8. 先代勇者様のお人柄
「ふむ、死に絶える前に魔王が最後にかけた呪いの呪文が『沈黙』だったか……」
豪快に酒を煽りながら、王は重々しく頷く。
「それが今頃になって発現したと」
「そ、それなりに強い力で呪文がかけられているので、これから数日は喋れないままになるかと。私が解ければ良いのですが……ちょ、ちょっと難しそうです」
俺の対面に座ったココは言葉に詰まり詰まり、そんなことを言って俺をフォローしてくれた。地頭がいいからか、言い訳も下手ではない。
ようやく少しホッとした俺は、肩をすくめて申し訳なさを表現してみた。王様は残念そうにまなじりを下げる。
「いやあ残念だ。勇者殿の勇猛果敢な冒険譚をまさにこれから聞こうという時に、魔王め、死してなお儂の邪魔をするとは……しかし、死に際に放った呪文が『沈黙』とは、魔王も妙なことをするのぅ」
王がしきりに首を傾げていたが、俺もおっしゃる通りだと思う。
流石に言い訳に無理があったか、と不安になったが、今度は遊び人のトリスタが、旺盛にパンと肉とワインを口にしながら言った。
「なぁに、魔王も所詮は生き物だ。追い詰められた死に際には混乱して、わけわからん行動ぐらい取るでしょ。あの場で見てればわかるけど、あの時の勇者はそりゃもう凄まじい攻撃ぶりでね。魔王だってひるむビビるは当然だよ……」
彼女らしい軽妙な口ぶりでそう言うと、周囲の人々もほうそれはぜひ詳しく聞かせてくれ、とたちまち食いつく。
彼女も注目されて悪い気はしないらしく、まるで落語か講談のような達者な調子で(昔観た映画の寅さんのようだった)、ペラペラと「俺の事績」を語っていた。
なんとか、この路線で数日は逃げられそうだ。
そう考えながら手元に置いてあったパンを手に取り、口に運ぼうとして俺は気づいた。
口が開かない。
……やばい。
自分で自分にかけた呪文のおかげで餓死していたら目も当てられない。
先ほどのココの言葉が確かなら、効果は数日続くらしい。まあ……それぐらいならギリ、なんとかなるだろうか。
しかし水はどうやって摂取すればいいのだろう。鼻から流し込むか。冗談じゃない。
この世界に点滴なんて都合のいいものはないだろうし。
自分の先行きを心配しながら、俺は周りの人々の話に耳を傾け、この「勇者様」がどんなお方だったのかを把握しようと努めた。
幸い作戦通り、比較的小規模な宴に集まった城の人々は、以前の「俺」がどんな人だったかを朗らかに、かつ好き放題に語ってくれる。
彼らは他人から聞いた噂話や伝説を中心に語っているが、それを全部真に受けるなら俺は日本神話やギリシャ神話の神様みたいに剛力無双で、攻撃魔法で雷だの炎だのを呼び出しては、道を塞ぐ巨大な岩だの田舎の城を占拠する邪悪な化け物だのを木っ端微塵に破壊してまわっていた……らしい。
中には、黄泉の国へ行って死者を呼び戻してきただの、地下帝国の王から後継に指名されたけど断っただのと月刊ムーあたりに載ってそうな話も入り混じっていたので、正直どこからどこまでが真実なのかはさっぱりで、これからの俺の生き方にはほぼ参考になりそうになかった。
口が開かないから幸いため息もつけない。俺が小さく首を振ると、大臣と呼ばれている太った老人が、こんなことを言い出した。
「ところで、姫様との婚姻のお話はいかがいたしますかな、勇者殿」




