第十三話 剣技継承
日が暮れたアルド王国の中心、人の行き交う王都の影──薄暗い路地裏に、1人の少女と、3人の男、そして駆けつけたピカロとシェルム。
コテコテの展開ゆえに、説明するまでもないが、まさしく──ヒロインを暴漢から助け出す主人公ムーブ、である。
この少女がヒロインとは限らず、ピカロもまた主人公とは限らない点に目を瞑れば、の話だが。
「いきなり殴ってきやがって……誰だテメェは!」
「ピカロ・ミストハルト──お前の人生を狂わせた真犯人だ!」
「何を言ってる……!」
「呂布カルマのサンプリングだこのボケナスが! ……んなこたぁどうだっていいんだよ。私の女の髪を引っ張ってくれた落とし前、どう付けるつもりだッ! あぁん?」
「……イデア! テメェの知り合いか?」
「い、いや。知らない人……」
「なら頭突っ込んでじゃねぇよチビデブ!」
殴りかかってくる男。その拳をシェルムが受け止める。その細い腕からは想像しえない力で握られた拳が軋む。悲鳴を上げる男にピカロがアッパーをお見舞いする。
「たとえ知り合いじゃなくても、いずれ結婚する女を泣かされたんだ、黙ってられるわけないだろう!」
「仲間に守ってもらって、殴るだけのやつが何言ってやがる……!」
「黙れ転べ消え去れ!」
低威力の拳が男を襲う。ひ弱なパンチよりも、シェルムに握り潰されそうな拳の方が痛いようだ。
横にいたもう2人の男がシェルムに殴りかかるも、瞬く間に蹴り倒されてしまった。
倒れる男たちにポコポコと追撃パンチを浴びせるピカロ。シェルムの頭突きで鼻血を吹き出した男が、倒れた2人を抱えて走り去って行く。
「く、くそが! イデア! テメェ覚えとけよ!」
負け犬三匹の敗走を見送った後、ピカロは少女に手を伸ばす。
「イデアというのか、良い名前だね。ちなみに私はピカロ・ミストハルト。あの大英雄ニクス・ミストハルトの息子だよ」
「え、あ……はい。多分そうなのかなって思ってました。噂になっていたので、ニクス様のお子さんが入学したらしい、と……」
「およよ、やっぱり私って有名人だなぁ」
「父親が有名なだけだろ」
そう言うシェルムを睨みつけつつ、しゃがみ込むイデアの手を引くピカロ。どう見えているかはともかく、ピカロの脳内では、かっこよく助けに来た白馬の王子感を出しているつもりだ。
乱れた髪を指で解かすイデアの顔をまじまじと見つめるピカロ。
「いやはや、君のような美人が虐められてるなんて信じられないな。なんなんだあの3人は」
「知り合い……というか。もともと虐められていたんですけど、私が魔法学園に受かったことが知られてしまって……それで……」
「あの3人も入学試験を受けたのか?」
「……みたいです。それで、虐められっ子の私だけ受かっちゃったから……」
「そんな理不尽な……!」
怒り狂うピカロ。下を向くイデアに、シェルムが声をかける。
「そういえば、教室を出てピカロと話してた時、君は『自分には才能がない』って言ってたけど、それでも受かったってことは、アルド王国の誇る天才の1人であることは間違いないんだよ。そんな君があんな弱い3人に虐められていたっていうのは信じ難いけど」
まさしく一握り。“選ばれし”という形容詞はこのためにある──とまで言うと過言だが、間違いなく魔法学園の生徒は一般人の域を超えている。
剣術はともかく、魔法において男女差はないため、イデアが小柄な少女だからといって、3人の一般人に虐められるというのは不可解だった。
そもそも今年の入学試験は、中級魔族の角を両断するという、むしろ力技というか、わかりやすく強さが現れる試験だった。
それを通過した以上、体格差があろうとも、試験に落ちたような男らに遅れをとるはずはない。
「……私、剣なんて使えないんです。……魔法も」
「どういうことだ?」
