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81. 赤いコートの女

 俺たちは、グラントーマへ帰ることに決めた。

 しかし帰るにあたっては、またしても砂漠を越えるために例の馬ラクダを手に入れなければならない。


 先ほどの話にもあったように、その辺にいるのを適当に捕まえて使っていいらしい。簡単で結構な話だ。


 何を考えているのか、トリスタはマヤが相変わらずお気に入りのようだった。


「よぅし、一緒にラコルタを見つけに行こう!」


 と一方的に機嫌よく、マヤを連れて動物を探しに行ってしまった(魔王はもちろんしかめっ面だった)。

 俺は一人、集落の中心あたりにある水辺に取り残されてしまった。


 まあいい。考えたいことは山ほどある。一人の時間も欲しかったところだ。

 俺は、水辺にゴロンと横になって、天をあおいでしばらくぼんやりとしていた。

 ぼんやりし始めてから、ようやく、ああトリスタは俺に気を遣ってくれたのかも知れないな、と思い至った。


 昔からそうだ。他人の優しさとか、気遣いみたいなものになかなか気づけない。

 無神経というか、勘が悪いというか。とにかく鈍いのだ。

 気付いた時にはもう時遅しで、感謝を伝えるような状況でもない。自分が嫌になる。


 妙に感傷的になっているのは、言うまでもなくオルレのことで頭がいっぱいになっていたからだった。


 自分と似た境遇の人間が、最後にたどり着いた気持ち。

 今の所、自分は前の世界に戻りたいとは思っていない。そういえば、前の世界で読んだり見たりした「異世界転生もの」の主人公たちもそうだったと思う。


 あれこれ不平はあるし、今おかれている恐ろしく面倒臭い状況にうんざりはしている。

 何より、魔王との問題は俺が何とかしなければならない、と本気で思っている。

 この世界の行く末を案じなければならないのは、辛いといえば辛い。


 けれど、全般的にいえば勇者として丁重に扱われ、文句を言う筋合いはあまりない。

 前の世界にあった娯楽の類が一切ないのは多少残念だが、何でも欲しがるのは贅沢というものだろう。

 これからもこの世界で生き続けることに、俺は不満はなかった。


 でもそれは、若いからなのだろうか?


 あと三十年もこの世界で暮らせば、気持ちは変わるのだろうか?


 わからなかった。


「ちょっとお兄さん♪」


 小難しいことを考えて俺が一人、日差しが燦々と降り注ぐオアシスで塞ぎ込んでいると、やけに陽気な声が聞こえた。


 顔を上げると、驚いたことにそこにいたのは、あの「転移者」の女性だった。


 この土地に似合わない、真っ黒の髪に暗めの赤いコートが映えていた。

 色白で、あんまり似合っている気がしない黒縁メガネが浮き上がっているかのようだった。

 さっき見たときは神経質そうに感じられたが、今は目の前でニコニコと笑みを浮かべている。


 俺はどうしたらよいかわからず、


「あの……?」


 と例によって勇者らしからぬリアクションをしてしまった。

 すると彼女は、


「いや、さっきあたしの方見て何か話してたじゃないですか。どうかしたのかなって。隣座ってもいいですか」


 そう言ってあっという間に俺の隣へ腰掛けてしまう。

 俺は当然ながらドギマギしてしまう。

 俺が何も言わないうちに彼女は続けて、


「もしかして、転移者だってご存知?」


 と先手を打って尋ねてくる。なかなか頭のいい人のようだった。

 俺は早々に観念して、正直に話すことに決めた。

 ただ、ややこしいのでマヤのことは伏せておくことにする。


「ええ。服装が珍しかったので、もしかしたら、と」


「へぇ」


 彼女は言いながら、俺の顔を覗き込んでくる。何だろうかこの人は。

 しばらく経ってから、さらに彼女は思いもよらないことを言い出した。


「ひょっとして、あなたは転生者だったり?」


「ええ!? 何で……?」


 思い切り虚を突かれて、俺は動揺してしまう。彼女は快活に笑った。


「だって、このメガネを見てても何も言わないから。この世界の人、みんな質問してきますよ? その顔につけてる妙なものは何だ、って」


 なるほど。それは道理だ。

 先回りされてしまっては仕方ない。


「……おっしゃる通り。多分、あなたと同じ世界から来た転生者です。イネルと言います」


「アマクサです。ここには転生術のことを調べに?」


 あっという間に彼女のペースに呑まれ、俺は雑談を始めた。

 名前からもわかるように、彼女は日本の生まれらしい。

 話しやすい彼女の性格も手伝って、気づけば俺は随分あけすけに話してしまっていた。


 前の世界で好きだったアニメの話。ゲームの話。

 洒落た身なりの割にアマクサはそういったものにも詳しく、俺の話を茶化すでもなく聞いてくれた。


 思えば、こちらの世界に来てから俺のことを「勇者」として扱わない人というのは、初めてかもしれない。

 それが驚くほど心地よく、楽な気持ちにしてくれた。畏怖の対象でもなく、

 敬われるわけでもなく、敵視されるわけでもないフラットなやりとりが、今となっては懐かしい。


 彼女は転移してきてからまだ数週間程度で、それでも久しぶりに前の世界の話ができるのは嬉しいらしい。

 気安く、趣味の音楽について語ってくれる。話術も巧みで、ついつい心を許してしまう……というとあたかも「実は悪人でした」みたいに聞こえるが、特にそういうことでもなかった。

 彼女としては、何かの用事の合間に時間が空いたので、暇つぶしに俺と雑談をしたかっただけのようだった。


 俺はさらに興に乗り、出身地のこと、小学校時代のことを話す。

 すると彼女は苦笑した。


「あたしもこういう性格だから、小学校の時とかめっちゃ担任教師に目をつけられてて大変でしたよ。毎日、ちゃんと座ってなさい前を向きなさいって叱られて……イネルさんの小学校の先生って、どんな人でした?」


「あー、えっと……」


 俺は笑いながら、思い出して話そうとする。


 しかし……なぜか、思い出せなかった。

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