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72. 「勇者になる」

 十五歳で勇者宣言。


 前の世界的には厨二扱いされそうな話だが、この世界的にどれぐらいそれがアリなのかは俺にはよくわからない。

 ジゼルの顔を見ると、ウンウンと特に非難も否定も疑問も浮かんでいないので問題ないのだろうか。


「何か……ダメだったのか?」


 俺が恐る恐る問うと、勇者の母は言葉を選びながら言った。


「……あんたの父さんは頭のいい人だよ。

 少々理屈っぽくて若い頃は捻くれたところもあったが、心は優しいし、人望もあった。


 だがね、勇者って柄じゃないことは私にだってわかったよ。

 恐ろしい魔王を打ち倒し、世界の全てを救う? もちろんそれができるに越したことはないし……現に息子のあんたはできたんだから、夢物語じゃないのかもしれないが。


 でも、向き不向きというものがあるだろう?」


 どうなのだろう。俺にどうこう言う資格がないことは間違いない。

 俺自身、未だに(引き継ぎといえど)勇者を名乗る資格があるとは思えないからだ。


「何かこう……ここが不向きだというところがあったのですか」


 ジゼルが尋ねた。うーん、と母は首をひねる。


「なんと言うのかね……私もこの宿のおかみを長らくやっているから、人を率いる勘みたいなものが小さいなりにもわかっている気はするんだがね。


 大勢の人を使って何か、大きなことを成し遂げる人ってのは、こう、多少粗があったっていいからちゃんと『旗』を振れるもんだと思うのさ」


「旗……」


「ジゼルさんなんかは戦士だから、偉い人に率いられる経験なんか積んでるだろうし、わかると思うけどね。

 偉い人ってのは『デカイこと言って』『いつでも笑ってる』のが大事なのさ。


 旗を振るってのはそういうこと。細かい勘定とかなんとか、そんなのは下がやりゃいいんだから。

 まあ、うちの宿みたいなとこだと私が全部やらなきゃならないけどさ」


 母は笑った。


「で、あの人、オルレは……イネルは知っての通り、そういう種類の人間じゃなかった。

 どっちかというと細かいことに目がいって、それをしっかり考え抜いて、答えを出していく、っていうような性格だよ。


 どっちが偉いって話じゃない。向いてるか、向いてないか、って話さ。

 これくらいの小さな村の村長ならちょうどいいかもしれないが、世界を動かそうっていうんなら、もうちょっと雑な人の方が向いてるさ。きっとね。私の意見だけども」


 イネルは、そういう点では勇者向きの性格、だったのだろう。

 荒っぽく思いつきで行動しがちだが、他人から愛され、力を持ち、まさに旗を振るタイプ。


「だけど、どうしてか知らないけど、自分は勇者になるんだ、って自信満々に言っててね……どうやら本気らしいとわかってからは参ったよ。


 なにせ、他人よりも力もある、魔術の素養もある、頭もいいときて、その上、他の人間にはわからない不可思議な知恵までどこで仕入れたか持ってるんだから。

 止める理由がないのさ。あるのは、なんとなくの私の勘ぐらい。それじゃあ、やめろとまでは言えないだろう?」


 でも、オルレがそれぐらいに勇者にこだわった気持ちは実際、わかる。

 自分だって、異世界に転生して、どうやら人よりも才能があるらしいとわかってきたら、これは何か自分は運命に導かれているのかもしれない、しかも、魔王の影がちらついている、となったら勇者になろう、と心に決めたっておかしくないだろう。


 前の世界であまた読んで、観て、プレイしてきた物語が、その気持ちを後押ししてくれる。


「あんたが倒した魔王が、魔族を制圧して、力を振るうようになったのが、ちょうどそのころで。

 あっちこっちの若者はみんな、勇者になって魔王を倒す夢を見てたもんさ。


 いや、そりゃその辺のボンボンやただの力自慢なんかと比べれば、オルレは格段に『いい方』だった。

 でもそりゃ、比較してって話でね。まあ……あの時の私の気持ちは、口で説明しても伝わらないかもしれないね」


 俺もジゼルも、何も言うことができなかった。


「だけど、村のみんなは応援してたよ。

 才能ある若者であることは間違いなかったから。

 それで、あの人が旅立つ前の晩のことさ。


 祝いの宴も終えて、最後になんとか思いとどまってくれないか、と私は、オルレと二人きりで話をしに行った。村のはずれでね」


 そこであの人は、思いもよらないことを言い始めたのさ、と母は言った。


「自分は、この世界ではない、違う世界で生まれた人間なんだ。選ばれし人間なんだ、ってね」

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