「武器屋の娘だから、たまたま店にあった剣を持ち出して勝手に試験を受けたんです。……そしたらその剣、『対魔の剣』とかいう、魔族を傷つけることに特化された呪いの剣らしくて……。だから私は実力で合格したんじゃなくて、運が良かっただけ……」
「そのことをあの男たちは知ってるのか?」
「いいえ。そんなことまで知られたら、もっと虐められてしまいます」
不正──とは言えないだろう。例年よりも入学希望者が多いからといって、魔族の角を斬れれば合格というある種簡易的な試験内容にしたのは学園側だ。
魔族の角に触れただけで粉々に砕け散ったソードofギラファノコギリクワガタを携えた剣道極──彼が試験に参加できたように、試験の際に使用する武器の指定すらなかった。
そもそも、中級魔族の角となれば、それを斬るには剣そのものの性能ではなく、剣士の技量に依存することになる。伝説の剣を素人が振るっても、魔族の角は傷一つ付かない。そういう意味では確かに、誰にどの武器を持たせようが、試験に支障はないように思えるが──対魔の剣。
魔剣士科の教員──ヘスタ・ドレッサーが、パフォーマンスとして剣に炎を纏わせたのをピカロたちは見ているけれど、あのように一時的に魔法を付与する以外にも、剣の素材選びおよび製作過程から、魔力を込めたり、魔力を帯びた原料を使用したりなどで、魔力を宿した剣──いわば魔剣を作り出すことはできる。
当たり前だが、人を殺すための魔法を付与することは基本的になく、人類を脅かす魔族との戦いを有利に進めるために作られた魔剣は、自然、魔族に対して効果を発揮するそれになる。故に、出回っている魔剣のそのほとんどは対魔の剣なのだけれど、一般人が手に入れることのできる代物でもない。
試験内容が、魔族の角を斬ることだと公表してもいない上に、もし知られていても対魔の剣を手に入れられる一般人などいないだろうことを思えば、魔法学園が魔剣による不正対策を施さなかったのも、責められることではないかもしれない。
なにせ路地裏の古びた武器屋に魔剣が置いてあることなど知る由もなければ、その武器屋の娘が勝手に持ち出すだなんて想像もつかないのだから。
「お父さんにも、勝手に試験を受けたことで怒られました。……でも、私だって、魔法学園への憧れがないわけじゃないから……入学を辞退するのも気が引けてしまって」
「学園側にこの事は伝えたの?」
「はい。スノウ学園長には正直に言いました」
「退学だ! とか言われなかったの?」
「『合格方法はともかく、君には魔法の才能がありそうだ。この才能をここで手放すのは学園としては勿体ない』……と、なぜか入学を許されました」
「魔法の才能なんて、どうやってわかったんだろう」
「『見たらわかる』と仰ってました」
「不思議な爺さんだな」
何はともあれ、イデアを虐めっ子たちから守ることもできたし、とりあえずは一件落着ということで、3人で武器屋に戻ることにした。
──扉を開けると、そこには剣道極と、その隣にもう1人、屈強な男が立っていた。雑に揃えられた口髭、血管の浮かぶ禿頭。怒ったら怖そうな男が、まさに怒っていた。
「な、イデア! お前、こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ!」
「ご、ごめんなさいお父さん」
「今、店閉めて、コイツにもお前を探させようとしてたんだよ」
首根っこ掴まれて持ち上げられる剣道極。足がプラプラしていた。
「……で、その2人はどこのどいつだ? 制服を見たところ、魔法学園の生徒だろうが」
「私たちは、イデアさんと同じ、今年の新入生です。ここに剣を買いに来たんですが、店主さんがいらっしゃらないということで、剣道極に事情を聞いたら、娘さんが帰らないんだって。だから2人で探しに行ってたんです」
「……そうか。それには礼を言おう──感謝する。それで結局イデアはどこにいたんだ」
