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第0話 伏線皆無



「ちんぽ」



 静寂に満ちた空間。王のと呼ばれる大部屋の、その中心である。高すぎる天井、太すぎる柱、分厚すぎる壁、それらを輝かせる豪華絢爛な装飾。その中でも際立って豪奢な玉座に腰掛ける国王の面前で、醜く太った中年の男が口を開く。



「ちんぽ」

「2回言うな。引きり散らかすぞ」

「引き摺り散らかすなよ、相棒だろう私達は」

「こんな下品な豚と相棒とか思われてたまるか」



 静寂を切り裂くちんぽを繰り返すデブに頭突きする青年。隣の醜いデブとは対照的に、青年はやや細めな体躯。スラッとした高身長には多少不似合いな幼さを宿す顔つきが、その容姿の爽やさを演出している。


 汚らしいデブと爽やかイケメンという対極に位置する2人は今、目の前にいるのが国王であるという事も忘れたかのように、会話を続けた。



「……そもそも下ネタ全盛期の幼子おさなごならまだしも、太り散らかしたおっさんが真顔でちんぽとか言うなよ」

「いやぁ、どうしても言いたくて。というか、ちんぽって言葉、異常なまでに面白いよな。下品さと可愛さの塩梅が絶妙過ぎる。特に“ぽ”が良い仕事してると私は思うんだけど」

「……プロローグでちんぽの話とか絶対ダメだろ。あーあ。女性読者獲得のチャンスをドブに捨てやがって、どうしてくれるんだお前」

「ハナから女性読者なんか狙ってない。そもそも一行目に“ちんぽ”って書いてあるのを見て速攻でブラウザバックするような常識人向けの作品じゃないんだよ。ちんぽに釣られるような気の触れた一部の男子を狙ってるんだ」

「気の触れた、とか言うな」

「“開幕ちんぽ小説”をここまで読み進めてる時点でそいつはもう気が触れてるとしか言えないだろ。私たちの貴重な仲間だ。大切にしよう」

「……いい加減にしろ貴様らッ! 国王様の面前だぞ!」

「止めに入るの遅すぎな、お前」



 怒鳴ったのは、国王の隣に立つ大柄な男。その身を包む鎧の上からでもわかるほどの筋骨隆々な体を震わせ、冷静に突っ込んできた美青年を睨みつける。その腰に携えた剣を今にも抜いて斬りかかってきそうな気迫であった。


 彼が怒るのも無理はない。それは、この2人の愚か者が誉れ高き国王陛下の目の前にいるというのにもかかわらず世界一生産性のない話で盛り上がっている──だけではないからだ。



「お前らは今の自らの立場をわかっているのか!? 歴史に悪名を刻むほどの大罪人として王の間に連行され、裁かれるのだぞ!」



 唾を飛ばし叫ぶ鎧の男の言う通り、この2人は犯罪者──それも今後長らく後世に語り継がれるであろう最悪の2人組である。故に2人は後ろ手に手錠を嵌められている上、2人を囲むように鉄鎧の兵士たちが立ち並んでいる。


 国王への不敬はもちろんのこと、反省の様子など微塵も見せず、緊張感を孕む静寂の大空間をちんぽで貫く様子は、国王への忠誠が強い鎧の男──王国立騎士団団長ヴァーン・ブロッサムの逆鱗に触れるには十分であった。


 しかし、王国最強との呼び声高いブロッサムの怒りを真正面から受けてなお、2人はとぼけた顔で飄々(ひょうひょう)うそぶく。



「私達を裁くって……それは裁判所の仕事であって国王の仕事ではないだろう?」

「僕らに弁護士の1人でもつけてくれるならまだしも、2人だけだしな。抵抗できない状態でここに連れてきて、反論させる気もないんだろ? 行政に喰われてるとかこの国の司法も腐り切ってやがるな」

「……その司法を、裁判所を。機能できない状態になるまで我が王国を乱し、崩したのは貴様らであろう」



 わざとらしく口を尖らせる2人の犯罪者を、上から叩きつけるように黙らせる荘厳な声音。言うまでもなく、国王が口を開いたのだ。


 2人がこの王の間に連行されて、しばし続いた静寂をちんぽで破られ、出鼻を挫かれた感も否めなかった国王だが、ひとたび声を発せば自ずと背筋を伸ばしてしまうその迫力は、混沌の渦中でも衰えない。


