第二十一話 両雄激突
「し、試合終了ー!」
ザイオスが戸惑いを隠せない声音でそういうと、少し遅れて観客の拍手がシェルムに贈られた。
ステージ上には、退屈そうなシェルムと、倒れ伏すイデア──その首は、ちゃんと胴体と繋がっている。
「……えー、何が起きたのかはわかりませんが、突然、イデア選手が意識を失ってしまったため、勝者は、魔剣士科1年シェルム・リューグナーです!」
まばらな拍手の中、イデアをお姫様抱っこしながらステージを去るシェルム。
「それでは、残る最終決勝戦と3位決定戦の前に、1時間ほどの休憩を挟みます!」
生徒会に入る権利が与えられるのは1学年3人まで。Aブロック優勝のピカロとBブロック優勝のシェルムはこの後の最終決勝戦の勝敗に関係なく生徒会入りが決定した。
残りの一枠をイデアとリードが争うことになり、それが3位決定戦である。
在校生用の席に戻ったシェルムを、お菓子を頬張っているピカロが出迎えた。
「圧勝だったけど、目立ちはしないという、素晴らしい勝ち方だったなシェルム」
「だろ」
「んで、何が起きたんだ?」
「普通に幻魔術。イデアさんは最後、僕に飛びかかったつもりだったかもしれないんだけど、実際は一歩も動かずに気絶した。ちょうど、攻撃を仕掛けてくるタイミングで幻魔術を使って、仮死状態を作り上げた感じだな」
「仮死状態?」
「とりあえずイデアさんには、“死んだ”と思わせた。まぁ、自分が死んだと勘違いしたショックで気を失っただけだな」
「……何か脳に負担かかりそうだな。後遺症とか大丈夫なのか」
「まぁフィクションだからこれ」
「あとイデアさんをお姫様抱っこしたことは許さないからな一生」
シェルムが作り出した幻に惑わされ、イデアは敗退。
幻魔術は、相手に幻を見させるという意味では対人戦において非常に強力だが、実際は相当、魔力量に差がないと効果は薄い。
具体的には、対象の2倍以上の魔力量を保有した術者でなければ、まともな幻魔術は使えないのだ。
仮面の男に膨大な魔力を注がれたイデアに対し、仮死状態だと錯誤させることが可能な程度には、シェルムの魔力量は桁外れだとわかったところで。
続いては──主人公対決。
「……そういや、私とシェルムが戦うのってこれが初めてか」
「そうだな」
「え〜いやだな負けるの」
「手ぇ抜くから安心しろ」
「お前が手加減してるのが周りにバレたら意味ないんだからな! 将来、無能貴族となってアルド王国軍を率いるのは私の役目だと言ったのはお前だぞシェルム」
「わかってるよ。僕は無能貴族になんかなりたくないし。というかお前はニクス・ミストハルトの息子というコネも利用するわけだから、替えがきかない」
「なおさら代用不可の私のイメージを大切にしてくれよ。とりあえず1番強いって思われてないとダメなんだから」
魔族との大戦において、アルド王国軍の総指揮を執るには、その時点で最も頼りになる人物だと周囲に認識されている必要がある。
今のところ、ニクスやスノウ学園長からの評価としては、ピカロよりもシェルムの方が強い(底知れない?)と思われていることもあり、このままいけば王国軍を任されるのはシェルムになりかねない。
実際は、いつどこで生まれた誰なのかもわからない正体不明のシェルムに王国の運命を預けることはないだろうが、シェルムでなくとも、軍のトップに立つ可能性を秘めた猛者は多い。
最有力候補としては、1か月ほど前に生まれたアルド王国第一王子──『世界の書』にて予言されていた“伝説の勇者”。
伝説の勇者であり、未来の国王ともなれば、ピカロには太刀打ちできなさそうではあるが、とはいえ結局は実力社会。
ニクス・ミストハルトの息子というコネを利用する気ではあるが、国王の息子と比べるにはやや弱い肩書なので、身分や家柄で勝負する気はない。
強ければいいのだ、誰よりも。
