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先代勇者の名にかけて!〜転生したらクリア直前だったんだが〜  作者: 彩宮菜夏
第6章 王位継承の儀
92/120

92. 謝罪

 ……猛烈に、気まずい。


 先ほど、ココが王の居室近くの廊下で俺の元から黙って歩み去った後、結局まともにフォローしていなかった。

 もちろん、探して何か話すべきだとは思っていたのだが、あまりにも「なんとかしなきゃいけないこと」が多すぎて、手が回らなかったのだ。


 よく見ると、ココの目元はわずかに赤い。

 泣いていたのかもしれない。


「あのさ、ココ。俺は……」


「勇者様。旅に出ておられた間の、この魔術書の調査状況なのですが」


 すこぶる事務的な口調で、ココは話し始めた。俺の顔を真っ直ぐに見て。


「う、うん……」


「申し訳ありませんが、まだ転生術の詳細までは読み取り切れておりません。ご報告をしたいのですが、廊下で立ち話というのもなんです。私の部屋までお越しいただけませんか」


「あ、うん。わかった」


 なるほど。色々と話さなければならないことは山積している。無論逃げるわけにはいかない。

 俺は、罪人の心地でココの後に続いて歩き出した。俺自身が何かやらかしたわけではないはずなのだが。


   *    *


 ココが城で与えられている部屋は、俺よりは少々小さい客間だった。

 几帳面な彼女らしく、部屋はきれいに片付いていて掃除も行き届いている。


 俺は後ろ手でドアを閉めると、先に口を開いた。


「ココ。あの……」


「それで、転生術についてなのですが」


 しかしココは、二人きりになったにもかかわらず、人目がある時と変わらない堅苦しい、他人行儀な調子で話し続ける。


「非常に術式が複雑で、かつ巨大な魔力が必要になるので、容易には実行できないようです。何しろ世界の壁を越えるものですから。

 勇者様のご懸念されていた『魔王が転生している可能性』についても、魔王の魔力でさえおそらく足りず、転生しているとは考えにくいと言えます。

 術そのものは、テネブリ族の転生術師が代々受け継いでいるということでしたが……」


「あいや、現地で聞いてみたら、もう術師は途絶えているらしい……」


「なるほど。それではなかなかもう、実現するのは難しいかもしれないですね」


 さらりと言って、ココは大きな魔術書を机に置いた。


「とはいえ、転生術についてはまだ読み取れたのは序文程度、術式の詳細についてはまだこれからです。最後まで解読出来次第、またご報告いたします」


 そして、俯き加減に椅子へ腰掛ける。表情はないままだった。


 そうなってくるとイネルがどのようにして転生の術を行ったのか、むしろ謎は深まってきてしまうのだが……それ以上に、俺は知りたいことがあった。


「そのほかの細々した術については、面白いものもたくさんありましたよ。昼と夜を入れ替えるだとか、目を合わせるだけで相手を十年眠らせてしまうだとか、それから人間の魂を……」


「あのさ、ココ」


 俺は話を遮った。


「話って、それだけじゃないだろ? せっかく二人きりになったんだから……」


 自分なりに、意を決して話し始めたつもりだった。

 だが、俺の言葉を聞くなり、口を一文字に固く結び、見る見るうちに目に涙を浮かべたココを目の当たりにすると、情けない俺は口をつぐんでしまった。

 悲しんでいる女の子に辛い話をたらたら出来るほど、人間ができていない。


 ココは言った。


「わかってるよ……イネル。いつか話さないといけないことだし……でも、もうこうなったら私が出しゃばる余地なんかないから。

 陛下がお望みなら、逆らうなんてあってはならないこと。それに……イネルがこの国の王になった方が、絶対にいいから」


 いつかこういう日がくるのは、わかっていたし、とココは小さな声で言った。

 俺はますます情けないことに、何も言ってあげられなかった。


 イネルはジゼルやトリスタとも深い付き合いがあったようだが、ココは何も知らず、純粋に自分だけが付き合っていると今も信じている。


 今まで調べてきた限り、イネルにはイネルなりの事情があって、パーティの少女たちと親しくしていたように今では思えるのだが……とはいえ、今のこの状況で一番傷つくのは、ココなのは間違いなかった。


 一緒にここから逃げようか、なんて安っぽい恋愛映画みたいな言葉も脳裏に浮かぶ。そうすれば、ココのことは救えるのだろうか。

 でも、そんなことをしたって魔王からは逃げられないだろう。最後には彼女のことをまた、傷つけてしまう。


 今の俺は、この世界を救うために、出来るだけのことをやらなければならない。


「その……えっと……全部、俺が悪いんだ」


 何も見つからなかった俺は、最後にそう告げるしかなかった。


「俺のせいで……苦しめてしまって、本当に……済まない」


 ココには本当のことを言うわけにいかない。

 まだまだ子供だから……ではない。

 これ以上、彼女に余計な苦しみを与えたくないからだった。


 そんな状況で、でも俺は彼女に謝りたくて、精一杯考えた末に出てきたのは、小学生のような単純な謝罪の文句だった。


 すると、ココはゆっくりと息をつき、それから、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「……イネルじゃないみたい」


「え?」


 俺はヒヤリとした。今更気取られたのかと思ったのだ。


「以前のイネルだったら、一生懸命の笑顔でこの場限りでも私を喜ばせようとして、どんな無理なことでも言ってくれたのに……それだって、もちろん嬉しかった。


 けど、今のあなたは、本当にやらなければならないこと、ずっと先、未来のことをちゃんと見据えている。

 魔王を倒して、きっと変わったのね。今の方がもっと、素敵だと思う」


 ココは、優しい目をしていた。


「今のあなたなら、きっと、いい王様になれるわ」


 本当に……そうなのだろうか。


 俺はまだ、まるで自信が持てなかった。

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