96. グリンファル
理由。
イネルはなぜ、俺にバトンタッチしたのか。ただ臆病風に吹かれて逃げた以外の理由が、本当にあるのか。
俺とジゼルは顔を見合わせたが、お互い何も思いつかなかった。
これだけの期間、ずっと考えを巡らせても思い至らない意味なんて、本当にあるのだろうか。
「まあ……その理由は、これからも一生考え続けることになるだろうな。少なくとも、私は」
ジゼルは寂しげに笑うと、頭を切り替えたのか、改めて俺の方に向き直った。
「ともあれ。魔王の策を封じるためにお前が自分の正体を世に明かしたい、ということはよくわかったが……無鉄砲なことを考えているのではあるまいな。やりようによっては国が立ち行かなくなることさえ……」
「あ、いや、それが……」
俺は、正体を明かしたいのは山々だがその方法が全く思いつかない、という正直なところを話した。
ジゼルは、あからさまになぁんだ、という顔をしている。俺は口を尖らせ反論した。
「真剣なんだぞ俺は! 考えてもみろ、『実は中身が入れ替わってるんです』なんて大真面目に言った日には」
「頭がおかしくなったと思われるのがオチだろうな。なるほど。拍子抜けだが……そうなるとどうやって魔王の狙いを叩き潰すか……」
「ジゼル。くれぐれも気をつけてくれよ。魔王は……マヤは鋭いからな。ちょっとした疑いの眼でもすぐに勘付く。感情的になって睨みつけたりしないようにな」
「私も馬鹿ではないから安心しろ。私も考えてみる。まあ……その魔王の狙いは不幸中の幸いだが、本格的に人間を支配し始めるまではまだ時間があるだろう。なんとか一刻も早く、魔王を倒すための方法を見出さねば……」
「それと、これは俺とお前の間だけの秘密だからな。ココにも、トリスタにも言うんじゃないぞ。少なくとも今しばらくはな」
「無論だ」
疲れたのか、ふぅ、と息をついたジゼルは、
「兵法の講義などする気分じゃないな。今日はもう帰るぞ」
と言って、城へ戻ろうと歩き出した。
俺の同意など取ってはくれないが、きっと動揺しているからだろうと信じたい。
その時、俺はジゼルに訊いておかなければならないことを思い出した。
「あ、そうだ、ジゼル。王位継承の儀に必要だと言われたんだが、グリンファルって……なんだっけ」
すると彼女は振り返り、眉間にしわを寄せて俺の良識を疑うような顔をした。
「ああ、覚えていないのだな……あんなにも苦労した冒険だったというのに。あれは今、ゴウガの塔にある。ロバルトの惨劇の時に使った」
「……?」
今度は俺が眉を潜めた。なんだろう。また、何か聞き覚えというか、デジャブ感がある。
ジゼルは面倒臭そうにさらに話す。
「だから……セーニュの街でアステルド・レザーが用意した、お前のためのグリンファルのことだろう。ロバルト・レザーが魔王の力に囚われ、呪われた力で街の人々を石化させていった時に、魔王の魔力を打ち砕くために使った。
アステルドが持ってきたグリンファルが大きすぎたから私がなんとか、それを使う方法を調べて……大変だったんだぞ。
最後にロバルトがゴウガの塔に立て籠もったから、退治するために塔に直接突き刺して……」
「ああ! パーティの時のあれか!」
俺はジゼルの語る訳のわからない話を聞くうちに、やっと思い出した。
この訳分からなくて聞き流したくなる感じ、どこかで経験したと思ったが、城で開かれた俺らを祝うパーティでどこぞの街の人に突然話しかけられて、専門用語が乱舞しすぎて疲弊しきっていた時のことだ。
確かにその時も、グリンファルを突き刺してどうのこうの、と意味不明の思い出話を延々語られて、ああハイハイ、と生返事でごまかした。
ジゼルは首を傾げる。
「パーティ? ああ、そういえば城での祝祭にレザー家の人々が来ていたな。まあ、繰り返しになるが、邪悪なる力に対抗するためのなんというか……こういう形の道具だ」
そう言って、ジゼルは何か細長くて片手で持てるくらいの、先の尖った物体を身振り手振りで示していた。やっぱりわからない。
「邪なる者と戦う覚悟を固めた者なら、お守りのようにして誰もが作るものだ。普通は聖職者が力を込めるが、あのグリンファルはココが仕上げていた。
まあ、魔王がかけた呪い程度までなら打ち砕けるが、残念ながら魔王自体に直接立ち向かうには不十分だろう。そうか、王位継承の儀に必要なのだな……」
なるほど。RPGのアイテムでいえば「聖なるお守り」的な、前の世界で言えば銀の十字架とかそういうのに当たる道具なのだろう。
悪魔払いとかに使うような。しかも俺専用の。確かに、儀式となったら持っていたほうがいいのかもしれない。
* *
こうして、ジゼルに俺の目指すところは伝えられたものの、それでもなお俺の悩みは解消されなかった。そのまま時間は過ぎていき。
そして、運命の王位継承の儀がやってきた。




