第十話 秘匿能力
アルド王国の中心、空を貫かんと聳え立つ王国城の一室。
街の喧騒も遠い部屋の中──窓際に立つニクス・ミストハルトと、その隣の椅子に腰掛けるスノウ・アネイビス学園長が、対面のソファに座る2人の少年に、厳しい視線を送っていた。
「……シェルム・リューグナー君、だったかな。いきなり嘘の名前を言ったことはまぁ、ここでは置いておこう」
多少、苛つきを見せるニクス。腕を組みつつシェルムを睨み付ける。
初対面でなぜかトランプ大統領の長女の名を名乗ったシェルムをピカロが引っ叩いて謝罪させてから数分後、2人はニクスが現在滞在している執務室の中にいた。
立ち話もなんだから、部屋へどうぞ。などという柔らかな雰囲気ではなく、連行されるが如く俯いて部屋の中へ。ソファに座らされた直後、である。
「何を言ってピカロを唆したのかは知らないが、勝手に俺の息子を連れ出してもらっては困る。まして君が何者なのかもわからないときたら、父親としては簡単に認めるわけにはいかないよ」
「勝手に連れ出したわけじゃない。ピカロの夢を叶える手伝いをしようと提案して、ピカロがそれに乗ったから今ここに2人でいるわけだ」
「……夢とは一体なんだ」
「サキュ──」
シェルムの頬をぶん殴るピカロ。驚いた様子のニクスとスノウ学園長に向き直り、苦笑いで誤魔化しにかかる。
「いやあの、ほら。強くなりたいとかそういうやつですよ。へへ……父さんみたいな英雄になりたいな的な。ふへへ、そういうやつですから」
「いやサキュバ──」
「黙れぶち殺すぞ貴様ッ!」
「どうしたんだピカロ」
「なんでもないよ父さん」
背後に回した手でシェルムの背中を全力でつねりつつ、ぎこちない笑顔を浮かべるピカロ。シェルムは嘲笑うようにヘラヘラしている。そんな美青年にニクスは鋭く追及を続けた。
「夢は何であれ、それは君と一緒じゃなきゃいけないのか?」
「ええもちろん。適任どころか、僕にしかできないことだ」
「何を根拠にそんなことを嘯くんだ」
「そんなの貴方が一番わかってるだろう? “魔王を殺した大英雄さん”」
「……何が言いたい」
「今のピカロならともかく、数年後、数十年後のピカロを、貴方は“止められない”」
「──貴様、どこまで知っている」
突然、肌に感じるほどの殺気を纏い、腰に携えた剣の柄に手をかけるニクス。あまりの威圧感に、ソファから転げ落ちるピカロ。スノウ学園長とシェルムは、微動だにしていなかった。
「知ってるさ、全部。僕は何でも知ってるシェルム君だぜ?」
「韜晦はいらない。真面目に答えろ」
「おー怖い怖い。おいピカロ、お前の父ちゃん、子供に向かって剣向けようとしてるぞ」
「ただの子供ではないだろう、貴様」
「2人とも何の話をしてるんだ……?」
ピカロには少しも心当たりのない内容のまま、話が不穏に進んでいく。
「何をどこまで知ってるかとか、どうして知ってるかとか、どうだっていいだろ。これは僕にしかできないことだ。それとも、先日産まれた伝説の勇者様にでも頼るつもりだったのか?」
「……ピカロは、俺の息子は。1人で乗り越えられる」
「そんな根拠のない親の願いで、人の命が危険にさらされていいと思ってるのか」
「そんなことには──」
「ならないって言い切れるのかよ。実際、こいつの──」
「もうよい」
厳かな声音で遮ったのはスノウ学園長だった。
「将来のことなど、誰にもわからん。そんなことを言い合っても無意味だ」
「……まぁ、貴方がピカロをどうするつもりだったのかは知らないが、少なくとも僕の意思は変わらない。これは僕にしかできないことだ」
「仮にそれができたとして……貴様の能力は信頼できても、貴様個人は信用ならない。ピカロの力を悪用するかもしれない」
「力の悪用も何も、この力自体──いや、まぁそれはいい。そもそもの話をしよう、貴方はどうせこれからは第一王子──“伝説の勇者”に付きっきりになるわけだろ。ピカロのそばに居ることもできないんだし、口で何を言おうと意味がない」
「え、そうなのか父さん」
「……あぁ。昨日、国王陛下から呼び出されたのは、第一王子のこれからを俺に託して下さるというような任務の話だった。なぜ貴様がそのことを知っているのかは……聞いたところで答えないか」
