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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第二章 魔法学園編
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第二十話 傑物四人

明けましておめでとうございます。



 金属音が木霊する。


 ミストハルトの血が沸騰する──羅刹と化したピカロの猛攻。


 常人の反射速度を遥かに上回る速さで振るわれる剣に、なんとか対応するリード。実際、刀身を目で追えているわけではないが、体勢や視線から予測し、凌いでいる。


 一瞬の油断が、全てを崩壊させうる。常に最適解のみを選択し続けるリードだからこそ、持ち堪えていられる──しかし、ジリ貧であることに焦りを感じ始めていた。


 何度もピカロの振るう剣先がリードをかする──痛みに気を散らされる。


 これまでの努力を黒く塗りつぶすような絶望感。圧倒的な力の差を肌で感じ、少しずつ、自分の剣に猜疑心が沸き始めた。


 誰よりも王道、正統派──ゆえの最強。


 リードが目指していた理想の剣士像にヒビが入っていく音が、全身に反響する。


 なぜ強いのかがわからない──リードには理解ができない。自分の強さにはそれに見合うだけの積み重ねがあったことを、誰よりもリード自身が知っている。


 ではピカロは? この恐ろしいまでの剣技からは、何も見えてこない。


 無論、大英雄ニクス・ミストハルトの息子である彼自身が言っていたように、少なくとも10歳までは二クス流剣術を教わっていただろうことはわかる。


 だが“それだけでは”。“そんなこと”で辿り着けるステージにはいない。


 誰よりも努力してきたからこそ、誰よりも何をどうすれば強くなれるのかを考えて生きてきたからこそ──ピカロの根拠のない強さを、理由のない高みを、受け入れることができない。



「……あれ」



 先に気がついたのはピカロ。ほんの少しずつではあるものの、剣が届かなくなっている。リードが防戦一方なのは火を見るよりも明らかな上に、リード自身、焦りを隠し切れていない。


