64. 魔将軍の記憶
俺たちは地下水の滴る洞穴を、黙々と歩いていった。
急ぎたいところだが、姫も連れているので足場の悪い場所で無理はできない。
足元を確かめながらゆっくり、でも着実に進んでいく。
まだ、洞穴の出口の光は見えない。
「お、お父様は、城の皆さんはご無事でしょうか」
「……ええ、大丈夫ですよ。ご安心ください。ジゼルがおりますから」
俺は不安そうな姫に、すぐそう答えた。
いや、無論本心を言えば、わからない。
今俺たちがいる城の地下深くから、地上で何が起きているかなんて知れたものではない。
前の世界で1ミリもモテなかった頃の俺は、仕事でも私生活でもこういう時に馬鹿正直に答えて、相手を怒らせていたものだった。
しかし、いい加減俺にも、こういう時求められている答えがどういうものかわかってくる。
真実なんかどうだっていいのだ。
姫は安心させてほしいだけなのだから、彼女の求める答えを言えば済む。それでいい。
ある意味、勇者とはそういうものなのだろう。
この世界に来てからの経験でも学んだ。
何か具体的に素晴らしいことをするとか、役に立つとか、もちろんそういう仕事も大切だが、それ以上に勇者が勇者らしく、イメージ通り、期待されている通りのことを言うことが求められているのだ。
勇者とは人々に期待され、寄りかかられる存在であるべきなのである、きっと。
だから現状、俺みたいなパチモンでもギリギリ、勇者として成り立っている。
俺は、俺自身で「勇者っぽい」と思う振る舞いをしているだけだが、それでも皆の期待には答えられているようだし。それでいい。
それでいい、はずなのだが。
俺の心にはなんとなしに、不快な感覚がよぎった。
「どうかなさったのですか、勇者様」
姫が、俺の眉間に一瞬できた悩みジワに反応して尋ねてきた。
俺はもう、反射的に反応してしまう。
「ご心配なさらず。たとえ城にどんな戦いを挑まれていようと、私がいればなんとかなります。勇者とは……最後まで決して、諦めない者なのです」
考えてみれば滑稽だった。
姫は俺が「ニセモノ」だということを知っている。
こんな一生懸命、フォローのための言葉を連ねる必要などなかったのだ。
だがそれでも、口をついて出てしまう。
自分は今、勇者の身体を持っていて、誰かを守れてしまうからだ。
これだけ戦えて、これだけの能力を持っていたら、俺みたいな根本的には臆病な性格で偶然この身体を手に入れただけの人間でも、次第次第に責任を感じ始める。
皆のために出来る限りの事はしたい、と思ってしまう。
スーパーマンが出てくる映画を、子供の頃に観たことがある。
どうしていつも、あんなに胸を張って立派に振舞っているのか、不思議でしょうがなかった。
まるで彫像のように凛々しく堂々としている姿が、不自然に(ある種滑稽に)思えてしまったのだ。
だが、今はもう彼の気持ちはわかる。
強き者として生まれてしまった以上、その責任から逃れることが、できなかったのだ。
だから胸を張って力強く、誇らしげに悪漢の前に立って、皆を安心させなければならなかった。きっと。
「クックック」
唐突に魔将軍が笑い始めたので、イラっとした俺は肩で相手をどついた。
「何を笑っているんだ」
「痛いですねぇ。勇者ともあろう方がチンピラのような乱暴を働かないでくださいよ」
笑ったのは、似ていらっしゃると思ったからで、と魔将軍は卑屈に笑みを浮かべた。
「お父様と同じ言葉を語ってらっしゃる。『勇者とは、最後まで決して諦めない者だ』と」
「俺の父を知っているのか?」
驚いた俺が思わず大声を出すと、残響が洞窟中に広がった。俺の父、というか、先代勇者イネルの父、ということだが。
そんな驚くことないでしょう、と魔将軍はさらにゲタゲタと笑った。
「ご覧の通り私も歳なのでね。私も若い頃、今ほどの地位に立つ前に、あなたのお父上と戦いましたよ。まあ、お父上は私に勝てませんでしたが……数年前、魔王陛下に迫る勇者、つまりあなたの名を聞いた時、昔聞いた勇者志望の青年と同じ苗字だと気づきました」
因果は巡るものですね、と魔将軍は肩をすくめた。
先代勇者イネルがこの「勇者の定義」を語っていた、と先ほど姫が言っていたが、出所はどうやら、イネルの父だったらしい。
イネルにしては深いことを考えたものだと思ったが、お父さんからの受け売りだったわけだ。かつて勇者を目指した年配者から生まれた哲学、ということか。
当たり前だが、あのゲームの名セリフと被ったのは単なる偶ぜ……。
「『勇者とは、最後まで決して諦めない者のこと』。いい言葉ですねぇ、と私が戦いながら、嫌味がてらに言ってやったら、あなたのお父上は言っていましたよ。
自分が大好きな物語に出てきた台詞だ、と」
「え……?」
「なんという名の物語と言っていましたかなあ。ドラ……なんとか。ずいぶん昔だから忘れてしまいました」
……どういう、ことだ?
俺が独り、混乱していると。
急に目の前が、光に包まれた。
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