無論、単独の戦闘力の高さが、大軍を率いる司令塔に必要不可欠かと問われれば、否と答えるべきだろうが、強いに越したことはないし、一応、ピカロは軍略家・戦略家としても大成するつもりだ。
それこそ伝説の勇者が、人の上に立つに足る人格であるとも限らないので、むしろピカロが競争すべきは、頭脳のみで実力社会を駆け上がってきたインテリ軍人どもかもしれない。
ピカロ・ミストハルトに頭の良さなど欠片もないが、そこは“何でも知ってるシェルム君”の出番。彼と常に行動を共にするのなら、頭脳面でもピカロに隙はない。
そうなると本格的にシェルム1人で十分ではないかという話だが、そこはご都合主義。一応、主人公はピカロなのだから。
「──さてさてお待たせいたしました! 順番的には、3位決定戦を先にして、最後に決勝戦の方が盛り上がるかなと思ったのですが、イデア選手がつい先ほど意識を回復したばかりなので、3位決定戦は後回しにさせていただきます。というわけでいよいよ決勝戦!」
大英雄の息子を観に来た観客が多いため、ピカロが決勝戦まで残ったというこの結果に伴ってまだ観客席は満席。大盛り上がりである。
「まずはAブロック王者! 魔剣士科1年──“次世代の大英雄”ピカロ・ミストハルト!」
轟く歓声に自尊心を満たされ過ぎて吐き気を催しつつ、ピカロはステージへと向かう。
「対するはBブロック王者! 魔剣士1年──“美しきダークホース”シェルム・リューグナー!」
紫紺の美青年の登場に、主に女性陣からの黄色い歓声が重なり合う。手を振りながらステージへ。
「多少、人格に難ありという疑惑がかかっているピカロ選手と、誰一人として彼を知る人がいない謎に包まれたシェルム選手! いずれにせよ、新入生トーナメント史上過去に類を見ないほどの強さを誇る両雄が、ようやく激突です!」
第1回戦第1試合で、対戦相手のテテ・ロールアインの制服を粉々に斬り刻み、帯電した身体で彼女に触れて気絶させるという極悪非道を見せつけたピカロは、その実力はともかく危険人物として認識されつつあった。
大変、不名誉ではあるが、いつの時代も天才は往々にして変人である。
そして全くの無名、シェルム・リューグナー。これほどまでに強ければアルド王国のどこかで話題になっていてもおかしくないが、実際は謎に謎を重ねたような男。
少なくともニクスとスノウ学園長くらいしか、シェルムを本当の意味で評価している人間はいないだろう。
──ステージで向かい合う2人。
思えばピカロは、サキュバスとの再会を餌にシェルムの口車に乗せられてここまできた。相棒などと言って、唯一の理解者を振る舞っていたけれど、実際、ピカロはシェルムについて何も知らない。
別にサキュバスに会えるなら何だっていいや、という壊れた価値観ゆえの無知、なのだが、それにしたってそんな2人の間に信頼関係が成り立つとは、客観的に見れば、思えない。
土壌さえなければ当然、花は咲かないが──しかし。
シェルムが提示した計画──ピカロが無能貴族となる未来予想図について、ピカロは特に不明な点はないし、シェルムが間違ったことを言っているとも思っていない。
シェルムの強さも1番近くで見てきたし、頼りにはしている。
そしてなによりも、ピカロの夢をまともに理解して協力してくれる人物などアルド王国にはいないことを自覚しているピカロからすれば、少なくともシェルムはピカロの唯一の理解者なのだ。
ピカロがシェルムを理解していなくとも、自分が理解されているのなら構わない。
馬鹿というか、素直に、自分の夢のためにすべきことだけ、進むべき道だけを見据えているからこそ、ピカロはシェルムを必要としている。
そしてまた、シェルムも──。
「それでは、試合──開始ィッ!」
「身体強化ぁぁぁッ!」
開幕、身体強化魔法を重ねがけするピカロ。魔法の粒子が舞い踊る渦の中、金色の瞳がギラリと煌く。
