94. 自己批判はほどほどに
「……そうか? 今更じゃないか?」
ジゼルは苦笑ぎみに言った。
「最初の頃ならともかく……今のお前は、十分に勇者だろう」
「まさか。だって俺は、何もしてないんだぜ? いっちばん楽なところで引き継いで、労なくして益多しというか、二代目社長的なポジションっていうか」
「シャチョウ? まあ、何でも息子が代を引き継ぐとそういう気持ちになると聞くが……」
「ギリギリ最後まで全部、イネルにやってもらって、俺がやったのは最後のネジを締めただけ、みたいなもんでさ。こんな奴が勇者名乗ったら申し訳ないって」
俺はそう言って、拾った石を小川に投げた。石は派手に水しぶきを上げて、川底へと沈んでいった。
平和的としか言いようのない光景だ。この光景を取り戻したのは、イネルの力なのだ。
「だから、俺はイネルとは違うんだよ。
引き継いだばっかりの頃は、こんな途中で投げ出して、こいつ本当にどうしようもないヤツだったんだろう、って勝手に思ってたけど、でもそんなわけないよな。
たった一人で旅を始めて、仲間を集めて、世界を放浪して、力をつけて、経験を積んで……魔王を倒すところまで行ったんだから。
俺なんか、足元にも及ばないくらい凄いヤツだったんだよ。もちろん、ジゼルだって凄いけどさ」
「うーむ……褒めてもらえるのは、それは、嬉しいことだが……」
俺が急に暗いことを話し始めたと思ったか、背後にいるジゼルは困惑した声音だった。でもこれは、正直な感覚だ。
俺は勇者ではない。
これはもう、間違いなく。
周りにチヤホヤされて勘違いしかけたことがなかったといえば、嘘になる。
でも、巧みにドラゴンと戦うこともできないし、魔将軍を倒せたのはただの偶然だし、まともに勇者らしいことなんか、何一つ出来やしなかった。
そう。
俺は勇者を引き継いでからこっち、何一つやり遂げてやしないのだ。
自分の意思で何かをやろうとしているのは、今が初めて、と言ってもいいくらいだ。
自分は勇者ではないのだ、と全ての人に知らしめ、そして。
魔王の企みを断つ。
未だに方法が見つかっていないけれども。
俺はそんな本心がジゼルに気づかれないよう、笑みを浮かべて振り返る。
「ともかく、そんな半端者だから、ジゼルにこれからも世話になると思う。よろしく頼むよ」
「……お前」
すると、ジゼルは腕組みをして、じとりと俺を見据えていた。
「さては、何もかも終わらせようとしているだろう」
「え?」
俺は(多分わざとらしく)目を丸くしてキョトンととぼけてみせる。
これはヤバイ。
「終わらせるって何を……」
「私を筋肉バカか何かだと思ってごまかせると考えたのかもしれないが、あいにく、自ら命を絶とうとする人間は何人か見てきている」
「いや、俺はそんなつもりは……」
「何もかも放り出してやめてしまおうとしている、という点では同じだ。
そういう人間は、今のお前のようにやけに滑らかに、自分のダメなところを語り出したりする。
普段から自己批判を頭の中で繰り返しているから立て板に水で話せるのだ。
その上、すでに決心がついてしまっているから妙に穏やかな精神状態になっている」
鋭い。仰せのとおり、なのかもしれない。
ジゼルは、素早く近づいてくると腰をかがめて俺にさらに言う。
「自分がイネルではない、本当の勇者ではない、と皆に暴露するつもりなのだろう」
「……」
まっすぐ言われると、否定ができない。
ジゼルは畳みかけてくる。
「この前そんな話をした時は、王になりたくないから妄言を吐いているのかと思ったが……お前の性格から言っても、ここまできてそんな馬鹿馬鹿しい理由で逃げようとしたりしないだろう。
おい、まだ私に隠し事をするつもりか! なぜ、この期に及んで勇者であることから逃げようとする! 何があるんだ!」
まいった。こうなってしまったら……もう、明かさざるを得ないだろう。
魔王の真実を。




