61. 通路の先には
俺は姫と二人きりでの冒険を続けた。
宝物庫内部の壁は、押しても動かなかったがブロックの一つ一つを丁寧に手前側に引っ張ると、時間はかかったが綺麗に外すことができた。
俺がかがめば通れる程度の広さの穴が開く。
そこを通ると、より暗く湿り気の増した通路が控えていた。
蜘蛛の巣が頭にかかって、俺は顔をしかめる。
「ああ、消えてしまいました」
姫のランプの光もついに途絶える。すると、姫は俺にしがみついてきた。
彼女のドレスの向こう側にある豊かな胸が思い切り腕に当たり、俺は動揺に身を震わせる。童貞丸出し。
いやでも、想像よりだいぶん豊かだったので致し方ない。
「きちんと一緒にいないと、この状況では危険ですので」
彼女は真正面を見据えながら、大真面目に言った。
やはりフィオナ姫は、どこまでいっても真面目一徹な人らしい。腕の感触を一生懸命無視しながら俺は前進する。
しかし、この通路はいったい何のためのものなのか。
確か、こういった城や大邸宅は万一の時に備えて脱出経路を隠し持っているものだ、というような話を聞いたことがあるが、その類いなのだろうか。
だとすればこの通路もどこか、城の外に繋がっているのだろうか。
幸いにして一本道だったので、暗闇の不安と戦っていさえすればよかった。
「あの、姫。姫は、勇者イネルのどこが……魅力的に感じられたのですか」
思いの外暗闇が怖かったので、俺は気分をそらすために他愛もない雑談を開始した。
姫は目を丸くした。
「魅力的、とはどのような意味でしょう。それは当然勇者様なのですから、素晴らしいお人に決まっています。私と初めてお目にかかった時、すでに数々の武勲で讃えられておられました。お仲間にも恵まれ、そのお人柄を皆様が慕って……」
「あ、いや、どっちかというと姫ご自身が、イネルのどのあたりが好きだったのかなあ、と」
世評が(無駄に)高いことは俺もいろんな人に聞いて知っている。
一女性として、イネルのどこに愛情を抱くに至ったのかが気になるのだ。
「そうですね……私は……お顔でしょうか」
「え」
姫を見ると、にっこりしながらこちらを見ていた。
「大変お美しいお顔立ちをしておられるので。まるで絵画か、彫刻のようでおられて、いつまで見ていても見飽きるということがございません」
お、おう、といった感じだ。人は外見じゃない、とか綺麗事を言わないあたりは信用できるかもしれない。芸術品扱いである。
俺たちの歩いていた煉瓦積みだったはずの通路は、いつの間にか天然の洞窟の壁になっていた。地下水らしい滴りが、うなじに垂れてくる。
「それに……人の心は、相貌からわかりますので」
「顔から?」
「ええ。お顔は軽視してはなりません。何を考えているか、思っているか。悪しきものが内にあるお方の顔は歪んでいきます。イネル様のお顔からは、その内に善なるものしかないことがはっきりとわかりました。ですからこのお方は、信頼していいのだ、とよくわかりました……」
もちろん、今の勇者様も同じです、と姫は優しく言った。それはどうも。
だが、イネルの内に悪しきものが何もない、というのは、個人的には首肯しかねるけれども……。
魔王と共謀して世界を陥れようとするような奴の心に、邪念悪意が皆無のわけがないと思うのだが。
姫の見る目が極端にないのか、それとも……。
なんてことを考えていると、突然俺たちは、拓けた空間に出た。
やたら広くて、高校の体育館くらいはありそうだ。俺の手のひらから出ている魔法の光が弱すぎて、この妙な場所全体を照らし出すことができない。
俺は出力を最大にしてみた。
その空間全体に、筋骨隆々とした魔族の軍隊の集団が物音一つ立てず、ぎっしりと敷き詰められていた。
さらにその集団の前、位置的には全校集会の時の校長先生のポジションに、見るからに指導者然とした老獪な顔の魔族が、どこから持ち込んだのか知らない岩の椅子に腰掛けていた。
そいつは光に反応してこちらを見ると、
「あ」
と露骨に間の抜けた表情を浮かべた。
……チャンスだ。