光粒を切り裂いてピカロが突貫。
そしてこのトーナメント開始から初めて、シェルムが剣を抜いた。
「手ぇ抜くとは言ったけど──簡単に負けてやるとは言ってない」
光速で振り下ろされたピカロの一閃を、シェルムの剣が迎え撃つ。
衝突の瞬間、金属が砕け散るような甲高い破壊音──観客を守るためにステージを覆っていた魔法防御壁が、2人の剣撃の余波で割れた。
ステージを囲う魔法防御壁と、観客席を覆う魔法防御壁。2枚体制で盤石だと思い上がっていた教員たちが慌てふためく──次は観客席側の魔法防御壁を破られかねない。
急いでステージ側の魔法防御壁を再展開する。
しかし、2人の剣は止まらない。
風圧が轟ッと音を立てて観客を襲う。衝撃派が幾度となく魔法防御壁を破砕しては、教員たちが展開し直す。
もはや観戦などしていられない状態だが、今日1番の盛り上がりを見せる観客たち。危険を覚悟してでも見る価値のある試合──校庭に歓声が響き渡る。
シェルムの振り下ろした刀身を、身体をひねって避ける。ピカロの足元の石畳が粉々に砕け散り、破片が舞う。
しかし身体強化魔法を限界まで積んだおかげで、今のピカロは怪我を恐れる必要がない──唯一、シェルムの剣だけを警戒すればいい。
既に木っ端微塵と化したステージ上、轟く金属音が新たな時代の幕開けを報せる。
「おいおいおいなんだこれ……!」
実況も忘れ呟くザイオス。いずれにせよ、2人の余波で地獄と化したこの場所で、律儀に実況を聴こうという者もいないだろうが。
刀身を削り合う。火花散る眼前、お互い、口角が上がっている。
「そもそもてめぇ主人公でもないくせにイケメンなのが気に食わねぇんだよ!」
剣を弾かれた勢いのまま回転──ピカロの後ろ回し蹴りがシェルムの細い首を撃つ。よろめいた背後に剣を立てる。
簡単に背中を串刺しにされるシェルムではない。振り下ろされた剣先の軌道を柄でずらし、低い体勢のまま足払い。
豚のように倒れ転がるピカロ。
「お前もふざけてばっかりじゃねぇか。真面目に無能貴族になる気あんのか!」
上から下への大振りの一撃を転がって避けるピカロ。強化された腕で地面を叩き、反動で起き上がる。
砂煙に刺す影──真横から突き出されたシェルムの剣を弾く。
「真面目に無能を目指すって何だよ! 私だってチヤホヤされたいんだよ!」
「十分されてるだろう……が!」
ピカロの反撃を間一髪で回避しつつ、弛んだ腹に拳を埋め込む。
身体強化魔法を行使しているとはいえ、ピカロはそもそもの身体能力でシェルムに劣る。パワーが互角だが、スピードで追いつけない。
一歩先を行くシェルムの体術。至近距離では剣がうまく振るえず、素手での格闘に秀でていないピカロは防戦一方。
「てか文句言ってんじゃねぇぞピカロ! ようやくこの小説を読んでくださった方の数が300人に届いたんだ! ありがたく首を垂れるならまだしも──クレームなんぞ受け付けてねぇんだよ!」
「ありがとうございまーす!」
肉薄するシェルムに頭突きで対応──仰反った美青年に金的。
「痛っっってぇ! こらクソ豚ァ!」
「その臭そうなズル剥けちんぽさんをへし折ってやらぁ!」
「僕のちんぽのことは“カリ高弁慶”と呼べ……!」
距離をとるピカロに、シェルムの雷魔法──脳天直下。
風魔法によるブーストを受けた豪速の火球が四方からピカロへ収束。
爆音と爆風の中心部に水の槍を貫かせた──が、爆炎を切り裂いたピカロの剣が水の槍を霧散させる。
「効かねぇよ……!」
身体強化魔法の真骨頂──単純な耐久力向上。
飛来する風魔法の刃を素手で千切っては捨てるピカロに、シェルムが接近。
「エロ・グラビティ!」
重力制御魔法──腹に響く低音が鼓膜を打つと同時、シェルムの身体を押さえつける強大な圧力。
一瞬、シェルムの動きが止ま──らない!
