58. 古文書
お知らせです。別作品(ラストまで執筆済み)の連載、はじめました。よければこちらもどうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n7435fv/
「姫が……? 姫は、転生術を使えるんですか……?」
俺は訝しんだ。
どこから見ても箱入り娘的な人で、ココの里の魔術師すら知らないような秘術を身につけているとは、とても思えなかったからである。
すると姫は急いで首を振った。
「いえまさか。私はなんの術も使えません。私は、城にあった古文書をイネル様にお渡ししただけでございます。イネル様のためなら、私はなんでもいたします……」
口を一文字に結んだまま、俺を見つめてくる。
どうやら見た目のまま、真面目で誠実なお姫様らしい。
もう少し、詳しく話を聞かなければならないだろう。
「イネル様は、魔王城へ旅立つ一年ほど前に、こちらの城へ一度戻ってこられました。かなりお疲れのご様子で、何かを思い悩んでおられるようでした」
俺の部屋の椅子に腰掛け、姫は語り始めた。
「私は……将来イネル様と結婚するつもりでおりましたので、何があったのかとても心配で。どうなさったのかを聞こうとしても一向に答えていただけず、私も辛い思いでおりました」
「その時は、もう今の仲間たちと一緒でしたよね、イネルは。彼女たちはそれを心配したりは……」
「もちろんしておられました。普段は自信満々で、堂々とした方なので」
そういう感じのアホ丸出しなキャラだと聞いている。
「なので、ジゼル様やココ様がご懸念なさっていて、私もそれで、イネル様にお話を伺ったのです。ですがなかなか、何に悩んでおられるのか教えてくださいませんでした。そのまま数日が経ったのですが……ある日、イネル様は城の図書室にいらっしゃいました」
「図書室?」
「はい。西側の一室に、城に昔から伝わる書物が置かれた部屋がございます。そこで一所懸命に何かを探しておられたので、どうなさったのですか、と尋ねたところ……観念したようにお答えになりました。『転生術というものを探している』と」
「……」
イネルの父親だけでなく、当然イネル自身も転生術を探し、調べていた。
しかし、その様子からすると、相当探しあぐねた後のように思われる。
姫は話を続ける。
「私も魔術に詳しいわけではございませんので、その術も存じ上げませんでした。
ただ、なんとかイネル様のお役に立ちたいと……私にできることなどさしてございませんので。それで城の中を探し続けました。
そうしてようやく……宝物庫の中に、非常に難解な古い魔術の書があるのを見つけました」
「それを、イネルに?」
「ええ。もちろん、あまりに古く、私には部分部分の言葉しか読むことはできなかったのですが、『転生』といった言葉も見受けられたもので。
お渡ししてからしばらく、イネル様は古語辞典を片手に、その書を読むのに没頭されていました。
数日後、イネル様は笑みを浮かべて、私に感謝のお言葉をくださいました。転生の方法が見つかった、と」
「なるほど……」
「その後、私に転生術を調べていた事情を教えてくださいました。魔王を退治したら、この世界で自分のやるべきことは終わる。
そうなったら自分は、次の世界を救いたいのだ、と。そのために、他の世界に転生して戦いを続けたい、と」
ご立派なお方です、とうっとりした表情で姫は呟いた。そりゃ確かにご立派なことで。
俺はため息をつくのを懸命にこらえた。イネルめ、調子のいいことを言ってまた人を騙している。
「転生術を使うと、他の世界の勇者様とイネル様が入れ替わるのだ、というお話でした。悲しく辛いことでしたが……これもイネル様のご決断です」
他の世界の勇者様!? これは初耳だ。相当イネル様はデタラメの才があったお方なのだろう。全く。
「ていうかその……俺のことは怖くないんですか? 見た目はイネルなのに、中身違うんですよ?」
「イネル様がお選びになった方です。素晴らしいお方に間違いありませんので」
姫はにっこりと笑った。俺は申し訳なさでいっぱいになった。
別に選ばれた覚えもない。そしてこの娘、本当にいい子だ。
「実は、イネル様には『転生の事実を知っていると、私の後任者には言ってはいけませんよ。驚かせてしまいますから』と言われていたのですが……今の勇者様を見ていると、イネル様と変わらず素敵なお方だと感じまして、我慢できず、本日こちらに参った次第でございます」
イネル、隠蔽工作失敗。フィオナ姫は彼の想定以上に純粋でいい子過ぎたようだ。
あと、「後任者」ってなんだよ。完全に会社の引き継ぎ扱いじゃねえか。
ともかく……転生術の出どころははっきりした。ということは……。
「姫、その古文書は?」
「もちろん、城の宝物庫に残っております」




