま幼女だが、彼女もまた、選ばれし天才の1人であると思うと、頼もしくもあり──そしていずれ対立すると思うと、複雑な心境だった。
無能貴族となって、人類から魔界を守ることを目標とするピカロたちにとって、同世代にこれだけの天才たちが集っていた事実は、多少、先行きが怪しくなりそうな予感を駆り立てる。
とはいえ美少女(美幼女)に話しかけられた喜びに、顔を綻ばせていると、タイミングを見計ったかのように、背後に現れる影。
「俺も、次は負けない」
「うおあ! びっくりした」
夕陽より赤い鉢巻をたなびかせ、音もなく登場したのは──“神速の刃”セクト・ミッドレイズ。
15歳の身体にこれでもかと筋肉を詰め込んだようでいて、引き締まっている。着る服によってはただの15歳の青年に見えなくもないが、その中身は生まれ持った才能の鬼。
既に王国軍に所属しており、活躍の限りを尽くしているセクトは、おそらくは今回のトーナメントにおいて、ピカロの次に注目されていた有名人だ。
自他共に認める優勝候補筆頭は──大番狂わせの餌食となった。
「強い男は好きだ──好敵手よ、すぐに追いつくからな」
勝手に言い残し、風のように去る“神速の刃”。
見覚えのある立ち居振る舞いに、首を傾げるピカロ。
「……真面目キャラかぁ、リードとちょっと被ってるな」
「赤い鉢巻しか特徴ないからなセクトは。リードも七三分けってだけだし──さては作者、見た目を考えるのサボってるな」
「一応、私は金髪チビデブで、お前は紫紺の美青年っていう設定だけど、それ以外のキャラの見た目とか読者はまったくわかってないし、作者もわかってない」
「ちなみにトーナメント編で活躍したイデアさんは、紺色の髪が肩にかかるくらいの長さで、前髪で半分くらい目を隠してます」
「読み直したら、第十二話にそう書いてありました。まぁ目を隠してるって設定は、今のイデアさんの右目の事情とマッチしてるから、変更はナシで!」
「おいピカロお前はまだイデアさんの右目については知らない設定だから、言うなそういうこと」
「──そんな話をしていたらイデアさんだ! ちょっと告白してくる」
「いや無理だろ……金髪チビデブだぞお前」
「うるせぇ、トーナメントでこれだけ活躍したんだから、惚れてるはずだ私に! シェルムお前はついてくるなよ、2人きりになりたいんだ」
そう言って校舎裏へと消えていくイデアを追いかけた。
──仮面の男にもらった力の強大さを誰よりも自覚しているからこそ、イデアは第4位という結果に落胆していた。
人の目を気にせずに済む校舎裏が1番落ち着く──灯りもなく暗い影の中、しゃがみ込む。
そんな、傷心の美少女に、声をかけた。
「やあ、イデアさん」
「……ピカロ、くん?」
「ちょっと、話があるんだけど」
校舎の角──影によって区切られた芝生の上。影の中にイデアが、夕陽の中にピカロがいた。
この影の線が、どうしようもなく、2人の距離を離してしまっているようで、ピカロはなんとなく嫌で、イデアはなんとなく安心する。
イデアは知っている──もう取り返しのつかないほど、ピカロと自分が違ってしまっていることを。
そんなこと知る由もないピカロが、告白の覚悟を決めて、イデアのいる校舎の影の中へ、一歩、踏み入った──刹那。
「──ひっ」
イデアの視界が歪む。どす黒い液体に溺れる様な錯覚──立っていられず、壁にもたれる。
心配するピカロの声もボヤけて届かない。頭の中に何かが入り込んでくるような、しかし一方で頭の中から何かが掘り起こされるような感覚。
見覚えのない映像が、きつく閉じたまぶたの裏を駆け巡る。
──深緑の森の中。暗闇に続く階段。燃え盛る建物──家? 故郷? 腕の中で笑う誰か。
鋭い頭痛がする──しかしそれよりも、脳内に流れる光景の方がずっと痛い。
何かを必死に叫び、咽び、泣いているのは──私?
