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71. 母さんの記憶

「お父さんのことかい……?」


 単刀直入に俺が尋ねると、勇者の母は肩をすくめた。


 ジゼルの姉妹ほか、マルスの戦士たちが何とか帰路についてくれた後(ジゼルは十歳ぐらい老け込んでいた)、俺はジゼルとこっそりと連れ立ってフクロウのネルバに乗り、故郷の村に再び降り立った。


 村の入り口には巨大な看板が建てられており、「ここが勇者の生誕の地」と大書されていた。

 そのすぐ脇を通る俺の恥ずかしさよ。

 少々観光客は来てはいたが、なにぶん大きな市街から距離があることもあって、人でごった返すような状況にはなっていなかった。


 俺はジゼルとともに、実家の宿へと直行した。

 そして母親を捕まえ、すぐに父親のことを尋ねたのだ。


 食卓を挟んで、俺とジゼルは母親と向き合っている。


「誰かに何か、言われたかい」


「半年ほど前、父さんに会ったという人がいた」


 俺はそう言って頷くにとどめた。下手にこっちの情報を渡すとごまかされる恐れもある。

 勇者の母は、しばらく答えに窮している様子だったが、やがて諦めたか、はぁ、と息をついた。


「……知らないでおいてやる優しさ、ってのもあると思うんだよ」


「え?」


 母親はそんなことを小さな声で言った。

 それから顔を上げると、俺の方をまっすぐ見た。

 綺麗な碧眼は、確かに「俺」の目の輝きとそっくり同じだった。


「いいかい。このことは村の誰も知らない。私と、あの人だけの秘密さ。だからあんたも、ジゼルさんも、他人様には言いふらさないでおくれよ」


「もちろん」


「誓います」


 俺とジゼルはすぐに答えた。


「……まあ、あんたらがそんな非道をするとは思っちゃいないけどね。うん……。イネル、父さんがいなくなったときのことは、流石に覚えているだろう?」


「え? ああ、うん……えー」


 咄嗟のことに露骨に狼狽してしまう。

 テーブルの下の足を、ジゼルに軽く踏まれてしまった。


 幸い、母親は不審には思わなかったようだった。


「まあ、あんたがもう十四になったときだったからね……ジゼルさんにもわかるように、ちゃんとお話ししますよ」


 そう、ジゼルを連れてきたのはこういうときのためでもあったのだった。

 俺が知っているはずのことだから、とスルーされそうになったら、ジゼルに質問してもらって全て聞き出す必要がある。


「あの時は……表向きには、自ら神の御許へ旅だった、と村の皆には説明したっけね。

 あの人が自分で書いた書き置きを見せて。東北の火山から身を投げる、みたいなことを書いていたと思うよ。


 昔からあの人は奇矯なところが多い人だったから、そんなに疑問は持たれなくて、素直に葬儀を上げることになった。


 でも実のところは、違ったよ。私にだけ、あの人は本当の胸の内を話しにきた。『最後の旅に出るんだ』と、言っていたよ」


 勇者の母は、手元に置いていた水を一口飲んだ。


「あの人は、自分の生まれた世界に帰る、と言っていた」


 やっぱり。


 ジゼルがすぐさま尋ねる。


「お母様。『生まれた世界』というのは……」


「……信じるか信じないかは、あんたら次第さ。好きにしてくれればいい。

 私は、あの人に初めて打ち明けてもらった時、信じたよ。


 あの人は、イネル、あんたのお父さんは、ここじゃないどこか他の世界で生まれて、そこから転生してこの世界にやってきた人だったのさ」


 俺の推測が正解だとわかっても、思いの外カタルシスは得られず、どちらかというとここから先の母親の話によってわかる真実の憂鬱さの方が、俺にとっては重たかった。


「ちょっとばかし、話が長くなるよ……。

 私とあの人の、出会った時からの話になるからね。

 といってもまあ、あの人も私もこの村の生まれで、幼馴染なんだけどさ。


 あの人は父無し子で、お母さんも三つになるかならないかの頃には亡くなってしまった。

 そのあと、子供がなかった当時の村長の家が引き取ってくれてね。家の仕事を手伝って食べさせてもらってた。


 あの人は小さい頃から聡い子で、難しい数字の計算なんかも難なくこなして、神童なんて言われてた時もあったよ」


 おそらく前世の記憶を保ったまま、転生し出生したからだろう。

 前の世界でのごく普通の大卒レベルの学力があれば、この世界では天才扱いになってもおかしくない。


 勇者の母は、話しているうちに次第に楽しくなってきたのか、愉快そうに笑みをこぼしながら話を続けた。


「でも、変わり者で有名でねえ。

 事あるごとにやれやれ、なんて首を振ったり、やけに芝居がかった口ぶりで早口で喋ったり、誰も知らない聞いたこともない異国の言葉を使ったりして。


 口さがない人はありゃろくな大人にならない、なんて言ったりもした。

 とはいえ、ほとんどの村人には好かれていて、将来はいい村長になるんじゃないか、なんて言われてたよ」


 そこまで話したところで、母親の表情に影が差した。


「それが変わりだしたのが、十五になって、あの人が『勇者になる』と言い出した時さ」

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