59. 祝・初ダンジョン探索
俺は城の地下を歩いていた。
いかにもな「ダンジョン」という感じの、ブロック積みの壁がずっと続いている。
目の前には、ランプを手に持った姫が歩いている。灯りは他にない。
空気はじっとりと湿っていて、かび臭かった。
「この奥にその、古文書が?」
俺が尋ねると、その声はわんわんと反響する。姫は頷いた。
古文書を見せて欲しい、と俺が頼むや否や、姫はすぐさま行動を起こし、俺の部屋を出て十分もしないうちに巨大な古い鍵を手に入れてきた。
二人揃って城内を誰にも見つからないよう移動し、退屈そうにしている警邏の兵には姫がどうでもいい用事を頼んでその場から追い払った。
そうしてあっけなく、俺たちは地下へ続く階段へと入り込んだ。
「誰からも見咎められなかったけど……普段から姫はこういうことに慣れているんですか?」
「いいえ。全く。大人しくしておりますが……だから見咎められなかったのではないでしょうか。まさか私がこのようなことをするとは思われていないのでしょう。以前古文書を見つけ出した時もそうでした。あ、あちらです」
そう言って指さす方には、錠のかかった巨大な檻があった。
初ダンジョン探索、速攻終了。
姫が鍵を差し込みひねると、檻の戸は開いた。
恐る恐る、俺は中に足を踏み入れる。
「そんなに不安がらずとも大丈夫ですよ。中にいた財宝守護の呪霊は、イネル様が退治なさいましたから」
「いたの!?」
しかし確かに考えてみれば、どこもすでにイネルの通った道である。
実はここに来るまでの間も、ブロックの隙間から毒矢が飛んでくるんじゃないかとか、背後から巨大な丸い岩が転がってくるんじゃないかとか妄想してドキドキしていたが、そんなのあったらとっくに突破されているに決まっている。
「イネル様の戦われる姿はたいそう美しく流麗で、私見入ってしまいました……」
姫はうっとりと思い出を語る。
暗い地下室の中でも姫は一切様子に変化がない。
肝が座っているのか、そもそも危機意識というものが欠如しているのか。
怖い目辛い目にあったことがないと、怯える理由がないのだろう。
宝物庫には剣とか盾とか拳ほどのサイズの宝石の原石とか、ザ・お宝といった品々も並んでいたが、俺らのお目当ては一番奥の隅の方にひっそりと置かれていた。
革張りの表紙に飾り立てた文字で書かれていたのは、『魔術大全』という身も蓋も味も素っ気もないタイトルだった。
俺は手に取り、開いてみる。
羊皮紙の独特の匂いが鼻をつく。
そばにいる姫にランプを近寄せてもらい、中身をパラパラと確認したが、やはりこの世界の古語で書かれているらしく、読み取ることはできなかった。
ただ、確かに部分部分、現代語と同じ単語が散見できた。
そして見出しの中に、「転生」という単語を書いているページも確認できた。
姫の話によれば古語辞典も城内にあるらしいので、それなら時間さえかければ読むこともできるだろう。
これでようやく、イネルのやった転生の謎に、一歩近づくことができる。
「あの……勇者様?」
「はい?」
突然姫に話しかけられ、俺はキョトンとした。
姫は、不安げに俺の顔を覗き込んでいた。
「勇者様も、また他の世界に行ってしまわれるのでしょうか……戻れるなら、元の世界へ……?」
そう言われて初めて俺は、ああ、そういう発想が普通なのかな、と思い至った。
今まで考えもしなかったことだからだ。故郷へ帰りたい。そう思うもの、なのだろう。
俺は一瞬考えたが、すぐに首を振った。
「いや、俺は戻ったりしないですよ……前の世界はホントにどうしようもなかったし、楽しいこともまるでなかったんで。毎日の生活にほとんど心折れ掛けてたし……こっちの世界も命がけで大変なところあるけど、でも戻りたいとは思わないです」
肩をすくめながらそう言ったら、姫は思いの外嬉しそうに笑みを浮かべた。
そうだ。戻ろうなんて思うわけがない。
夢も希望もないブラックな未来しか開けていないあんな世界に。
その時。
ズズン、と地響きのような音が聞こえ、俺たちがきた地下道の方角から揺れが伝わってきた。
俺たちは顔を見合わせると、急いできた方角へ戻る。
檻を抜け、地下道の向こうへランプの光を照射する。
地下道が崩れて、完全に塞がってしまっていた。




