97. 王位継承の儀、始まる
当日の朝、思っていたよりはよく眠れた。
諦めの境地に近かったからかもしれない。
何か少しでも方策が見つかるか、ヒントのかけらくらいつかめないものかと最後の方は神頼みのような心地だったが、どれだけ考えを巡らせても俺が「偽物だ」という証明の方法は思いつかなかった。
客観的に判定してくれる人がいないような物事を証明するのは、限りなく不可能に近い。
ベッドから起き上がり、軽くストレッチをして身体をほぐす。
今日は朝から丸一日仕事で、グリンファルを取りに行ってから城近くの岩山にある社にそれを納める。
前の世界なら到底一日ではこなせない重労働だろうが、幸い今の俺の体なら苦もなくこなせるだろう。
身軽な服装に身を包む。丸一日あちこち移動続きなので、戦闘用のしっかりした鎧は装備する必要がない。
武器は迷ったが、小さめのダガーナイフを持っていくことにした。大規模な戦闘の可能性はもうないだろう。
軍からもたらされた情報によると、魔族は人間との戦に対して今の所、消極的な姿勢らしい。
極端な積極派は、未だに城の地下に捕らえられている魔将軍だったようで、彼は次なる魔王の座を求めて部下を扇動し、ああして攻め込んできた。
しかしあまりに呆気なく敗退し、その上、恐るべき勇者(俺)の力を目の当たりにした連中が、魔族の中でその恐ろしさを吹聴したために、再度の人間との戦いに打って出る気はなくなったらしい。
おそらくなのだが、彼らは実際の俺の強さよりもかなり盛って、周囲に伝えただろう。
何せ敗退してきている上に、ボスは戻ってきていないのだから、自分たちの立場を守るためにはできる限り相手(俺)を強大な存在のように装っておく必要があるはずだ。
とんでもない化物とでも伝えておいてもらえれば都合が良いのだが。
まだ陽が昇り始めて間もないこの時間、俺が城の廊下を一人歩いていくと、誰も彼もが俺に尊崇の眼差しを向けてくる。
そんな、敬ってもらえるようなことは(俺は)何もしていないのに。
当初は、こんな立ち位置になったら自分はとんでもなく勘違いして天狗になって、自分が偉い人間だと思い込んでしまうのではないかと懸念していたが、結局そんなことはなかった。
イネルから勇者を引き継いでからこっち、はっきりと自覚したのは、やはり俺は何者でもない平凡な人間だ、という単純な事実だけだった。
転生したら立派な人間になれる、異世界にくれば何事かを成し遂げることができる、なんて物語を、山ほど読んできた。
けれど、そりゃそんな甘い話はない。あるわけがない。
身体、能力、人間関係、外部の諸々はすっかり様変わりするが、結局根っこにあるのは俺自身であって。
一般人に米軍の指揮を執らせるようなものなのだ。力は増大しても、それにふさわしい心と経験が伴わなければ、使いようがない。
外部の力のおかげで相当下駄を履かせてもらって、イネルが築き上げてきたものを引き継がせてもらっても、やっぱり、俺は俺なのだ。大して変わらない。
頑張ったところで、物理的にできることは増えても精神的には胸を張って勇者を名乗れるようなものではない。
「最後まで決して諦めない」なんて自信、俺にはない。
城下町まで出てくると、誰も彼もが俺に喝采を浴びせ、頑張れ、楽しみにしてるぞ、儀式にもいくよ、新王万歳、と声をかけてくる。
俺はそれに、はにかみ気味に応じてみせる。
けれど、心の中では他人事のままだった。
当然だ。他人事なのだから。
これは多分、転生といっても俺だけの特殊な事情だと思うのだが……俺自身が何かをやっても、その半分以上は俺自身の手柄ではないのだ。
イネルが苦心し、様々なものを乗り越えようやく手に入れたものの尻馬に乗っかっているだけだ。
奇妙な感覚だった。何をやっても俺でありながら、俺ではない。
別に、その状況に不満を訴えるほどの憤りはないのだが……しかし、気持ちの持って行きどころが見当たらず、宙ぶらりんなままだった。
城下町の外まで来たところで、俺は大フクロウのネルバを呼び出した。
俺の後ろには大勢の城下町の民と一緒に、ジゼル、ココ、トリスタの三人も見送りに来ている。
マヤが来たらジゼルとどうなってしまうのかと冷や冷やしていたが、面倒くさかったのか、妹陛下は来られていなかった。
城の学者たちによると、このグリンファルの移送から儀式まで、全ては王位継承者一人で行わなければならないらしい。
「じゃあ、行ってくる」
誰へともなしに俺が言うと、ジゼルは重々しく頷き、ココは寂しげに微笑み、トリスタは相変わらずの飄々とした笑みを浮かべていた。
皆何か言いたそうにも見えたが、民の拍手喝采に全てはかき消された。
俺はネルバに乗り、グリンファルのあるゴウガの塔へと飛び立った。