「効かねぇよ」
セリフもパクられた上に、横薙ぎの一閃に吹き飛ばされたピカロ。受け身も取れず転がる──踏んだり蹴ったりの主人公。
予備動作なしに地面を叩き、飛び上がる──自分自身に重力制御魔法を使い、即座に着地。迫るシェルムに向かって剣を振り上げる。
指を鳴らす音を、聞き逃した。
シェルムの胴体を斜めに切り裂いた剣に、感触はない。輪郭が散り、空気に溶けるシェルム──幻魔術が作り出した偽物だ。
気がつけば、4人のシェルムに囲まれていた。
「アンシーが見たら喜びそうな光景だな……」
「「「「誰だっけそれ」」」」
「同時に喋るな気持ち悪い! ミストハルト家のメイドだよ! 序盤に出てきただろ忘れてんじゃねぇ!」
最も近くにいたシェルムに斬りかかる。長い脚を横一線に両断──感覚はない、偽物だ。
下半身が霧状にボヤけた偽物はそのまま剣を振り下ろす。
「うがっ!?」
身体強化のおかげで傷は負っていないが──肩を打ち付ける一撃。
「なんで剣には当たり判定あるんだよ!?」
「なんででしょうかね」
背後から声。振り向きざまに剣を薙ぐ──刀身が衝突、危機一髪の連続である。
4人のシェルムが一斉にピカロを襲う。どのシェルムの剣に当たり判定があるのかは判断できない──最悪、全てにあるのかもしれないことを思えば、全てに対処する必要がある。
ピカロ自身にかかる重力を軽減させ、足元を狙ってきた剣を跳躍で回避──空中で旋回、残り3本の剣を続けざまに相殺。
いずれにも、感覚はなく、剣は霧となって散る。
おそらく、実際に当たり判定があるのは、1本のみ。ただしその剣を握るシェルムが本物でないので正直打開策は思いつかない。
ただ、先ほど肩に食らった一撃──ピカロが斬った偽物の剣に当たり判定があったが、それは果たして本当に目の前の偽物が振るった剣だっただろうか?
タイミングを合わせ、本物のシェルムが死角から攻撃してきていた可能性がある。
だとすれば4人のうち、1人が本物? それとも4人とも偽物で、シェルム本人は幻魔術で姿を消しているのか?
幻魔術にかかっていない観客からすればピカロは無駄な動きが多いし、幻魔術が使われていると察している教員らも、足音は1つしか聞こえないことなどに気づけば、対処しうるのではないかと考えているが、それは岡目八目もいいところだ。
現に、4人のシェルムによる追撃の雨は止まらない。
同時にピカロの脳天に振り下ろされた4本の剣。バラバラに攻められるからこその脅威だったが、これなら頭上を守ればいいだけだ。
シェルムの舐めプが、ピカロに脳を回転させる時間と、反撃のチャンスを作り出してしまう。
重力制御魔法を、既に崩れたステージ全体へ。破片がさらに粉々に砕け、足場が崩壊──粉々の破片のみ、重力を軽減。
「どれが本物だ……!?」
粉微塵が宙に浮く──4人の偽物は舞い上がる砂塵にぶつかると、紛れて霧散した。4人とも偽物だったようだ。
次の瞬間、風魔法で砂塵が一掃される。再び現れた4人の偽物──これで、シェルム本人は別の場所に姿を隠していることが確定した。
ふいに、風魔法の余波が、構えるピカロの頬を撫でた──瞬間、確信。
「“イデアさんの匂い”──そこだ!」
ピカロの後方から、風に運ばれてほのかな良い香りがした。
Bブロック決勝戦で、イデアを倒したあと、シェルムは気絶したイデアをお姫様抱っこしてステージを降りていた──そんな僅かな接触で付着した、微かな匂いも、ピカロは逃さない。
大量の脂肪と、メスに対する執着心、そしてほんの少しの才能で構成されたピカロだからこそ気がついた。
イデアの匂いがする位置に、“剣を投げた”。
「!」
身体強化を極めたピカロの投擲によって、下手な大砲よりも威力がありそうな豪速の金属塊がシェルムの足元に着弾、衝撃波でステージが抉れる。
寸前、跳躍でそれを避けたシェルム──無防備に宙に浮く彼に、砂煙から飛び出してきたピカロが組み付いた。
勢いそのままに、シェルムの体勢を崩す。空中で逆さになったシェルムの頭を、ピカロの肩に。シェルムの両足首を掴む──よくわからない読者は、この技名で検索してくれ!
「──筋肉バスターッ!」
重力制御全開──凄まじい重力に引かれ、瞬く間に地面へ降下。シェルムが筋肉バスターから逃れる隙を与えない。
高速の着地──鼓膜を叩く衝撃音。
音が止んだステージ。砂塵が収まると、そこには倒れ伏すシェルムと、天を仰ぎ立つピカロがいた。
「試合終了──ッ! 勝者は、魔剣士科1年! “次世代の大英雄”──ピカロ・ミストハルト!」
雄叫びのような歓声の渦の中、拳を突き上げる──稀に見る主人公らしい描写。
長かったがようやく、生徒会加入トーナメントの、王者が決定した。




