84. 中二的悩み
それこそ中学生みたいな悩み方で恥ずかしいのだけれど。
でも疑問が心をよぎった。
パーティのみんなは一見テンプレ的な人間に見えて、当然そんな簡単な存在ではない。
人間的な奥行きや深みを兼ね備えている。
そして、肝心のイネルも当初の「ろくでなしのバカ勇者」という印象から、どんどんかけ離れていっている。
何となく俺の中に彼の人物像は出来上がりつつあったが、それもまた、テンプレ的な「勇者様」とはまるで異なった、一個の人間だった。
では、俺は?
マヤの後について砂漠を歩きながら、足を砂に取られながら、俺はまだそんなことを考え込んでいた。
何だろう。自分自身にそんな意外性があるかと問われれば、何一つない気がする。
自分のこれまでの人生……前の世界での人生を、思い起こしてみる。
小学校。特に目立つ所のない、男子が何人か集まっても隅っこの方で大して喋りもせずに愛想笑いをしているだけの子どもだった。
中学校。中二病を拗らせて誰とも会話せず教室の隅で悪と戦うイメトレばかりしているかなり痛々しい子だった。
高校。ごく一部のオタク仲間とたまに会話する程度で、勉強もまともにしなかったので大学受験は一浪した。
大学。ギリギリ滑り込んだ大学も真面目に行かず、金が足りなくてバイトメインの四年間を過ごした。
社会人。就職も恐ろしく苦労したので何とか入れた会社を辞める気になれず、ブラックとわかっていても無理して働き続けた。趣味はアニメとゲーム。
以上。
……俺の方がよっぽど、奥行きのない人間じゃないか?
* *
翌朝、俺がテントの中で目を覚ますと、すでにトリスタもマヤも起床して、老婆の手伝いをして朝食を作る所だった。
いや、昨夜のマヤの話が正しければ、トリスタはそもそも眠ってすらいないのだろうが。
俺も後から手伝いに参加し、豆と果物を使った簡素な食事をいただいた。
老婆と少年は俺たちとの別れを随分惜しんでくれた。そういえば、二人には俺が勇者であることは結局言っておらず、知らずじまいになったと思う。
俺とトリスタ、マヤは、馬らくだに乗って、集落を後にした。
最後に父親に会っていくかどうか迷ったが、やめておくことにした。
会ったところで話すことが思いつかなかった。向こうだってきっとそうだろう。
動物の背で揺られながら砂漠を行く間、俺はほとんど無言だった。
帰路は幸いと言うべきか、マヤはトリスタが預かって自分の馬らくだの上に乗せてくれていたので、俺は一人、考え事をするばかりだった。
結局、この地にも転生術はすでに無く、転生術師もいなかった。
それでは、イネルが書き残していたあの言葉は、一体何だったのだろう。
彼を転生させ、俺をこの地に呼び寄せた転生術師、というのはどこにいるのだろう。
城でココと姫が読み解いてくれているはずの魔術書の中身がはっきりすれば、この謎は解けるのだろうか。
いや解けるはずだ。イネルがあの書を読んでいたことは間違いないのだから。
他の手がかりが行き詰まった以上、あの書に答えが残されているはずなのだ。
俺はもやもやとした気持ちを抱えたまま、強い日光を背に感じつつ、砂漠をただ揺られて移動していた。
* *
砂漠を抜けたところでネルバを呼び寄せ、背に乗ってグラントーマ城へと戻ってきた。
城下町の前でネルバから降りると、何やら騒がしい。
街の人々がざわめきだっている様子だった。
俺たちは街に足を踏み入れる。
「おお、勇者様のおかえりだ! おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「いやあ、めでたいねぇ!
ただ街を歩いているだけでやたら祝われる。何が、なのかさっぱりわからない。
拍手をしている人、旗を振っている人も大勢いる。
誰かを捕まえて聞こうかと思うが、しかし迂闊なことを尋ねてボロが出たら怖い、という気持ちが先に立って、何も言えない。
例えば単純にイネルのお誕生日だったりした日には、何で知らないんだと疑われる恐れもある。
そのまま街を抜けて城門の前まで来ると、騒ぎを聞きつけて出てきたらしいジゼルが、何やら口をへの字に曲げて、腕組みをして仁王立ちをしていた。怖い。
どうやら俺たちを待ち構えていたらしい。
何だろう……怒られるのだろうか。
しばらく外出することはちゃんと伝えていたと思うのだが。
俺は近くなり、ジゼルにそっと訊く。
「なあ、これは一体……」
「大変なことになった」
開口一番、ジゼルは言った。
「王陛下が倒れたのだ」




