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先代勇者の名にかけて!〜転生したらクリア直前だったんだが〜  作者: 彩宮菜夏
第6章 王位継承の儀
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86. 魔王の意志

「めでたい話ではないか、新国王」


 魔王・マヤは珍しく嬉しそうに笑っていた。

 あまり少女らしくない笑みの浮かべ方ではあったが。

 どちらかというと、五十ぐらいの世事に長けたおっさんのようなあくどい笑いだった。


「想定よりも多少早かったが、これは現王の思いつき癖のおかげだ。歓迎しよう」


 俺の居室で、俺とマヤは紅茶を飲みながら向き合っている。


 もう随分、この部屋にも慣れてきた気がする。

 当初はゴージャスすぎるように思えた内装も、ゆっくりその中で時間を過ごしてみれば、前の世界のただ物が多いばかりのごちゃついている部屋よりよほど落ち着くことがわかった。


「お前の人気や信用もすでに固いしな。これから戴冠の儀までの間、お前は次の王としての人脈をしっかりと作り、味方を増やせ。人に好かれるよう努力しろ。仲間が多ければ多いほど、お前の未来は盤石になる」


 魔王からのアドヴァイスとは思えない、大真面目で手堅い言葉だった。

 そんなようなことを俺が突っ込むと、マヤは当然だろう、と鼻を鳴らした。


「お前が手堅い王になればなるほど、我の願いは叶うのだからな。何、お前に損はない。我の狙い通りにことが進めば、お前は『偉大なる王』として歴史に名を残すのだから」


 確かに名を残すだろう。魔王の傀儡であるという事実も誰にも気取られずに。


「……やってくる魔族を適宜片付け、八百長を上手くこなす、と」


「なんだ、今更不服なのか? 別に構わんぞ。本気でただ人類を滅ぼすだけのために全ての力を注ぎ込み、この世を悪夢に変えても。お互い、無用な手間がかかるだけのことだ」


「不服じゃないよ」


 俺がそう言うと、マヤは肩を揺らして紅茶を一口飲んだ。


 ……このまま俺が、グラントーマの王に就任すれば、魔王と手を組んで事実上この人間界を支配せざるをえない。

 かといって、それを断れば、純粋な力だけでは魔王には勝てず、ただ暴力でもって魔族に支配される地獄が幕を開ける。

 どちらの未来がマシなのか、なんて俺にはわからなかった。


 マヤは愉快そうにまた笑った。


「お前は最初から、なんのためらいもなく我の提案を聞き入れたからな」


「……そうだったかな」


 俺は、なんとかイネルがこの八百長を受けた事情を知りたくて、俺はあえてとぼけてみた。

 幸いにして、俺を疑わずにマヤは話し続けた。


「覚えてないか? あの日、お前の元を訪れた時のことを。お前、我が現れた時こそ驚いていたが、我の話を聞いたら一も二もなく『わかった。協力する。何をすればいい』だったぞ。まるで拒否という言葉を知らないかのようだった」


「……合理的なんだよ」


 そう言ってごまかしながら、俺はその時のイネルの思考を想像した。


 今や、イネルは単なるクズとは思えなかった。


 ジゼル、ココ、トリスタという訳ありの少女たちを仲間にしたのだって、単純な下心からにしてはあまりに面倒だ。

 本当のろくでなしのタラシだったら、もっと簡単に手元に置いておける女の子を選ぶだろう。


 一貫してイネルに感じられるのは、断らないで受け入れる、という姿勢だった。

 果たしてそれは「哲学」と呼べるような上等なものなのかわからないし、誠実とは呼べないかもしれない。

 いやむしろ、異性関係に関していえば愚かというべきなのかもしれない(キス以上のことはしていなかったとしても)。


 ただ、苦しんでいたり悩んでいる人がいたら、自分が受け止めようとしてしまう。

 相手に求められたら、できる限りのことをしようとしてしまう。

 そういう種類の「バカ」だったのかもしれない、と思うように、最近なってきていた。


 それを最後に確信したのは、オルレの話を聞いてからだった。


 オルレの言葉からは、明らかに息子に対する期待と嫉妬、羨望が伺えた。


 イネルは、オルレが願ったから、だから勇者になったのだ。

 オルレ自身も言っていた。自分が息子を、勇者に育て上げた、と。

 それは肉体的な面でも何か助けたのかもしれないが、それよりも、勇者になるのだと導き、勇者としての心を作り上げた、という方が、正確なように思える。


 勇者とは、最後まで決して諦めない者。

 イネルは、オルレから聞かされたこの哲学を、戦いにおいて以外でも貫いていたのではないだろうか。


 だからこそ、様々なものを断らず受け入れ、皆を幸せにするように努力してしまった、のではないだろうか。

 ノーと言うことを知らず、オルレの、ジゼルの、ココの、トリスタの、加えてフィオナ姫の、グラントーマ王の願いすらも、叶えようとしていた、のではないだろうか。

 あくまで、仮定でしかないけれど。


 でもこう考えると、他人を安心させようと堂々とした(若干バカな)物言いをしながらも、誰に対しても八方美人的に優しく、後々の破綻のことも考えずに振舞っていたことも、一貫性を持って理解はできるのだ。

 あまりに不器用で、少し愚かだったのかもしれないけれど。


 イネルは多分、誰にも不幸になって欲しくなかった。

 自分の欲望からではなく、皆が望みを叶えられるように何もかもを受け入れていった結果、そこで生じた負債が俺の元に押し寄せることになった。


 ただ、この考え方をしても筋が通らないことが二つある。

 魔王との契約、そして、転生したことだ。

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