第十六話 最強決定
Aブロック第1回戦の7試合が終わり、続いてBブロック第1回戦へ突入。既に第3試合が行われていた。
第1回戦第1試合の開始直後に落雷で鼓膜を破られたピカロだったが、その後保険の先生──回復系魔法を得意とする現役の魔術師に、鼓膜含め身体の傷を治療してもらった。再び万全の状態で第2回戦へ挑むつもりだ。
既に第2回戦に向けて緊張し始めたピカロはその緊張を紛らわすため、トイレから帰ってきたシェルムに絡みにいく。
「おいおいおいシェルム」
「なんだピカロうるさいな」
「何か、ここ最近、ギャグ要素というか、コメディ要素が少なくないか?」
「え? そうか?」
「いやだって前まではストーリー無視した長〜い会話とか、絶対に必要のない描写とかあっただろ」
「基本的にお前が勝手にふざけてただけだ。僕は偽名を名乗るネタくらいしかふざけてないし」
「このままじゃ開幕ちんぽ小説の名が泣くぞ」
「泣き散らかせそんなジャンル」
「トーナメント編に突入したのはいいけど、もっとふざけるべきじゃないか?」
「しかし、ふざけすぎた結果、全く読者が増えなかったじゃないか。主人公のお前に魅力が無いのも悪いけどな」
「うるせぇ。……というか、ストーリー重視の話が続いてる今も読者は伸びてないから」
「もう、詰んだな。八方塞がりだ」
「だからこそ一点突破のギャグ回を設けてもいいんじゃないのか?」
「いや、今は一応シリアスな展開になってきてるから」
「あ、そっか、イデアさん闇堕ち……」
「馬鹿ピカロお前、それについては僕たちはまだ知らない設定だろうが。時系列的に」
「そうでした。イデアさん元気ないよなぁ何でだろ?」
「と、に、か、く。トーナメント編の主役はイデアだから。お前は今後も主人公として登場し続けるわけだろ? 今回くらい誰かに譲ってやれよ」
「主役は譲っても、優勝は譲りません!」
意気込むピカロ。早速、そんな彼の活躍を描写してあげたいのはマウンテンマウンテンなのだが、Bブロック第1回戦の計7試合が終わるまではピカロの出番はない。
じゃれ合う2人のもとに、今大会の実行委員を務めている上級生が走り寄ってくる。
「いたいた! 君、シェルム・リューグナー君だよね? もう第4試合始まっちゃうから、ステージに向かってくれる?」
「あ、はい。じゃあなピカロ、行ってくるわ」
「おう。私より目立つなよ」
「わかってるよ」
「ドミノピザでバイトしてました、みたいな顔しやがって」
「してねぇよ」
上級生に連れて行かれるシェルムを見送るピカロ。観客席の端に特設された在校生用の席に座り、ステージを見下ろす。
少しして、ザイオスの声が喧騒を上書きする。
「えー、少々準備に時間がかかりましたが、これからBブロック第1回戦、第4試合です! 魔剣士科1年、シェルム・リューグナーVS騎士科1年、ファンブ・リーゲルト! えーっとですね、シェルム選手は……ピカロ選手の付き人? なんですかね。常に2人で行動しているらしいですけど」
シェルムが付き人扱いされていることが堪らなく面白いようで、腹を抱えて転げ回るピカロを、ステージに向かい歩くシェルムが忌々しそうな目で見上げていた。
「しかし、ピカロ選手に負けず劣らずのとんでもない実力者だという噂も流れてきました。実際はどうなのでしょうか……。一方のファンブ選手ですが、皆さんご存知、アルド王国立騎士団の副団長、アンサイア・リーゲルトさんの息子さんということで……リーゲルト家は剣術で名を馳せた名家ですから。ファンブ選手も期待できそうです」
観客席が再び盛り上がる。ピカロの時も同様だったが、やはり有名人絡みの生徒には贔屓目なようだ。
ピカロほどではないにせよ、ファンブも偉大すぎる親のせいで、余計な重圧に晒されている。
