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76. 思いも寄らない同伴者

 勇者は一体何を考え、俺をこの世界に呼び寄せ、こんなどうしようもない状況を作り出したのか。

 一時は怒りや恨みも持ったが、今はむしろ、不思議と純粋な探究心しか残っていなかった。


 それに、これを知ることが、今後魔王・マヤと関わり合いつつこの世界で生きていくためには、必要不可欠だろう。


 となると、解読を待つよりも、その間に勇者の父の行方を追っていた方が、イネルの謎自体にはより迫れるのは間違いない。


「で……トリスタは何をしてるんだ」


 勇者の父のことを知るためにはテネブリ族のことを聞かなければならないのだが、肝心のそのテネブリ族はぐったりと面倒臭そうに椅子にもたれかかってダレているばかりだった。

 トリスタはうっそりとこちらを見てくる。

 代わってココが答えた。


「この魔術書に使われている文字が、トリスタが持っている古い部族の宝具に刻まれている文字と同じだと私が気づきまして……何かわかるかと思って呼んできたのですが、何も助けてくれず」


「だって私文字読めないもん」


 トリスタは面倒臭そうに呟いた。そりゃ仕方ない。


 俺は彼女たちに、母親から聞いた新事実を簡単に説明した。


「……というわけで、俺の父親がトリスタの生まれた部族の元を訪ねている可能性が高いんだ。トリスタ、君はテネブリ族に転生術が伝わっているって知らなかったのか?」


「知ってそうに見えるかい?」


 トリスタはニヤニヤ、猫みたいに笑った。


「先祖代々伝わるエロい踊りとかは習ったけど、そんな難しいものは知らないんだよねぇ」


 まあ、そうだろう。


 とりあえず、生まれ故郷への案内を頼むと、はぁいと一も二もなくトリスタは引き受けてくれた。

 南方の灼熱砂漠地帯に住まう移動民族、という訪問するのがとんでもなく困難そうな部族で出発する前から気が重いが、でもまあ、こちらにはフクロウのネルバがいる。そんな苦労することは、


「ネルバじゃ行けないよぅ」


 トリスタは椅子に坐り直すとそんな絶望的なことを言った。


「砂漠の上なんかあの仔に飛ばせたらかわいそうだろ。近くまでしか飛べないよ。砂漠に入ったらラコルタに乗って地上を行くのさ」


 ラコルタがなんなのか知らないが、ラクダ的なポジションの動物であることはわかる。

 まあここまでくれば多少の苦難はなんのそのだ。みんなで頑張っていくしか……。


「あ、私は行けないぞ」


 ジゼルがまず手を挙げた。


「城の兵士たちの今後の教育法について、王陛下から案を策定するよう頼まれている。兵士たちとも直接相談せねばならないから、出かけられん」


「私も、こちらの解読をするには城の図書館で調べ物を続けなければならないので……」


 ココも肩をすくめた。いわんや、姫を連れあるくわけにはいかない。

 俺はなんというか実に寂しい、別にいいんだけどやけに切ない気持ちになった。


 なまじ勇者様勇者様と最近持ち上げられっぱなしなだけに、急に周りから人がいなくなると喪失感がハンパない。


「そう……か。じゃあ俺とトリスタだけで……」


「あ。じゃあ私が連れてきたい人連れてってもいいかな」


 トリスタはまた、意味深にニッコリと笑った。

 俺はなぜだろう、いやーな予感がした。


 五分後、どこからかトリスタが抱きかかえて連れてきたのは……まさかのマヤだった。

 俺は急激に焦り始める。


「いや、マヤを連れていくのはやめたほうがいいんじゃないか。流石に距離も遠すぎるし、気楽な旅行にはならないし……」


 マヤはトリスタの腕の中でじっと俺のことを見つめている。

 やばい。すでに疑いの目を向け始めているようだ。


「だぁいじょうぶだって。うちの部族、肌の露出は多いけど健全で安全だから。旅路は大変だけど、勇者兄ちゃんがついてりゃ平気でしょ。この子、毎日城の中で退屈そうにしてるからさぁ、かわいそうだって」


 魔王陛下は次なる計画のためにあえてなりを潜めておられるだけなので全然かわいそうではないのだが、いつの間にやらトリスタは暇を持て余している者同士、勝手に愛着を抱いてマヤのことが気に入ってしまったようだった。


「それに、お父さん探しにいくんならマヤちゃんだって関係あるだろ?」


 ああ、まあ、確かに。実妹設定であることを忘れそうになる。

 とりあえずそれはいい。問題は……。


 抱きかかえられたまま部屋のあちこちをチラチラ眺めていたマヤの視線が、やがてココの目の前に据えられている大判の古書でピタリと止まった。

 じーっと見つめている。


 ココがにこやかに話しかけた。


「あれ、マヤさん興味ありますか? この本は魔術書で……」


「わかった! 連れて行こう!」


 俺はとにかく話をそらすために即決した。


「善は急げだ。早く出発するぞ! トリスタ、準備を始めよう!」


 そう言いながら、俺はマヤごとトリスタを図書室から連れ出した。

 廊下を大股で歩きながら、冷や汗が止まらない。


 ……今の所、俺が転生してきた人間だということを魔王・マヤは知らず、中身は自分が契約した先代勇者・イネルのままだと思っている。


 しかし、俺が転生術について調べていることが露見したら……どんな疑いをかけられるか知れたものではない。


 もし何かの間違いで、勇者の中身が別人になっていることがバレたら……あまり愉快な結果にはならないだろう。


   *    *


 というわけで今、魔王陛下・マヤは馬とラクダの中間みたいな生きこれがラコルタらしいに、俺と一緒に騎乗しているだったのだ。


「兄様。もう一度訊くが……」


 マヤは、俺にしか聞こえないよう小さな声で言った。


「この旅は、死んだと思われていた父を探しにいくことだけが目的なのだな?」


「そうだよ」


 俺は疑われないよう精一杯声色に気を使いつつ答えた。


「随分前に亡くなったはずの親父が見つかりそうなんだ。なんとかしてもう一度会いたい。いけないか?」


「いや」


 小さく首を振ると、マヤはまた黙った。

 この旅の間、やけに沈黙が多い。俺は、じりじりとまるで日差しに焼かれているように心が苛まれていると感じた。

 まだしも正面から疑いの目を向けてもらったほうが、反論できるだけ気が楽だ。


 トリスタが突然手をあげて、大声をあげた。


「お、見えた。あれがうちの部族の集落だよ」

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