95. ジゼルの怒り
俺は、話し始めた。今まで、ジゼルに隠していた真実を。
実際は、魔王を倒せてはいなかったこと。
のみならず、魔王とイネルは繋がっていた、ということ。
魔王は勇者の権威を使って、真の意味で人間を支配しようと企んでいること。
そして、俺の妹を名乗るマヤが、実際は魔王であること。
訥々と俺は話す。ジゼルは、次第に暗い表情になっていく。
できれば話したくはなかった。
ジゼルは、きっと怒っているだろう。
イネルに対して、そして、俺に対して。
俯いていたジゼルは、顔を上げるや強い声で言った。
「なぜ今まで隠していた!」
そのまま俺の胸ぐらを両手で掴んでくる。
彼女の方が少し身長が低いので体が浮いたりはしなかったが、しかしそうなってもおかしくないくらいの物凄い力だった。
俺はため息をついた。
「……そりゃ怒るよな」
「怒っているんじゃない。悲しいだけだ。信用してくれていなかったのか!」
ジゼルの整った顔が、俺の目前で真っ赤になっている。
とはいえ、致し方なかったのだ。彼女に俺の正体が露見したのは、魔王に正体を明かされた後のことである。
その後も長らく、ジゼルは俺を不信の目で見ていたから、打ち明けるタイミングがなかった。
次第に激情が収まるにつれ、ジゼル自身もそのことに気づいたらしく、徐々に手に込めた力が弱くなっていった。
俺はポツリと言った。
「でも、俺が勝手に抱え込んでいたのは事実だよ。言い出せなかった。あまりにひどい真実で。言ったら、きっと辛い思いをさせてしまうと思って」
「……私がその程度のことを耐えられないような柔弱者だと思っていたか。全く」
呟くと、ジゼルは不意に振り返って城を見た。
「一刻も早く、魔王を討ち取らねば……」
「待て! 無理だ。負けたのはただの芝居だとあいつは言っていた。実際、俺たちがあれだけの攻撃をしたというのに、直後マヤとして現れた魔王は無傷だった。
つまり、万全を期した状況でさえ、俺たちの力で魔王を倒すことはできないということだ……今こんな状況で、俺たち二人で戦いを挑んだところでどうにもならない」
俺のそんな言葉を聞くと、ジゼルはガックリ肩を落として、その場に座り込んだ。
「まだか……まだ手が届かないというのか? あれほどの辛酸を舐め、力を身につけて立ち向かったというのに……どれだけの期間を、魔王を倒すために費やしたことか……」
ジゼルは心から、屈辱を感じている様子だった。
無理もない。真実を知ったショックは、俺の比ではないだろう。
もう何年もの間、魔王を退治するために時間を費やしてきたのだから。
俺は、念のために尋ねた。
「なあ。イネルは……少しでも、疑わしい様子を見せたりはしなかったか?」
「全くなかった。あいつは……そういうやつなんだ。普段は不器用で、嘘をつくのも下手だが……自分なりの信念を持ってやったことは、徹底してやり遂げる」
「ってことは……ジゼルは、イネルが魔王と共謀したのには何か理由や狙いがあると思ってるのか?」
するとジゼルは、当然だ、と迷いなく答えた。
「あの男は……確かにどうしようもないところが多いやつだった。
嘘をつくのも人を騙すのも下手くそな癖に、いざ誰かに頼られると格好つけて、出来もしないことを抱え込んだ挙句にっちもさっちも行かなくなって……それでも最後まで、なんとか笑っていようとする。そういうやつだった。
どんな事情があろうが、私利私欲のために魔王などと組むことはありえない。それは、私が保証する」
真っ直ぐな目でそう言い切るジゼルを見て、なぜだか俺は、少し嫉妬した。
とっくにいなくなっている男、イネルのことを、今でも彼女は一瞬のためらいもなく信じている。
「でも、だとしてもなぜ、イネルはあっけなく魔王に屈したんだ? 『最後まで決して諦めない』が信条だったはずなのに……。
何より、そんなやつだったらこんな危険な状況で、異世界に転生して逃げ出すなんてことするはずが……」
ずっとひっかかり続けていた疑問を、俺はジゼルにぶつけた。
すると、ジゼルは思いも寄らないほどあっけなく、こう返してきた。
「イネルがこの状況で魔王と結託し、その上で異世界に逃走したのだとすれば……どちらも必然だったから、だろう。こう行動しなければ、世界が救えない。そんな理由があったに違いない」