 だがしかし確実に、この数分間で、リードは、変化している。


 ──自覚はない。いつだってそうだった。


 リードは自分のことを天才だとは考えていない──ゆえに努力してきたのだし、だからこそ鍛錬に集中できた。

 そうでもしなければ誰かに勝ることはできないと確信していたから。


 だが、紛れもなく、リード・リフィルゲルは天才である。


 ピカロの剣撃を持ち堪えるのに躍起になっているうちに、いつしか音が遠くなっていった。やけに静かなステージ上──少しずつ世界が、ピカロの剣が、遅くなっていく。


 否、リードが速くなっている。


 ピカロとリードは同じ生物として取り返しのつかない程に力量に差があるが──それが縮まらないとは限らない。



「……ッ!」



 満身創痍──どう見ても追い詰められているリードの剣が、ピカロの攻撃の隙間を縫って、一瞬、届く。

 ピカロよりもリード自身が驚いていた。


 ──剣が、よく見える。どうすれば良いのか、いつ隙が生じるのか、わかる。


 喧騒も、金属の削れ合う衝突音も、荒々しい息遣いも、全てぼやけて滲む。


 ただ、今だけは──1本の剣となって。



「おわっ──」

「……らぁッ!」



 突如、強く弾き返された剣に釣られ、ピカロが仰反る──大きく踏み込むリード。彼は最適解を見逃さない。


 篠突く斬撃の嵐を耐え忍び、凌ぎ、生き残った末に、剣1本分の隙が顔を出した──というか、無理やりリードが隙を作り出した。


 目に染みる汗にすら気づかず、ただ陽光が差したかのような逆転のチャンスに、身体が反応した──もはや反射。

 剣を振り続け、剣に向かい合った結果、身体が、脳を超える。


 角度、速度、威力、タイミング──いずれも申し分ない最高の一閃。


 ピカロの視界から消えたリードの剣先が、眼前へ──



「んエロ・グラビティッ!」



 腹に響く重低音──歪む視界。横一線にピカロの首を捉えていた刀身に対する運動エネルギーを押さえつける魔力──否、重力。


 ピカロの重力制御魔法がリードを襲う──すぐそこまで迫っていた刀身。しかしピカロに届かず、剣は地面に引かれて減速、そして停止。


 腕も上げていられない。



「魔法は使わないって決めてたのに……」



 剣術だけで勝つつもりだったピカロの苦肉の選択。悔しそうな表情で、膝をつくリードを見下ろす。



「まぁ、凄かったよお前。私の剣が届かないとは……。しかしまぁ、悪いな、私は魔剣士科だから、“これ”はルール上問題ない」



 重力制御の圧──ひび割れる石畳に頬を付け横たわるリード。その目には闘志が燃え盛り続けていたが、どうしても、立ち上がれない。


 勝手に自分自身にルールを課しておきながらピンチになるとそれを破る、主人公とは思えない立ち回りを見せつけるピカロ。


 だがそんなピカロに対する感情などリードの中にはない──ただ、一瞬掴みかけた何かが気がかりなのだ。

 ピカロとの攻防の中で、最後の一閃は、リードが上回っていた。


 磨き上げた努力の結晶が、才能の光を反射し、一筋の道を映し出した──その感覚を身体が覚えていることは、成長の証として素直に喜びを感じるものの、実際、リード史上最高の一太刀は、ピカロに届かずに終わった。


 そもそも騎士科のリードと魔剣士科のピカロの対決なのだから、ピカロが魔法を行使することは分かっていた──咄嗟の判断力と、それを実現する身体能力で対応するつもりだった。

 だが実際は剣の腕だけでも圧倒され、ようやく上回ったときには重力制御魔法の餌食。


 これまでの過程も、心構えも、最終的には剣の実力も──剣士としてはリードの方が優っていた。


 無情にも──否、当然に、最後に浮き彫りになったのは騎士と魔剣士の差。



「……降参する」

「──試合終了ーッ!」



 ザイオスの声。唸る観客席。


 重力制御魔法から解放されたリードは、その場に座り込んだまま。


 剣の勝負だけなら互角以上に渡り合えたが、魔法が介在すれば太刀打ちしようもない──分かっているから自ら降参した。



「とはいえ……悔しいなぁ」

「いやいや、多分あの最後の一撃を喰らってたら私が負けてたよ。さすがだな」



 一部始終を見ていたシェルムからすれば、この5年、ろくに剣を握ってこなかったにも関わらず、剣技の頂点付近に位置するリードに剣だけであれほどまで善戦したピカロこそ褒めて然るべきではあるが。


 空中の魔法スクリーン上にリプレイ映像が流れ、ザイオスが解説を加えている中、シェルムは席を立つ。


 Aブロックは全試合が終了──続いてBブロック決勝だ。


 ステージ横の選手控え室から出てきたピカロが、階段を降りてきたシェルムに気がつく。



「お、次はお前か、シェルム」

「おう」

「お前も苦戦しろよ」

「いやしないけど……」

「いやそしたら、リードに苦戦した私よりイデアさんに圧勝したお前の方が目立っちゃうだろ」

「その圧勝した僕に勝てばいい」

「いやお前には勝てる気がしない……」

「今はまだ、な」



 ハイタッチしながらすれ違おうとして手を上げたピカロを無視しつつ、ステージへ向かう。



「──さてさてお次はBブロック決勝戦! 魔剣士科1年シェルム・リューグナーVS魔剣士科1年イデア・フィルマー! 第1回戦からずっと対戦相手を圧倒し続けたこの2人が、遂に衝突!」



 第1回戦第1試合から、魔剣士科らしく剣と魔法で戦ってきたピカロと比べて、この2人は一度も剣を抜かずにここまで勝ち上がってきた。

 シェルムは説明するまでもなく、キャラ設定の暴力で捻じ伏せてきたし、イデアは一度だけ使用した魔法が危険過ぎたために禁止され、それからは素手で殴り勝ってきた。


 魔剣士の名が泣くどころか、魔法学園らしさの欠片もない両者ではあるけれど、その実力は疑う余地を残さない。


 なんとなく最強VS闇の力。


 ステージで向かい合う──魔力が定着したことで体調は良くなったイデアだったが、万全だろうと全力を出そうと、勝てるかどうかわからないシェルムが相手ということで、既に顔色が悪い。


 イデアの魔法は危険すぎることを理由に使用禁止となっているが、そもそも校舎裏でシェルムに放った時、その魔法は通じなかった。


 体内を暴れ狂う魔力を総動員し、一時的に覚醒状態──ほぼ魔族のような姿になることはできるが、その状態でもシェルムの動きには反応できなかった。

 殺すつもりで魔力解放した直後、気がつけば眼前にシェルムが立っていた──誰にも見られていない校舎裏だからこそ全力を出したのにもかかわらず、全く対処できなかった。


 そんな相手に、どうやって勝てばいい?