「僕は何でも知ってるんだって。ま、それはともかく、現実的な問題として、もしもの時に対処できる実力を持った誰かがピカロの近くにいる分には、悪い話ではないはずだ。僕自身の信用なんて後からついてくる」
「……ニクス、無論父親としては複雑かもしれんが、シェルム君のいうことは少なくとも表面上は正しい。学園長としても、監視とまではいかないが、ある程度様子を見張るくらいならするつもりだ。ピカロ君のことを思えば、今は彼に任せるべきではないのか」
どうやらスノウ学園長も、話の内容が理解できているらしい。置いてけぼりのピカロには、なぜスノウ学園長がシェルム側についているのかはわからないが。
感情的になりつつあったニクスも、数秒間の沈思黙考の後、ため息を一つ。改めてシェルムを見遣る。
「……もし、少しでも怪しい動きがあったら、ピカロには一切近づかせない。だがそれまでは、ピカロのそばにいることを許そう、シェルム・リューグナー」
「ありがとうございますね、お父さん」
「……お父さん?」
「あ、そうそう父さん! シェルムをウチの養子にしてほしいんだよ! 学生寮に入るために親の許可が必要でさ。シェルムの親は……まぁ、多分いないっぽいから」
「……そう言われても、まだこいつを信用したわけじゃないんだ」
「その辺りは私が何とかしておこう。学園長権限を濫用させてもらう」
明らかに嫌悪感を示したニクスの肩に手を置くスノウ学園長。これでシェルムとピカロが義兄弟になるルートはなくなったが、いずれにせよシェルムも学生寮に入れるということで結果オーライである。
目的を果たし、ハイタッチする2人。対照的に、不信感や不安が胸中に残るニクスだったが、ある程度心の整理を終え、改めてピカロへ向き直る。
「そういえば、誕生日プレゼントを渡し忘れていたなピカロ。……約束通り、この剣をやる」
「うおっ、やった! いえーい見ろよシェルム! これが魔王を倒した時の剣だぜ」
やたら喜ぶピカロを見て、シェルムが訪れてから初めて笑顔を綻ばせるニクス。
これからは、お互い王都に滞在するため、いつでもとは言えないまでも、会おうと思えば会える。積もる話もあったが、一応は仕事中のニクスである、早速学生寮を見てくるといい、とピカロに促した。
スノウ学園長は、鍵を1つ、ピカロに渡した。これを持って行けということらしい。
スノウ学園長を残し、2人が部屋から出て行った。
「……スノウさん。“アレ”は、一体……」
「まぁ、人の形をした化物だろうな。ニクス、お前の殺気を一身に受けて、汗一つかかない人間など、“壊れて”いるのか、あるいは……。いずれにせよまともではない。ただそういう意味では、実力を疑う必要はなさそうだ」
「ピカロは……大丈夫でしょうか」
「……もし何かあっても、シェルム君なら止められる。そう信じて託すしかないだろう。お前はこれから第一王子のことで忙しくなるのだから。安心しろ、学園で生活する以上、私の目の届かない場所はない」
「息子を、頼みます」
頭を下げるニクス。人類を救った大英雄も、かつては教えを請う立場だったことなど、このような光景を見なければ誰も信じないだろう。
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王国城を後にした2人は、ニクスに言われた通り、早速学生寮へ向かった。
魔法学園の校舎の横に、多少年季の入ったように見える建物──学生寮が建っていた。古めかしいといえば聞こえは悪いが、それだけ長い間、この魔法学園の生徒たちを見守ってきた建物ということだ。
歴史ある学生寮の受付の女性に、スノウ学園長から預かった鍵を見せると、部屋を案内してくれた。ここは学生が住まう学生寮とはいえ、実際に学生が借りているのは2階以上の階にある部屋であり、1階は食堂や、教員や係員しか入れない部屋、物置部屋などの形で使われていた。
そんな1階の角の部屋へ案内された2人。扉を開けると、おそらく随分長い間使用されていなかっただろうことが伺える、埃舞う部屋の光景。部屋奥の窓から差し込む日光が、雪のように舞い上がる埃をキラキラと輝かせていた。
どうやら学園長は、ピカロが大英雄ニクス・ミストハルトの息子だからといって、特別扱いをしてくれるつもりはないようだ。
受付の女性に掃除用具を一式借り、2人で部屋の大掃除に取り掛かった。
「なぁシェルム、父さんと何の話をしてたんだ? もしかして私って、秘められた力とかある感じ? チート主人公な感じ?」
