77. 民の哲学
馬だかラクダだかわからない生き物に乗って、部族のキャンプ内に俺たちは入っていった。
砂漠のオアシスを囲んでテントがいくつも張られており、トリスタの服をもうちょっと厚着にした服装の褐色肌の男女が、水の入った甕を運んだり果物を分け合ったりしている。
小さな太鼓と鈴がくっついた楽器を鳴らし、その周りで子供達が踊って遊んだりもしていた。
想像していたより集落は小さい。
そして、俺たちがぞろぞろ入っていっても誰も見咎めてこなかった。
もちろん、トリスタが先頭切っているからではあるのだろうが。
俺は尋ねた。
「トリスタ。テネブリの民はあちこち移動して生活してるんだよな?」
「そうだよぅ」
「その、遊牧民とかなら移動ばかりしてても食い扶持とかもわかるんだが、この人たちは普段どうやって生活してるんだ? 見た感じ家畜がたくさんいるわけでもなさそうだけど……」
「盗みだよ」
トリスタは全く悪びれない声で言った。
「え?」
「泥棒。窃盗。盗賊の集団だから、テネブリは」
トリスタはそこでラコルタ(だったか、なんかそんな名前の動物)から手慣れた様子で降りると、動物をそのあたりに適当に放した。
「今頃若い連中はみんなどこかに盗りに行ってるよ。だから子供と中年以上しかいないだろ? こいつは放っといたらまた誰かが勝手に使うから、別にどこかに留めたりしなくていいよ」
「……」
なんの屈託もなく言われてしまうとこちらとしてもコメントの出しようがない。
俺とマヤが降りると、動物の方も慣れた様子でスタスタとどこかへ歩いていってしまった。
多分、帰りは新しいのを捕まえる感じなのだろう。自由だ。
通りすがりにおばさんが話しかけてくる。
「おおトリスタ、帰ってきたのか」
「うん」
会話はそれで終わった。おばさんはお使いから帰ってきた娘に挨拶したかのような表情で、どこかへ言ってしまう。
俺は訊いた。
「ここに帰ってきたのは何年振りだ?」
「どうだろ、十年? くらいか。多分。わかんないけど」
だんだん、この部族のスタンスというか哲学というか、ノリがわかってきた気がする。
他人のものはもらってくるけれど、自分の物にも固執しない。こまけえことはいいんだよ、的な感じか。
トリスタの「二番目でいいから」発言も、この辺の哲学に立脚している考え方なのかもしれない。
個人同士で縛り合わない自由な恋愛関係。この地ではひょっとして、それが当然なのか。
自由な彼女は、思い出したように尋ねる。
「で、ええとイネルとマヤちゃんのお父さんを知らないか、訊けばいいんだっけ?」
「あ、ああ、そうだ。おそらくここ半年以内くらいのうちに、訪れてるはずだから」
俺は頷いた。
本当は転生術、それから転生術師についても知りたいのだが……この魔王陛下がすぐそばにピッタリとくっついている以上、迂闊なことは尋ねられない。
「どんな顔なんだ?」
「え?」
トリスタに問われて、俺は硬直する。顔? いや、知らんけど。
「マヤちゃん。パパはどんな顔だい」
「……」
マヤも沈黙する。
流石の魔王陛下といえど、見たこともあったこともない人の顔の説明はできない。
息子と娘を名乗っている二人が沈黙してしまい、トリスタも変な顔をしている。
俺はなんとか回答をひねり出した。
「……最後に会ってから随分経つから、うまく説明する自信がないんだ。最近来た異邦人がいないかで聞いてくれると助かるんだけど」
「んー。お客さんのことを『よその人』みたいな捉え方してないからなあ。二、三ヶ月もここで暮らしてたら、とっくにテネブリの一員扱いしてるだろうし。その説明でみんなわかってくれるかどうか……まあ聞いてみるよ」
そう言って、トリスタは集落の奥へ走り去ってしまった。
俺とマヤは見知らぬ人々の合間にほったらかしにされる。非常に困る。
暑い砂漠のど真ん中、何かあっても逃げ場もなく、助けも求められない。
考えてみれば随分無鉄砲な旅に出てきてしまったものだ。
「テネブリの民といえば……」
俺の横で、マヤがポツリと呟いた。
「転生の術を古くから司ることで有名だな。お前、何か調べているのか」
……逃げ場がない時に限ってこういうことになるから困る。




