68. イネルの父親
俺たちは一旦、監視役の軍人たちを退出させてから、魔将軍の入る檻の正面に椅子を据えて、話を聞く姿勢をとった。
「いたぶるなんてまさか」
俺は空惚けて言った。
「教えてもらいたいことがいくつかあるだけだ」
「答える義理はありませんよ。今、捕虜になって何を話したって、私に何の得もない。ここからはだんまりです」
まあ、そりゃそうか、と俺は肩をすくめた。
部下にも見放されたし、今更帰る場所もない。魔族の状況とか、魔王不在の今どうなっているのかとか、色々聞ければと思っていたのだが。
俺は頷いた。
「わかった。無理に話せとは言わない。ただ、個人的に聞きたい話があってね。俺の父親の話なんだけど」
「はぁ」
魔将軍は気のない顔で言った。ジゼルは俺の横で眉をひそめているので、彼女にもわかるように話をつなぐ。
「戦ったことがあったんだろ? 思い出話を聞きたいだけだよ。親父が亡くなってずいぶん経つし、昔のことを知ってる人も滅多にいないからさ」
「……」
いきなり俺は嘘をついたが、ジゼルもさすが、全く反応しない。
この魔将軍、偏屈な爺さんタイプの性格だが、この手の人は根本的には話好きであることが多いので、うまいこと流れを作ってやったら色々話してくれるだろうと思ったのだ。
「……三十年近く前の話ですけどね。そんな話聞いてどうするんですか」
かかった。
俺は笑ってみせた。
「どうもしないよ。父親の昔話を聞きたいだけなんだから」
「……別に面白い話は何もないですよ。私は一兵卒で、魔大陸の防人……沿岸警備とでも言うんですかね、それをやっていたところへ彼がやってきただけなのですから」
「何をしにきたんだろう」
「何って……そんなもの、魔族を討ち滅ぼしにきたに決まっているじゃないですか」
「親父が?」
俺は首を傾げた。父親が旅をしていた、という話は、実家に帰った時にいろんなところで聞かされた覚えがある。
俺、というか勇者イネルも、その諸国漫遊の旅に付き合わされて成長したとか、なんとか。
だが、なんのために旅をしていたのかはそういえば、聞いた覚えがなかった。
「なんで親父が……?」
俺のその言葉を聞くと、偏屈な爺さんは確かに、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「おやおや。息子さんには過去のことを伝えていなかったのですかね。だとすれば悪いことをしてしまいますねぇ」
生き生きしている。相手に嫌がらせができる、と思うと途端にこれなのだから、ある意味扱いやすい人種だろう。
「なんでって、簡単ですよ。あなたのお父さんも、勇者を目指していたのですから」
「勇者を?」
意外な答えだった。
地元の人々も、誰もそんなことは言っていなかった。それどころか、父はもう死んだ、と俺に言っていたのだから。また近いうちに村に帰って、色々尋ねなければなるまい。
魔将軍はいたって楽しそうに話を続けた。
「勇者を目指していた、というのも考えてみると妙な言い方ですが、『目指していた』としか言いようがないのです。その時のお父上は自分のことを『勇者』と名乗っていました。ご自分でも『勇者とは最後まで決して諦めない者のこと』と言っていました」
「そして……」
「そして、私に敗北した。敗北し、彼は、諦めた。勝ち目がないことを確信し、すごすごと、帰って行きました。惨めに、情けなく」
魔将軍は心から嬉しそうに言った。
さすがに、顔も知らないイネルの父親のこととはいえ俺も腹がたつ。
だが、ここはこらえて話を聞き続けなければなるまい。
「だから、あくまで『目指していた』人なのです。彼自身の勇者の定義に従えば、諦めた以上、彼は勇者ではなかった」
「……」
イネルの父親の気持ちを思うと、俺は何も言えなかった。