こんなの見たこともない、知らない。しかし誰よりもこの苦痛を、怒りを、絶望を、その身に刻まれて知り尽くしているような、身の毛もよだつ既視感。
断片的に、関連性も感じない様々な光景の上を歩き、歩き、歩いたその先に、悪魔の様に笑う、誰かがいて、それは──
「ピカ──」
「少し想定外だった」
血の涙を流し、震えるイデアの背後──折り重なる影の中に、闇よりも黒い仮面が浮かび上がる。
禍々しい角が生えた仮面の下に、ゆっくりと、身体が出来上がっていく。霧のような黒い淀みが、集まっていく。
何が起きているのかわからず、パニック状態に陥るピカロを差し置いて、“仮面の男”は倒れるイデアの身体を抱きとめる。
「まさか、私の記憶の一部が君に流れ込んでいたとはね。右目をプレゼントしたつもりが、その目が見てきた光景までセットだったとは……」
「あ……あなた、は」
「昨日ぶりだな、イデア・フィルマー」
「あ、ああ……! わ、わたしは、あなたの為に──」
「わかっている。大丈夫だ、泣かなくていい。すまない、嫌な思い出を君に見せてしまって」
見たことのない表情──恋に落ちると、女は、こんな顔をするのか。
イデアの態度だけで、ピカロは自分の想いが届かないことを悟る。イデアは既に、この仮面の男に魅了されているのだと。
しかし、だからといって、この怪しい男からイデアを守らない理由には、ならない。
「だ、誰だお前!」
「……話しかけるな、“お前”が、“私”に!」
漆黒の仮面の下──見えない瞳に睨み付けられたピカロが、後ずさる。本質的な恐怖に、冷たい汗がふき出てくる。
味わったことのない威圧感に、身体が動かない。
「今ここで、お前を殺したって構わないんだ。……いや、そうしよう。そうするべきだ。私はこんなゴミを、放置しておくことができない。こんな最悪の血を引いたクズ野郎なんて、私が殺すべき──」
「ダメに決まってるでしょ」
動けないピカロの首に手を伸ばした仮面の男──その震える手を、シェルムが掴んだ。
「……誰だ、お前は」
「僕はブラック・マジシャン・ガールだよ。アドバンス召喚してね」
「ふざけているのか……? この私の前で」
「この私って誰だよ。有名人を気取るなクソが。どうせ僕と違ってブサイクだから顔を仮面で隠してるんだろ」
「その汚い手を離せ……ピカロ・ミストハルトの次はお前も殺してやる」
「──仲間殺しは、“パノプティコン”の規約違反だぜ?」
「──ッ!」
一瞬で距離を取る仮面の男。どこかうわの空のイデアとは対照的に、仮面の下の顔が焦りを見せているのが窺える。
「お、お前も“こっち側”、なのか……」
「“こっち側”とか勝手に決めんなよ。広い視野で見たら同じでも、狭めたら僕とお前は別物だよ全くの」
「……! ふふ、そうか。そういうことか」
何かに気づき、肩で笑う仮面の男。腕の中のイデアの顔を指で上げて、その右目をそっと撫でる。
「私がイデア・フィルマーを使って“やろうとしていること”を、お前はピカロ・ミストハルトでやるつもりなんだな」
「おお、察しがいいな」
「だとしたら趣味が悪い……よりによってピカロ・ミストハルトとは。最悪だ、お前は……!」
「そうやって選り好みしてるから、失敗するんだ──僕は作るよ、最高傑作を」
「……どうせ、私の正体も薄々勘付いているのだろう?」
「薄々っていうかバッチリわかってる」
「その上で、ピカロ・ミストハルトを選ぶのか」
「僕さ──性格が悪いんだ」
「お前もろとも、殺してやるからな、必ず……必ずだッ!」
──校舎裏の深い影の中に、突如現れた紫色の魔法陣。歪む空間の中に、仮面の男とイデアが溶けていく。
直感で、イデアがどこかに連れて行かれることを察したピカロが、ここでようやく身体を動かし、イデアを取り返す為に走り出す。
「何が起きてるか知らないけど──イデアさんを返せ馬鹿野郎!」
必死に手を伸ばすピカロと一瞬、目が合ったイデア。しかし次の瞬間には、自分を抱き抱える仮面の男を恍惚の表情で見上げていた。
あと一歩のところで、ピカロの手はイデアに届かず、何もない空を切る。初めから何もなかったかのような、異常までの静寂が耳に刺さる。
「危なかったなピカロ──今の魔法に巻き込まれてたらお前、」
──魔界に行ってたぞ。
そう言って呆れるシェルムに振り返り、混乱が冷めやらぬピカロは叫ぶ。
「いやそれが最終目標やんけッ!」