「ここから少し離れた路地裏で、男3人に囲まれてて──」
「な、何だと!?」
「だから助けて来たんです。私たちが」
胸を張るピカロ。シェルムはあくびしている。
顔を真っ赤にして怒るイデアの親父は、力強くイデアの肩を掴んだ。
「3人って、まさか、あいつらか!?」
「……う、うん」
「もうイデアには関わるなと、俺がボコボコにしたのに、まだ懲りてなかったのかあいつら!」
「私が……私だけが、魔法学園に受かっちゃったから……」
「そんな理由で……! 今から俺がぶっ殺して来てやる!」
近くにあった武器を手に店を出ようとする親父をイデアが引き止める。
「お、お父さんやめて!」
「娘が何度も何度も怖い思いをさせられて、黙ってる父親がいるか!」
「まぁまぁ落ち着いてください、お義父さん」
「お前の父親じゃねぇよ! 何だお前、イデアをそういう目で見てんのか……? 殺されたいのかお前も」
怒り状態の親父にジャブをかましたせいで今度は怒りの矛先がピカロに向いてしまった。
嘘です嘘です、などと言い訳しつつ、イデアと2人がかりで落ち着かせる。
「もう知っていると思いますが、イデアさんは実力で入学試験を通ったわけではありません」
「……あぁ。俺が隠してた魔剣を勝手に持ち出したらしいな」
「しかし、それでも魔法学園の学園長──スノウ・アネイビスさんは、イデアさんには魔法の才能がある、と。だから入学を許すと言ったんです」
「……本当か? イデア」
「うん」
「つまり、アルド王国中の天才が集まる学園のトップが、イデアさんの才能を認めたということは、彼女はそれだけ成長が期待できるということです──それこそ、虐めっ子になんか負けないくらい強くなれるんです」
「だからあの虐めっ子どもを放っておけというのか? 理不尽にも俺の娘を傷つける輩を!」
「そうやってあなたが何でもかんでもイデアさんを守ろうとするから、立ちはだかる壁も障害も、あなたがどかして道を作ろうとするから、イデアさんは成長しない」
「お、俺は父親として──」
「守るだけが愛情ですか! イデアさんはアルド王国から認められた天才の1人です! 誇り高き魔法学園の生徒です! 自分の試練は自分で乗り越え──」
「てかさっきから部外者のお前が何を生意気なこと言ってんだぁッ!」
大きな手でピカロの頭を鷲掴み、頭蓋に指を食い込ませる親父と、泣き叫ぶピカロ。
イデアの必死のフォローにより解放され、床に転げ回る。肩で息をする親父は、今一度、イデアを──娘を見遣る。
「……本当に、大丈夫なのか、イデア」
「……今のピカロくんの言葉で、私も少し自信がついたよ。やってみる、何でも挑戦して、もう虐められないくらい強くなるよ、お父さん」
「こんなに立派に育ってよぉおお!」
抱きついて咽び泣く親父の背を、愛おしそうに撫でるイデアを、愛おしそうに見つめるピカロであった。シェルムはあくびしているが、剣道極は美しい親子愛に涙していた。
数分後、落ち着いた親父が、陳列されている武器を眺めるシェルムに話しかけた。
「そういや、ウチに剣を買いに来たんだってな、お前ら」
「あ、はい。ピカロはもう持ってるんですけど、僕はまだ持ってないので……。イデアさんと同じ、魔剣士科なんですよ。だから買おうかなー、と」
「なりゆきとはいえ、娘を虐めっ子から助けてもらったお礼だ、どれでも好きなもん持っていけ」
「ありがとうございまーす」
物色を始めるシェルム。実際、シェルムほどの実力になると、相当ボロい剣──それこそソードofギラファノコギリクワガタ並みの剣でなければ、普通の何の変哲もない剣で十分戦える。
現に、入学試験の際、シェルムに貸し出された剣は高名な鍛治師が打った業物というわけではなかったが、シェルムはその剣で中級魔族の角を真っ二つにしてみせたのだから。