 見るからに動きづらそうな豪華な衣装に身を包み、数多の宝石がギラギラといやらしく煌めく指輪だらけの太い指で、白いあご髭を撫で、口髭を整える。


 強制的に厳かな空気に一変させる国王の雰囲気に、さしもの2人も互いに目を合わせ口をつぐむ。



「司法はおろか、もはや国としての機能を正常なまでのそれに戻すのには相当の時間を要するほどに王都は壊滅的な有様である。それも何もかも、貴様ら2人の所業に起因するものだ。そして、このような緊急事態においては、この王国のほぼ全ての権限が国王である私に帰属する」



 ──故に私が裁こう、と。ゆっくりと、国王が立ちあがる。ブロッサムはもちろん、兵士たちは一歩下がり姿勢を正す。


 再びの静寂。響く耳鳴り。未だ復興に忙しい街の喧騒も遠く薄れていく。犯罪者2人を含め、全員の視線が国王に集中する。


 低い声音が、張り詰めた空気を震わせた。



「貴様らは、即刻! “魔──」

「ちんぽッッ!」

「だからやめろってそれぇ!」

「国王様に向かって無礼であるぞ!」

「うるさい黙れ馬鹿どもッ! ……もう一度言う。ピカロ・ミストハルト、そしてシェルム・リューグナー、貴様らを──“魔界送まかいおくり”の刑に処すッ!」



 ──魔界送り。実は、王国においての最高刑は死刑ではない。この世界の他に、“天界”の存在が確認されている上に、天界は死者の楽園との記述のある歴史的文書も残されていることから、死はある種の救いとして捉えられているこの王国において、死刑は刑罰たり得ない。


 無論、天界の存在や、死後の行く末などの言説に対し否定的な国・人種に関してはその限りではないが、少なくともここ“アルド王国”の歴史教育と、それに基づく国民性おいては、死刑を恐れる者は極端に少ない。


 故に、天界への道──救いとして以外の“死”を意味するのが、魔界送りである。


 そのような常識を地盤とするアルド王国において、大犯罪を犯したのだから、2人が魔界送りにされるのは当然の結果である上に、この場にいる誰もがある程度予想のできていた判決ではある。


 しかし、この魔界送り。実刑判決は歴史上、数えるほどしか行われていない。人間界側から、魔界への扉を開くことは、それ相応のリスクを伴うからである。


 それでもなお、“この犯罪者を人間界にとどめておくくらいならば危険を冒してでも魔界に隔離した方が人類の利益になる”と言えるほどの大犯罪者に限り、魔界送りは行われる。


 アルド王国における事実上の死刑を国王自ら言い渡され、肥満体型の中年男──ピカロ・ミストハルトは俯いて震えている。その隣の青年──シェルム・リューグナーはその美しい顔を上げ、震えた声で呟いた。



「魔界送りとか、都市伝説か何かだと思ってたけど……実在したのか」

「当たり前だ。いかほどの苦痛か、どれほどの地獄か。底知れぬ絶望をその身体で味わうがいい」



 三度みたびの静寂。それはこれまでの緊張感によるものではなく、ここにいるそれぞれの安堵、恐怖、同情といった感情の混沌による静けさであった。


 ついにはシェルム・リューグナーもガクリと肩を落とし、目を閉じて俯く。



砂粒すなつぶほどの猶予もいらぬ。即刻、例の場所へ連れて行け」

「はっ!」



 国王はブロッサムにそう言うと、ゆっくりと玉座に腰を落とす。ブロッサムの目配せにより、すぐさま他の兵士たちも動き出す。2人の手錠に繋がれた縄を荒く引っ張り、出口へと連れて行く。


 鉄鎧の擦れる音と、慌ただしい足音のみが王の間を満たす。


 ──その音に隠れるように、小さく、口の中で笑みを押し殺す2人の男の表情を、覗き見る者は誰一人としていなかった。





とりあえず5話まで投稿します

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[良い点] まだ1話しか読んでいませんが、ふいてしまった箇所が何個か。読み手を惹きつける魅力があると感じました!
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