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先代勇者の名にかけて!〜転生したらクリア直前だったんだが〜  作者: 彩宮菜夏
第6章 王位継承の儀
93/120

93. 小川のほとりで

 俺は、ココの部屋を後にした。

 そして、どこへ向かうでもなく、一人静かに廊下を歩いて行った。日も沈み始め、夕日が窓から差し込んでいる。


 以前の転生してきたばかりの時とは違う、責任が徐々に俺に覆いかぶさってきている気がした。

 最初の頃は、それこそ無責任に動揺し、イネルを責めることができた。


 けれど今や、ジゼルやココ、トリスタ、フィオナ姫、このグラントーマの国、それだけでなく、この世界そのものに対してまで、愛着を感じずにはいられなかった。

 そうなるともう、勝手に不平不満をぶちまける気持ちにはなれない。

 まして、俺のやったことで誰かを傷つけたりしたくなかった。


 前の世界と違って、この世界は俺に強い必要性と存在意義を与えてくれた。

 そうすれば当然、責任だって生じる。


 世界と、他人と、本当の意味でつながりを持てば、同時に抱え込まざるを得ないものがあるのだ。


   *    *


 翌日から本格的に、王の言っていた王位継承に向けての勉強が始まった。

 国の歴史だの、国の仕組みだの、どこからか現れた老人の学者たちが俺に延々講義してくる。


 高校時代と比較にならないくらい、真面目に勉強した。

 どのようにしてグラントーマの国は成り立ったのか、どんな産業で国民が生活できているのか、周囲の国々とどのような連盟を組み、交易を行っているのか。

 軍事力はどの程度で、王の力はどこまで及ぶのか。


 学べば学ぶほど、自分の周囲に広がっている世界が、単なるテレビゲームの模造品などではない、リアルな存在なのだという確信が感じられてくる。


 一方で、未だにどうやって人々に、俺が偽物だとわかってもらうかは、何も策が見つかっていなかった。

 やはり誰にも相談できない状況で考えるには、難しすぎる問題だった。


 イネルが俺への手紙に書いていた謎の「転生術師」も見つからず、ジゼルにも姫にも迷惑をかけられない現況では、俺の転生について証明してくれる客観的な第三者がいない。


 食事と睡眠以外の時間は知識を詰め込み続けている間に、たちまち数日が過ぎ去った。

 今日は、久方ぶりにジゼルに兵法を学ぶ日に決まっていた。


 とりあえず、俺はジゼルとともに城の外へ行くことに決めた。

 ずっと城の中に籠らされていて、すっかり息が詰まっていたのだ。


 ついてこようとする護衛を説得して、俺たちは二人きりで城門から城下町へと躍り出た。

 すると、あっという間に俺たちは街の人々に取り囲まれた。


「勇者様! 楽しみにしておりますよ!」


「継承の儀、見にいかせていただきますね!」


「最高の王様になるのは間違いねえ! こりゃグラントーマは百年安泰だ!」


「この婆さんの手を握ってくださいよ。ああ、温かいねえ……」


 たちまちもみくちゃにされる。

 イネルの身体が体幹がしっかりしているから良かったようなものの、そうでなければじきに倒されて押し潰されているところだった。

 ジゼルは強面で歩いているせいか、全然人が近寄ってこないので無事だった。


 俺は適宜、街の人々の相手をし、話しかけられたら当たり障りなく返事をし、笑顔を見せ、なんとか隙間をすり抜けながら、城下町の外へと歩み出した。

 ジゼルとともに、近場の小川を目指す。人がいなくて静かに話せる場所なら、どこでも良かった。


 十分も経たずに到着した。周囲には魔物も見当たらない。

 以前、魔将軍を退治して以後、グラントーマの近隣には魔物が現れなくなっていた。


 ジゼルは率先して川縁に腰を下ろすと、


「で? 王位を継承する覚悟は固まったのか」


 と尋ねてきた。俺は苦笑した。


「まあな。勉強していると、徐々に気持ちが引き締まってくるよ。現実的に王様というのがどういうことをするのかわかってくる。

 例え王であったとしても、できることもあれば、できないこともあるのだと理解できて、ある意味面白い。最強の権力者ではないんだな」


「ふうん……」


 ジゼルは妙な笑みを浮かべた。俺は眉を顰めた。


「なんだよ」


「やっぱり、お前はイネルと違うな、と思って」


 ココと同じようなことを言われて、俺はどきりとした。


「違うって、どの辺が」


「イネルだったら、『できないこともある』のだとは考えないんだよ。あいつは、諦めるということを知らないやつだった。よくも、悪くもな」


 なるほど。それはきっと、やはりイネルがあの言葉に縛られていたからなのだろう。

「最後まで決して諦めない」、愚直なまでにその「勇者の定義」に忠実に、誠実に。

 イネルはおそらく、そう生きていた人間だった。


 俺は、小さく笑って言った。


「……やっぱり、俺は勇者じゃないからな」

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