66. 寛容
擁護してやるとすると(しなくてもいいけど)、魔将軍が立てていた計画はそう悪くはなかったと思う。
偶然、俺が地下を歩いていて鉢合わせてしまったもので、全く想定もしていなかった万に一つの事態に対応しなければならなくなり、こんなことになってしまったわけだ。
崖の上に胸を張って立っていたジゼルのことを、大勢の魔族連中は口を開けて見つめていた。
次の瞬間、ジゼルが片手を挙げると、控えていた大勢の兵士たちが崖の上から弓矢を放つ。
飛んでいた翼を持つ魔族は逃げながら木に激突して墜落し、その他の地上部隊は矢から逃走したところ、背後に控えていたグラントーマ側の別部隊と正面からぶつかる羽目になった。
現場には無論、ココもトリスタも来ている。作戦も何もない雑魚連中に負ける理由はない。
戦闘は一時間もかからないうちに、魔族軍の完敗であっさりと幕引きになった。
* *
「皆、殺してもいいのだが」
ジゼルは、鎖で捕縛した魔族の軍勢を前に、物騒な言葉から口火を切った。
「どうする、勇者よ」
「え、俺?」
俺が気の抜けた返事をすると、他人に見えないよう脇腹を肘でどついてきた。
「お前以外に誰がこの場で判断する。責任者だろう」
横目で見ると、姫は俺のことをじーっと見つめている。多分、姫の手前ちゃんと未来の王らしく振る舞え、ということをジゼルは言いたいのだろう。
今の所、無論ジゼルは姫が俺の事情を全て知っていることは知らないが、ややこしいトラブルを防ぐためにもどこかでお互いを紹介したほうがいいかもしれない。
ただ、姫は度外視するにしても、大勢のグラントーマ王国軍の兵士が目の前に直立不動で俺の発言を待っているので、いつまでも黙っているわけにもいかない。
「まず……この魔将軍様は、捕虜として話を聞く。色々と確かめたことがあるんで」
戦云々以前の問題で、勇者父について尋ねなければならない。
「その上で魔族の連中についてだが……」
俺は腕組みしながら、魔族の兵士たちの前に立った。全員、反抗的な目つきでこちらを睨みつけている。俺はとりあえず訊いてみた。
「生きて帰りたい奴はどれぐらいいる?」
俺が言うと、彼ら(男なのかどうか知らんけど)はぽかんとこちらを見たまま、何も言わない。
「俺の言葉はわかってるんだろ? どうだ。生きて帰りたい奴は手を上げろ」
「ふん。我が配下を甘く見てもらっては困りますねぇ。そんな者いるはずが」
魔将軍様による丁寧な前フリの途中で、半分ほどの魔族軍勢がゆっくりと手を挙げた。
それを見て俺はすぐに言った。
「よし。そいつらはこの場で帰ってよし」
「は!?」
ジゼルと魔将軍が、同時に大声をあげた。ジゼルが俺に詰め寄ってくる。
「どういうつもりだ!? まんまと逃すのか」
「違うよ。将軍は捕まえておくし、それにこいつら、戻ってこなきゃいけない状況になったら後先考えず将軍の命令に従うくらい自律性のない兵隊たちだろ。殺したところでメリットなんか何もないじゃないか」
別に俺だって、人道的判断から生かしておくことを主張しているわけではない(もちろん俺の命令で殺さずに済むならそれに越したことはないけれども)。
俺の言葉を聞いて残りの半数も、しばらく悩んだり小声で相談しあっていたが、じんわりと手を挙げだした。最後には全員が挙手。
「貴様ら! 恥ずかしいとは思わないのですか! こんなことで逃げ帰って周囲から何を言われるか、考えてから行動しなさい!」
ヒステリーを起こした魔将軍はまだ何か言っているが、彼らは誰もその言葉を聞くつもりはないようだった。
俺の指示で兵士が鎖を外すと、魔族連中は恐る恐る、まだ俺たちを疑いながらもこの場から立ち去っていく。
「一応言っておくが、次またこの地にやってきたら寛容な対処はないからな。覚えておくように」
俺は去っていく魔族たちの背中に向かってそう告げた。まだまだ疑わしげな表情のままで、こちらに感謝を見せることなど誰もしなかったが、別にそれで構わない。
やがて、魔族は一人残らず、この場から姿を消し、残ったのは怒り心頭の魔将軍様だけとなった。
「さてと……」
俺は見送りが終わると、改めて魔将軍の方に向き直った。
「あんたにはまだまだ色々と聞きたいことがあるんだ」