しかし、そんなプレッシャーに負けて膝を折るほど情けない男ではない。選ばれし30人の天才の1人であることはもちろん、魔法学園に入学しておきながら魔法に一切頼らない戦闘スタイルが特徴で、既に有名になっている。
騎士科の担当教員に言わせれば、“剣1本で戦うなら、ファンブの右に出る者はいない”そうだ。
アルド王国を代表する騎士団の副団長の父親から受け継いだ剣術は、遺伝子レベルの才能と、それを擦り切れるほど行使する圧倒的な努力で成り立っている。その場限りの誤魔化しや、付け焼き刃の戦闘技術では、太刀打ちできようもない。
ゆっくりとステージに上がるファンブ。ピカロと違い、堂々とした様子である。眉を吊り上げ、険しい視線を紫紺の美青年に送る。
「あー、またトイレ行きたくなってきたかも」
自分の部屋へ足を踏み入れるかのようないつもの調子でステージに上がるシェルム。
大画面のスクリーンに映る美貌に、観客席から黄色い声援が飛ぶ。手を振ったり投げキッスしたりとファンサービスを欠かさないシェルムが、ようやくファンブの視線に気がつく。
「……嫉妬はよくないぞ」
「嫉妬などではない。女なんぞにうつつを抜かすような奴では、俺には勝てないだろうと思っただけだ」
「1番きしょいからなお前みたいなタイプ」
向かい合う2人、定位置につき、ザイオスを待つ。
「それでは、試合──開始!」
ファンブ・リーゲルトの父、アンサイア・リーゲルト副団長が、王国立騎士団内で何と呼ばれているか──彼は、山砕きのアンサイアと呼ばれている。
アンサイアは100キログラムを超える重量の鉄剣を振り回し戦う。
山賊掃討戦にて、山中の洞窟に潜んでいた山賊を討伐した際、あまりの攻撃力の高さが災いし、洞窟を崩壊させ、自ら生き埋めになりかけた──いわばアンサイアの黒歴史が、いつの間にか武勇伝に形を変えて広まった結果、山砕きと呼ばれるようになった。
本人からすれば恥ずかしい過去かもしれないが、彼が鉄剣1本で岩肌を砕き、洞窟を崩したのは事実だ。常人離れした筋力と、遠心力を使いこなす感覚の鋭さ──間違い無く人類側の怪物の1人だ。
そんな山砕きの1人息子、ファンブ。
まだ若いため筋力が足りず、ファンブの鉄剣は父親ほどの重量ではないが──それでも50キログラム。まぐれで当たっても致命傷になりかねない凶器であることに違いはない。
しかし何より恐ろしいのは、まぐれなどに頼らなくとも、既にファンブは鉄剣を使いこなしているという点だ。
父親も目を見張るほどの才能──ファンブは“なんとなく”どうすれば良いのかを理解している。考えるより先に身体が動く天才タイプ──まだ身体が追いついていないだけだ。
故に発展途上なのだが、彼のイメージと身体の動きが一致した時は、おそらく父親を遥かに越す剣豪となり得る。
「……えい」
開幕、シェルムが腕を振り下ろす。直後、ファンブの頭上に魔力反応──雷魔法が牙を剥く。
「──ッらぁ!」
50キログラムの鉄剣を、まるでその重さを感じさせぬほどの速さで振り上げ、雷を叩き散らす。その後も続く雷の雨を、汗の一滴も垂らさず、消滅せしめた。
「魔法などというヤワなものに頼るから、お前らは勝てない」
「テテ選手の真似してみたけど、難易度の割に雷魔法は大したことないな」
ポケットに片手を突っ込んだまま欠伸するシェルム。目を開けると、視界が漆黒に染まっていた──眼前に迫る、鉄の塊。
凄まじい金属音が観客の鼓膜を痛めつける──硬化の魔法が間に合ったシェルムの額と、ファンブが振り下ろした鉄剣の衝突音だ。
全体重を乗せた一撃にもかかわらず、効果は薄そうに見えた。しかしファンブは切り替える。シェルムの魔力も無限ではないし、集中が途切れれば硬化魔法にもムラができる。それまで、叩き続ければいい。
