03 探し物は、きっとダイナモ
「ふー、やっと終わった」
さすがに疲れた。僕は休憩室のパイプ椅子に腰かけると、ぷしりと缶コーヒーを空けた。
甘ったるさが、今はありがたかった。
じきに朝が来る。僕は彼女の手を引き駐車場に連れて行くと、車の後部座席に寝かせ、毛布を掛けた。僕の車はいつも駐車場の一番奥だから、たぶん誰にも気づかれないだろう。
代わりの作業員が来るまでの間、時計が気になって仕方なかった。つまんない引継ぎをさっさと終わらせて、ほとんど小走りで会社を出ていく。
帰る途中でホームセンターに寄り、服を買った。サイズもデザインも適当だ。
靴を買い忘れていたことに気がついて、途中で一度Uターンした。
自宅に着いた僕は、彼女に上着だけを羽織らせて、車から降ろした。彼女には申し訳ないけど、まだあたりは薄暗いので、人目に付くこともないだろう。
手をつなぎアパートの階段を登ると、とてとてと足音が重なり愉快だった。
部屋に入り、カギをしめる。彼女の体は、かなり冷えてきていた。芯の部分はわからないが、指先や足の先はもう固くなっている。
最初に比べてかなり動きづらくなっているんだろうけど、仕方ない。熱いうちは柔らかいぶん、変形もしやすいのだ。
「すみません、ここ、ひびが入っちゃいました」
彼女は上着からするりと白い腕を伸ばし、肘を見せてきた。関節部分に、確かに小さなクラックが入っている。
「ああ、熱いうちにムリに動かすとそうなりやすいね」
たまにあることだ。工場内なら不良品なのだが、大丈夫、クレームはない。なぜって、すでに愛着がわいているからだ。
買ってきた服を着せようとしたら、自分で着るからと断られてしまった。
なるほど、女の子とはそういうものなのかもしれない。自分のデリカシーの無さを、少しだけ反省する。
「サイズは、どうだい」
「ちょうどいいです」
「似合ってるよ」
「ありがとうございます」
こちらから話しかけないと、なかなか会話は始まらない。沈黙が続くと、彼女はきょとんとした顔でこちらを見てくる。見つめあっていると、そのまま瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
黒の顔料は少量でも発色がよくて光沢があるけれど、反射の具合で、目に使うにはあまりよろしくない。うちの会社では、瞳は少しだけツヤを落とした色にしている。でも、こんな魅力的な色だったっけ。
黙っているのも照れ臭くなり、僕はテレビのスイッチを入れる。
ニュースをやっていた。
”ヒト型機械の行政手続きなどにおける人権と義務および運用等に関する法律”という法律が施行され、半年が経ったというニュースだった。
彼女の先輩たちが世に出始めたころの話だ。人形にも人権を与えるべきだという人たちは、結構いたらしい。人形とはどんな存在なのかという部分でまずもめて、そのあと、人間と人形の境目でまたもめた。
詳しい議論は僕も知らないけれど、顛末は知っている。結局は心があるかないかという部分で区別されることになり、権利や法律も二段階に分けられた。
ふたを開けてみると、この法律は大成功だった。ブラック企業の経営者たちの多くが、人の心の不所持で逮捕されたからだ。彼らは自分の部下たちに、人形だと判断されたのだった。
もっとも、当の彼女たちには、そんなことちっとも関係なかったんだけれど。
彼女は不安そうに、腕にできたひび割れを見ていた。
「今度、パテを買ってきて埋めてあげるよ。それまでは暖かくして、無理に動かさないようにしようか」
僕が言うと、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
いやでもちょっと待てよ。違う素材を混ぜると、すぐに剥離しちゃわないかな。もしくは、動きが悪くなったり。
一から作るのは専門でも、こんな修理はしたことがない。自分で溶かしたりする手間はかかるが、工場から同じ原料を少しくすねて、ヒビに流し込んでしまう方がいいかもしれない。
「体を温めるには、お茶もいいかもしれないね」
何の気なしの言葉だった。彼女は本当なら寿司屋へ納入されるから、きっとお茶を入れるのもうまいはずだろうと思って。
彼女は天井を眺め、何か考えているようだった。たっぷり悩んだ(ように見えた)あと、唐突に口を開いた。
「少し、出かけてきます」
「あ、うん」
あまりにも自然な声だったので、僕は止めるのも忘れて、間抜けな返事をしてしまった。
残されたのは、僕とゴミ。服を買ったときの袋やタグが散らばっていた。まとめて燃えるゴミへと突っ込むと、部屋は普段よりも広く感じた。
どうしようかと考えながら、僕はそのまま眠ってしまっていた。色々あって、かなり疲れていたのだろう。
はっと目を覚まして隣を見ると、彼女も隣に寝ころんでいた。
そっと撫でてみる。慣れ親しんだ、プラスチックの硬さがあった。
彼女が寝返りを打ったとき、シャツがめくれてお腹が見えた。つるりとしたプラスチックの腹には、不格好なへこみがあった。へこみの奥は、ボイドのように深いしわが刻まれている。
いつからだろう、工場では気付かなかったけれど。強度が心配になる。やはり熱いうちに動かすもんじゃないな。
03 Kid Dynamo
いえ、苦しくなんかありません。レディ・スカーに比べれば、「きっとダイナモ」のほうがずっと自然です。
静かなイントロから、先ほどの2曲とは全然違ったどっしりとした歌ですね。
アルバムの中では、この曲が一番ロック寄りな気がします。
ところで、「キッド・ダイナモ」って何でしょう。歌詞を見てもいまいち掴めなかったのですが。
歌詞といえばバグルスは、昔は良かったんだけどさあ、みたいな曲が多い気がします。
メタリカでいうと、The Memory Remains。あの曲も素敵。
ただヒット当時はいいとして、十年二十年後にそういう曲を聴くと、ふと涙が出て来てしまいそうです。
そういう思いをするためにも、まずはヒットしなければなりませんね。涙までの道のりは遠いようです。