「勝たなくていいよ。そもそも勝てないし」

「……」

「あ、心を読まれるの嫌?」



 ──心を読んでいるのではなく、既に“知っている”のだと、いつかシェルムは言っていたけれど。


 シェルムの裏をかくような作戦は思いつかないし、思いついても“知られて”いる。

 真正面から全力でぶつかっても勝てるかわからない上に、そんなことをすればルール違反で失格にされてしまう──どうせシェルムには傷一つつけられないかもしれないのだから、危険すぎることを根拠に反則だと言われるのは納得いかないが。


 かといって、これまでの対戦相手にしてきたように、魔力を抑えて、なるべく手を抜いて戦うというのも論外──詰んでいる。



「それでは──試合開始です!」



 ザイオスが始まりを告げる──しかし、静寂。


 完全に舐めきっているシェルムと、打つ手がないイデア。これを膠着状態と呼ぶにはいささかシェルムが強すぎるけれど──シェルムは動かない。


 イデアや観客がどう思っているのかはともかく、シェルムからすればいつでも戦闘不能に追いやることができる自信があるので、ことを急ぐ必要もなかった──かといって何もしない必要もないのだが。



「……シェルムくん。あなたは、どこまで気づいて──いや、どこまで“知っているの”」

「──全部」



 イデアが仮面の男からおびただしいほどの魔力を与えられ、もはや人ならざる者と化した現状について。

 あの仮面の男が誰だったのか、与えられたこの力は何なのか。

 あえて口にはしないけれど、なんとなく、薄々、自覚していた。


 ──悪魔の力。


 人類と敵対する、魔族の力──絶対にそうだとは言い切れないが、魔力を解放すると、右半身が黒く染まる時点で、人間らしさは無い。


 それに、剣を抜かず、魔法も使わずにここまで勝ち上がってこれた身体能力──頑丈さも力強さも、魔族そのものだ。


 しかしそうなるとあの仮面の男は魔族──それも上級魔族だった可能性が出てくる。少なくともイデアは、“人間を魔族に変える魔法”など聞いたことがないが、人智を超えた上級魔族ならば、あるいは可能かもしれない。


 魔族だとして、なぜ人間界に潜んでいたのか、どうやって姿を隠しているのか、なぜイデアを選んだのか──考えるほどに新たな疑問が湧き出てくる。


 しかしながら、イデアはもう、そんなことはどうでもいいのだ。魔族は人類の敵で、イデア自信、もし魔族に遭遇すれば恐怖と嫌悪感に支配されるだろうけれど、しかし。


 あの人は、仮面の男は、イデアに希望をくれた。それが濁ったドス黒い光だとしても、イデアの道を照らしてくれたのだ。


 罪悪感、劣等感、焦燥感、絶望感──小さな胸には収まりきらない負の感情に蝕まれていた彼女に、紛れもない強さを、力を与えてくれた。


 仮にあの人が魔族だろうと、関係なく、私は──



「あの人に、ついていくってか?」

「っ!……ええ」

「イデアさんはそれをまるで恋愛とか憧憬だと思ってるのかもしれないけれど、結局は保身に走ってるだけだよ」

「そ、そんなことない!」

「あるよ」



 いやらしく笑うシェルム──この男の方が、よっぽど魔族らしい。その悪魔のような笑顔が、イデアを苦しめる。



「……何か言い合ってますね。牽制しすぎてお互いに動けないから、揉めてるんでしょうか」



 広すぎる校庭の中心──ステージ上の会話の内容は観客席にまで届かない。ザイオスも解説のしようがなく、困っているようだ。



「……シェルム君は、“あの人”が何者なのかも知っているのね」

「さぁね」

「私は、私を救ってくれたあの人の為に生きると決めたの。そのためにはもっともっと強くなって、目立って、またあの人が私の前に現れてくれるのを待とうと思っていたけれど……シェルム君が本当に何でも知っているのなら、力ずくで、教えてもらう」