否、硬化魔法の弱化を待たずとも、絶対の防御力を過信したその細い身体を硬化の上から叩き潰すだけだ。
「シェルム・リューグナー……お前ごときがピカロ・ミストハルトの金魚のフンをやってるのは気に食わないが……ともかく。決勝戦にて、ニクス流剣術をこの鉄剣で粉砕するまでは、俺は負けるわけにはいかないんだ」
角度を変え、殴打を繰り返す。50キロの鉄剣を振り回し続けながら、話しかける余裕があるほどには、彼は努力を重ねてきたのだろう。
つまらなそうに鼻をほじるシェルム。度重なる衝撃にも微動だにしない。
「僕があんな豚野郎の金魚のフン呼ばわりされるのは気分が悪いけど、一応あいつをフォローしておくとな。お前なんかじゃあ、ピカロには勝てないよ」
「俺を激昂させ、体力の消耗でも狙ってるのか? 無駄だ、俺はこれより重い鉄剣での素振りを毎日2時間は欠かさない──お前の硬化魔法は、あと何分持つかな?」
「お前は家柄も凄いし、才能もあるし、それを最大限活かすに足る努力もしてる。でもな、僕らはそんな場所にはいないんだよ──そんな低次元には」
「ピカロ・ミストハルトが言うならばともかく、お前が言うな──剣も抜けないくせに」
相変わらず、シェルムは腰に携えた剣で応戦する様子もなく、前髪を整えている。
──もうかれこれ5分ほど鉄剣に打ちのめされているのだが、お互いに変化はない。
流石に飽きてきたことに加え、延々と鳴り響く金属音に嫌気が差した観客が野次を飛ばす。ブーイングも目立ち始めた。
「無粋な素人共がうるさいからな──終わらせてやる」
ファンブは数メートル後方へ飛び退る。そしておもむろに制服を脱ぎ始めた。
「対人戦だからな、手加減してたんだが、次は本気で喰らわす。安心しろ、殺しはしない。後遺症が残ったら申し訳ないが──お前が弱いのが悪い」
制服を脱ぎ捨てたファンブの上半身は、鋼鉄の重りに覆われていた。それら漆黒の大重量を分解して身体から外す──そして外された重りを鉄剣に装着していく。
その総重量──100キログラム。父親が振るう鉄剣と同じだ。
これまで全力で振りかぶっていなかったが、次の一撃は本気だ。さらに鉄剣の重量が──すなわち威力が倍に跳ね上がっている。彼はまだ100キロの鉄の塊を自由自在に操れるほどではないが、一撃必殺の一振りくらいならば造作ない。
上半身を制限していた重りから解放された今、スピードも段違い。目にも留まらぬ速さでの接近後、一撃のもとに叩き伏せる──それを可能にする身体能力、筋力、そして“当て勘”。
才能は、止まるところを知らない。
「お前の普通の剣では、受け止めることも叶わないだろうから、最後まで剣は抜かなくていい。硬化魔法は最大限に使用しておけ、死にたくなかったらな」
「よく喋るなぁお前」
「シェルム・リューグナー、お前は、魔法学園にも、ピカロ・ミストハルトの隣にも、相応しくない」
ただならぬファンブの雰囲気に気圧され、観客が口を閉ざす。一瞬の静寂を、弾丸のように飛び込んだファンブが切り裂いた。
「──“砕山剣”ッッ!」
およそ人に向けられる技とは思えない暴力が、風を切り、シェルムを叩き潰さんと迫る。
──ファンブは、なぜ強いのか。
小さな頃からの父親による英才教育。怠惰を知らない努力の日々。その結果身についた身体能力。桁違いの筋力──特に鉄剣を振り回す握力と腕力。父親を超えうる才能。
強さの理由は、彼のこれまでの人生そのものだ。
──では、シェルムは。
「必殺技に名前付けてる時点でダサいんだよお前」
シェルムは、家柄も、努力も、才能も──人生も、関係がない。
──彼は“ただ強い”。理由を要しない。
神に愛された男の力は、説明を拒む。知ってどうする──彼が最強である事実は揺るがない!