「さぁな。……まぁ一つ言えることは。僕と違ってお前は細かく設定が定まっているってことだな」
「ふーん。ま、大した伏線でも無さそうだし、後々わかることか。……それはともかくさ、今回、真面目に話が進みすぎてないか?」
「まぁ、前回は女のうんこの話で半分くらい占めちゃったし。そもそも、極端に進みが遅いだろこの作品」
「どんな会話をさせようかな、とは考えてるけど、どんな展開にしようかな、とは考えてないからな、作者」
「小説書くの向いてないだろ」
「これを小説と呼べるのなら、な」
「……更新が遅いのに、物語が進むのも遅いと、本格的に読者が増えないだろうし」
「私、さっき人気な作品のページ見てきたけど、更新頻度凄かったぞ。毎日投稿とかしてた」
「なんでそんな更新できるんだろうな。暇なのか」
「おいやめろそんな言い方。暇ではないけど、忙しい合間を縫って書き進めたいと思えるほどに、小説に対して全力なんだろう」
「なんだピカロ、僕たちの作者は全力じゃないと言いたいのか!」
「あいつパズドラばっかやってるからな」
「や、やめろ」
「アニメ見て、パズドラして、ラノベ読んで、時間が空いたら『Apex legends』……小説書く気ないだろ」
「そんなことばっかり言ってるからお前のキャラデザは金髪チビデブなんだよ」
「いやその金髪チビデブって単語、しょっちゅう登場するけどさ。チビとデブはわかる、罵倒だろ? でも金髪ってわざわざつける必要あるのか」
「髪を染めたことのないクソ陰キャの作者の中では、金髪=信用ならないって方程式が成り立ってるらしいぞ」
「あほくさいな」
掃除中のため、換気用に窓を開けていた2人。ゆえに窓から話し声が漏れていたのだろう、窓の外から誰かが声をかけてきた。
「おいうるさいぞ君たち。そもそも、ここは1階だろう。生徒が使える部屋は2階以降だぞ」
「誰だお前。剣道極か?」
「けん……誰だそいつは。俺はリード・リフィルゲル──今年の新入生だ」
「へぇ、私たちもそうだ。てか、スノウ・アネイビス学園長直々に、この部屋の使用許可を貰ったんだよ私たちは。文句言うなボケナス」
「く、口が悪いぞ!……って、あぁ! 思い出したぞ! 君たち、今日の入学試験後の集会に遅刻してきた不良だな!」
「黙り散らかせ」
「黙らない! 俺は今年のクラス委員になるつもりだ。そして生徒会に入り、やがては生徒会長へ……」
「知らないけど……ええ、また新キャラ?」
「そういうなピカロ。コイツは剣道極と違って、今後も登場する男だ」
窓の外で腕を組み、2人を睨みつける青年。直毛の黒髪を綺麗な七三分けに揃えて、第一ボタンまでキッチリとめたシャツ。眼鏡をクイッと上げる仕草が、わかりやすくキャラ設定に合っている。
身長はシェルムと同じくらい高いが、シェルムよりも幾分か身体つきが良い。日頃の努力が伺えるその身体能力で、あの入学試験を合格したのだろう。
真面目そうな青年──リード・リフィルゲルは、2人を指差して言った。
「よし、決めたぞ。この魔法学園での俺の最初の目標は、君たち2人を更生させることだ!」
「余計なお世話だチンカス野郎」
「ちん……! なんて下品な言葉を使うんだ! ……それに俺は毎日身体を洗っている!」
「ちゃんと剥いて洗ってんのか?」
「……剥く? 剥く必要なんてあるのか?」
「こ、こいつズル剥けかよ! 逃げろシェルム、バケモノだぁっ!」
「いや僕もズル剥けの巨根だよ。真っ直ぐのね」
「そんな馬鹿な……」
この世界の裏設定として、ピカロ以外はみな、ズル剥けであり、唯一ピカロが、やや右曲がりの仮性包茎である。
「そんなことはどうでもいい! 君たち、名前を教えろ! ノートにメモしてから、それぞれの更生プログラムを明日までに考えてこよう!」
「ズル剥けに名乗る名前なんかねぇよばーか! ナチュラルペニスに謝れ! 亀頭が寒くてしかたねぇんだろ! 風邪ひけバカ!」
「こいつはピカロ・ミストハルト。あのニクス・ミストハルトの息子だよ。そして僕が──」
シェルムは箒と雑巾を投げ捨て、カッチョいいポーズをとる。
「──横井英之だ!」
「いやそれZeebraの本名」
「不可能を可能にする日本人!」
「もうやめようぜこの名前ネタ……」
──次は誰にしようかな、である。