「知り合いを3人殺されて、目に指突っ込まれた挙句、恋に落ちた……とんでもない女だなイデアさん──ピカロには相応しくなさそうだ」

「そんなことまで知ってるのね……まぁいい。それにピカロ君はもう、関係ない」

「あーあ、本人がいないところでフラれてるよあいつ。可哀想に」



 シェルムは動かない──イデアとしては、シェルムからの攻撃に紛れて、一瞬だけ本気を出してカウンターを喰らわせれば、観客にはバレずにこの力を使えそうだと考えていたのだけれど。


 こうなると仕方がない──これもまた、強くなるための試練なのだ。ただ与えられた魔力に頼って、力技でどうにかしようとしても成長できない。


 これまでの試合経験によって魔力が身体に定着したものの、完全に使いこなせているかといえば首を傾げざるをえない現状──次に踏み出すべき一歩は、この力のコントロール。


 幸か不幸か、シェルムは喋るだけで攻撃してくるつもりがない。


 ゆっくりでいい、少しずつ、力を込める──全身を巡る血管に、魔力を混ぜ、身体を慣らしていく。

 完全体となって肌が黒く染まってはダメだ──明らかに人間の姿でなくなれば、最悪の場合、魔族だとみなされてこの校庭中の人間が敵になりかねない。


 あくまでイデア・フィルマーを保ちつつ、しかしその内側の奔流を使いこなす──どうせシェルムのことだ、多少やりすぎても死にはしないだろう。



「……私があの人について行きたいっていう気持ちを、恋愛でも憧憬でもなく、保身だと、言ったわね」

「ああ。だって君はもう普通の人間として暮らすことができないんだから。1人では何もできないし、寂しいし──居場所が欲しいけど見つからないから、とりあえず教えてもらおうとしてるんだろ」

「……そういう考えが無いと言ったら嘘になるけれど──それだけで故郷を捨てようとは思わない。私の中にはね、あの人の血が流れているの。あの人の力が流れている──家族なの、私にとって」

「武器屋の親父さんが悲しむぞ」

「もうお父さんの知ってる私じゃない──イデア・フィルマーはもう死んだ」



 言われるまでも無い──これまで接してきた沢山の人に迷惑がかかるのだ、このままでは。

 でも、もう戻れない。普通の生活を送る普通の人間には、なれない。


 人の域を超えた今の自分を受け入れてもらう道よりも、このまま怪物として生きていく道を選ぶ。

 それは強さへの執着のようで、その実、ただの諦めと、少女らしいわがままだけれども。


 ──チャージ完了。自然体の姿を保ちながら、魔力の恩恵を存分に受けられる身体ができあがった。

 気を抜くとおびただしい魔力が溢れ出してしまいそうだけれど、数分間なら耐えられそうだ。


 また一歩、強くなる。このトーナメントを経てイデア・フィルマーは、授かった力に見合う器として完成する。



「シェルム君は、私に負けるとは思っていないんだよね」

「もちろん」

「じゃあもし私が勝ったら、あの人について知っていることを教えて」

「いいよ」



 燃えるように身体が熱い。他を圧倒する強大な力を内側から感じる。

 身体強化魔法を使ったのだと偽れば観客や教員を誤魔化せるだろうか──いずれにせよここで勝てなければ道はない。


 一撃で決める。



「──歯ァ食いしばれ、シェルム・リューグナー」



 沸騰する血液──仄かに、右眼が赤黒く輝く。全身を巡る全能感に、口角が上がる。


 シェルム・リューグナーは敵だ。容赦はしない。


 一瞬、静まりかえったステージ上。


 ふいに、シェルムが指を鳴らす──イデアは地面を蹴って爆進。


 イデアが立っていた石畳が爆ぜる。目にも留まらぬ速度で肉薄。全身凶器と化した少女が、天才を、狩る。


 そんな自分の身体を──“首のない肉体”を、イデアは後ろから見ていた。



「……んー、不合格」



 ポケットに手を突っ込み欠伸あくびするシェルムの前に、首を無くしたイデアの身体がくずおれる。



「え?」



 気がつけば、低すぎる視点。目の前に倒れているのが自分の身体だという自覚と同時、思い至る。


 ──攻撃を仕掛けた時点で既に、イデアの首は切断されていた。


 石畳の上に転がるイデアの頭。


 濃厚な“死”の確信が、視界を黒く染める。


 ──何も、見えなくなった。


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