豪速で破砕を目論んだ大振りの一撃は、迎え撃った“拳ひとつ”で粉微塵と化した。
「……な、え?」
軽く振るわれたシェルムの拳は、100キロを越す鉄剣を木っ端微塵に粉砕した──勢いそのままに飛び込んでくる丸腰のファンブの頬を、裏拳が叩く。
残像も霞むほど回転しステージの外へ弾け飛んだファンブは、ステージ外側の防御魔法壁に衝突し、意識を手放した。
「お前にピカロはまだ早い──そして僕の相手をするのはもっと早い。人をやめてから挑んでおいで」
「試合終了──ッ!」
ザイオスが叫ぶ。あまりの一瞬の決着に呆然としていた観客も、ようやくシェルムの勝利だと理解する。
湧き上がる歓声の中、手を振りながら退場するシェルム。
「いやぁこれまた凄い試合でした。ファンブ選手の最後の一撃──あの瞬間に限っては父親を超えていたのではと思わせる凄まじいものでしたね。しかし、シェルム選手の方が何枚も上手だったようです。終始、自身の身体に硬化の魔法を使用していたようですが、その精度たるや……ビクともしてませんでしたからね」
魔法で空中に表示された大スクリーンに、リプレイ映像が流れる。
100キログラムの鉄剣を握っているとは思えない速度で距離を詰めるファンブと、それを拳一つで返り討ちにするシェルム。魔法が存在する時代に言うのもおかしいが──非現実的な光景だ。
「硬化魔法だけで、あの攻撃を防ぐどころか、鉄剣を粉々にするのは、理論上可能なんでしょうか? 私はそんな強力な硬化魔法聞いたことありませんが……シェルム選手はもしかしたら、硬化魔法専門というか、1つの魔法を極めたのでしょうかね。まだ入学から1ヶ月なんですが……今年の新入生は凄いです」
シェルムは魔力が規格外なだけで、硬化魔法しか使えないからそれを極めたというわけではない──が、そんなことを周囲が想像できるはずもない。
改めてシェルムの力を見せつけられて苦い顔をしているのは、スノウ・アネイビス学園長だけである。
この学園にいる限り、監視はするとニクスに約束したものの──果たしてシェルムはスノウより弱いのだろうか……。
──在校生用の席に帰ってきたシェルムに、ピカロが飲み物を投げつけた。
「シェルムてめぇ私より目立つなよって言っただろうが!」
「いやそんな目立ってないだろ」
「十分目立ってたんだよ! 観客はおろか、他の1年生の女子までキャーキャー言ってたぞ!」
「それは僕がイケメンだから……」
「ずるいんだよバーカ! ジェームズ・ハーデンのステップバックスリーくらいずるい」
「“髭を恐れろ”ってか?」
ピカロの右ストレートを避けつつ、席につく。
すると、実行委員の上級生が、在校生用の席に駆けてきた。
「イデアさんはいらっしゃいますか? 魔剣士科1年の、イデア・フィルマー選手ー!」
「あぁ、第5試合はイデアさんか」
「イデアさんなら、さっき試合待機所の近くにいましたよー」
「わかりました、ありがとうございます!」
ピカロたちの近くにいた1年生にそう言われ、上級生が戻っていった。今日のイデアは神出鬼没なようで、現にピカロもイデアを探したりもしたのだが見当たらなかった。
ステージを見下ろしていたシェルムが気がつく。
「お、イデアさんもうステージに上がろうとしてるじゃん」
「やる気満々だなぁ……顔は険しいけど。どうしたんだろ」
「……さぁな」
「イデアさんってあんな感じだったっけ? 雰囲気変わった?」
「まぁ……まだ様子見、だな」
「何が?」
「始まるぞ」
Bブロック第1回戦、第5試合。ピカロの知るイデアとはどこか違う様子だが──見た目にはあまり変化はない。ともかく、試合前から疲れたような表情のイデアがステージに立つ。
ザイオスが声を張る。
「さてさて続いて第5試合! 魔剣士科1年イデア・フィルマーVS魔術師科1年ミューラ・クラシュ! 美少女対決となっております!」
盛り上がる観客席。主に野太い歓声が上がっている──その一つはピカロの声なのだが。
「両選手についての情報は……あまり入ってきていませんね。とはいえ、ここで活躍して名を上げればいいわけですから、頑張ってほしいです」
緊張した様子のミューラがステージへ。ツインテールが良く似合う、幼さを残した美人だ。イデアと向かい合う──既に息切れ状態のイデアを見て、ミューラは口角を上げる。
自分より緊張しているのか、自信がないのか。理由は何だって良いが、試合前から汗だくで顔色の悪いイデアを見てミューラの緊張が解けた。
「ではでは早速──試合開始ィッ!」
開幕──黒い光線が、ミューラの頬をかすめる。ツインテールが片方、消失した。
「ひっ……!」
「お願いだから──」
一瞬、イデアの右目が赤黒く光ったように見えた。
「──死なないでね」




