63. 魔将軍さま
とにかくよくわかったのは、ステータスマックスだと戦闘に突入してもまるで緊張感がない、ということだった。
敵が何をしてくるかが、相手が動き出すより前にわかるから事前に全ての手を打てる。
子供と相撲を取っているようなもので、仮にぶつかってこられても不安はないので、気持ちの余裕のうちに「では次はこうしてやろう」と面白がりながら行動できる。
俺の目の前には、偉そうな服を着た魔族の老人が椅子に座ったまま、もう動こうともしない。
観念した、というより、当座やれることが何もないからなのだろう。
そして俺の背後では、下半身から胸のあたりまでを土に埋められた魔族たちが、口々に、
「魔将軍さま!」
と叫んでいる。なるほど。
「あんたが魔将軍か」
俺が言うと、やれやれといった表情で顔を押さえた魔族は首を振った。
「いかにも、魔将軍ですよ」
皮肉っぽい口調で言う。
人間に例えるなら、強権的なタイプというよりはむしろ、役所に勤続三十年とかで在籍してそうな痩せぎすの爺さん一歩手前のおっさん、といった感じだった。
仕事はできるが性格が嫌みで面倒くさいから部下には嫌われている系。普通に行けばトップには立たないタイプ。
彼は続けて言った。
「久しぶりですね、勇者イネル」
「……あ、ああ、久しぶり」
なんか大学の頃の友達にたまさか街中で会ったときみたいな挨拶をかましてしまった。
どうやら、どこかでイネルとは邂逅していたらしい。
まあ大方、中ボス的な感じで一度戦闘していた、といったところだろう。
「将軍になって早々、あなたと再会する羽目になるとはね。二度と会いたくなかったですよ。全く……なぜ気づいたのです。この私の策に」
この辺りで、呪文を解除されて出てきた姫が、埋まっている魔族の一群をチラチラ横目で眺めながら、こちらへやってきた。
彼女としては多分、何が起きているのかもわからんうちに事態が解決していて混乱の最中だろう。
「完璧に隠せていたはずです。宣戦布告ののちに上空からあれだけの攻撃を加えて、陽動は完璧であったはずなのに、何故地下に気づけたのですか!」
「……」
俺は何も答えなかった。
無論、なんの話だかよくわかんなかったためである。目の前で魔将軍様は独り合点で盛り上がっている。
宣戦布告。上空。陽動。
十秒ほど意味を飲み込むために費やした結果、ようやっと合点がいった。
先ほどの通路崩壊、上方からのズズンという物音。
そして地下にずらりと並んだ魔族の軍勢。
おそらく、宣戦布告を行いグラントーマ王国に軍備をある程度整えさせ、外敵に意識を傾けさせた後、城を上空から襲い、そちらに気を取られているうちに地下から攻める、というのが彼らの策略だったのだろう。
確かに、普通ならこれだけ完璧に隠れきっていれば地下からの奇襲は成功する。
ジゼルも流石に足元には気を配っていなかった。
だが、残念ながらこの勇者さまの目はごまかせなかったわけである。
「なぜ気づけたか……まあ、牢獄の中ででもゆっくり考えるんだな」
俺は精一杯格好つけたセリフではぐらかすことに決めた。
説明を求められたところで、「なんか色々あって偶然」としか言いようがない。流石の俺もそれは恥ずかしいので言いたくない。
確かに、マヤの言っていた通り、こいつは「面倒臭い」タイプの将軍様なのだろう。
反則的な手段で人間を襲い、卑怯と言われようと気にしない。
しかし、この手の余計な策を弄するタイプは、自分の作戦に自信を持ちすぎているために、それが瓦解すると一気に二進も三進も行かなくなる。
後、突発的な事態に弱い傾向はある。
こいつはその両方にハマったわけだ。
俺は少々考えあぐねた挙句、自分の服から革ベルトを外し、魔将軍様を後ろ手に縛り上げた。彼も見た目の通り、頭脳労働中心らしく、一切抵抗する様子もない。
そのほかの魔族連中はどうしてやろうかと迷ったが、まだ当分ここから出られる様子はなかったので、そのままにしておくことに決める。
殲滅した方がグラントーマのためだとわかってはいるのだが、俺との間にあれほどの実力差のある奴らをフルボッコにするのは流石に気が悪い。
戦闘時のあのてんでバラバラな行動からすると、指揮官がいなくなってしまえばなんの脅威でもないだろう。
そうして俺たちは、魔将軍様と共に通路を先へ進むことに決めた。洞穴の出口(この魔族連中からすると「入り口」なのだろうが)からさっさと外に出て、急いで城に戻らねばなるまい。
さっきの推測が正しいなら、今頃、城は空襲を受けていることになるのだから。