とはいえ男たるもの好みの剣を相棒としたい気持ちはある──そんなわけで個性さまざまな剣たちをじっくり見つめている。
その横で、イデアが突然顔を上げて、親父に飛びつく。
「そ、そうだ! 忘れてた、お父さん! この人、あのニクス様の息子さんなんだって!」
「本当か? 確かに整った顔立ちという点は共通しているが……ニクス様は金髪じゃなかったか?」
「そっちじゃねぇですよ! 私です私! 私があの大英雄ニクス・ミストハルトの1人息子、ピカロ・ミストハルトです!」
「……いやぁ冗談が下手だぜ兄ちゃん」
「ふ、信じられないというなら、父から貰ったこの剣を見るがいい! 魔王にとどめを刺した、まさしくその時の剣だぞ!」
腰の剣を抜いて見せ、高らかに掲げるピカロ。しかし、ニクス本人が言っていたように、この剣は初心者用にそこらで買った普通の剣であり、特徴と呼べる特徴も無いため、いくら武器に造詣の深い武器屋の親父でも、それを一目で大英雄の一振りだと判断できない。
呆れたような顔をする親父と、涙目のピカロ。気の毒なのでシェルムがフォローに入る。
「いや、こいつも剣も本物ですよ。知ってるかはわかりませんが、ピカロは“ニクス流剣術”を継承していますし」
「な、なんでそれを知ってんだシェルム!」
「僕は“何でも知ってるシェルムくん”だから」
「その設定はもうちょっと温存しておいて、ここぞという時に見せつけてやろうと思ってたのに……」
「ニクス流!? 俺もニクス様に憧れた男の1人だ、噂に聞いたことはあるが……本当に実在したのか」
事実、ピカロは物心つく頃にはニクスに剣を持たされ、せめて自分の身を守れるくらいには──欲を言えばメイドのアンシーも守ってあげられるくらいには強くなれとしつけられた。
アルド王国中の剣士が憧れる大英雄に剣を教えてもらえるなど、それこそ夢のようであるが、そこは息子の特権として、ピカロはニクス流の剣術のいろはを教わって育った。
10歳までのピカロは、今のようにブクブク太っていたわけでもなく、おそらく10歳にしては相当に腕の立つ剣士だっただろう。
しかし幸か不幸か、10歳の誕生日──遊び半分で魔の森に迷い込んだピカロは、そこでサキュバスと出会ってしまう。生まれつきねじり曲がっていた性癖を吐露するも拒絶されたショックからか、あるいは色っぽい格好の女性を初めて目にしたからなのかは当人しか知り得ないが、その日からピカロは剣を置いてしまった。
剣よりちんぽを握る日々が始まると、性的衝動を発散、消費するだけで、これまでのような地道な鍛錬を忘れ、守るべき対象と見ていたアンシーのことも、自我を持つ女性器でしかないと認識しそうになったりもした。
それから5年間、15歳の現在に至るまで、剣を振るい腕を磨くことはせず、贅肉を蓄えたことで、傲慢な親不孝者に成り下がったのである。
「見せてやれよ、ピカロ」
「うええ、強い敵キャラが登場したら最後に使うつもりだったのに……」
「見せてください、私からもお願いします!」
「イデアさんが言うなら仕方ない。まったく、子供店長くらい可愛いな」
「俺も見たいからやってくれ!」
「黙っとけクソ親父ッ」
「俺も見ておこうかな」
「あ、剣道極いたのか、忘れてた」
剣を鞘に納めるピカロに、シェルムが近くの台の上にあった木材を投げつけた。描かれる放物線に焦点を当て、剣の柄に手を置く──刹那の、一閃。
「ちんぽッッ──!」
ピカロお気に入りのフレーズが木霊する。
──いくら5年間、剣の鍛錬を怠ったとはいえ、いくら運動神経がなく、体を動かすことが苦手とはいえ。
記憶も曖昧な頃から、身体に叩き込まれた技術は、身体が覚えている。
文字通り、目にも留まらぬ速さで振るわれた剣は、木材を、ピカロの計算に対し、寸分の狂いなく斬り刻んだ。
沈黙の横たわる武器屋の床に、斬られた木材が落ちる。
──それは、ピカロのちんぽの形をしていた。




