57. 嘘でしょ
お知らせです。別作品(ラストまで執筆済み)の連載、はじめました。よければこちらもどうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n7435fv/
しとやかに部屋に入ってきたのは、麗しい立ち居振る舞いのお姫様だった。
フィオナ姫。二人きりになるのは考えてみると、これが初めてだった。
こんな頻繁に女性と部屋で二人きりになるというのも、前の世界から考えると隔世の感がある。
ただ今の所、こうして二人きりになるたびにどの女の子も想定外の秘密をバラしてきて俺がたいそう追い込まれる、ということが繰り返されてきているので、嬉しさというよりも不安が強い。
もしや、二人きりになった途端、モンスターになるかもしれない。
実はドSな女王様で俺がしばき倒されるかも知れない。
本当は殺人鬼で俺に襲いかかってくるかも知れない。
意表をついて「実は男なんです」とかかも知れない。
もしくは、イネルが例によってロクでもない約束を交わしていて俺が泣きたくなるパターンかも知れない。
身構えずにはいられない。
姫は入ってくるなり、部屋をぐるり見渡した。
俺の部屋、といっても城の客間の一つを借りているだけで、俺の荷物などはこれといって無い。
豪勢すぎて落ち着かないのは相変わらずだ。
相変わらず、姫は美しかった。
三百六十度どこからどう見ても「お姫様」という感じの、非の打ち所のない姿。
艶のある髪に、長いまつげ、肉体労働などとは無縁な、まるで白い陶器のような肌。
品のある色合いのドレスに身を包んで、まさにお人形のような人。
転生なんてしなければ百パー関わることのないであろうタイプ。
だから、ただ向かい合っているだけでも緊張する。
「何か城でお困りのことはありませんか」
姫は控えめに尋ねる。
まさか、と俺は首を振る。
そうですか、と姫はまた口をつぐんだ。
何か話があるらしいが、言い出せない様子だった。
半端な時間がただ過ぎていく。俺の中ではむくむくと不安が育っていく。
なんだ。何を言い出す。
目の前にいる優しく穏やかな、少し天然も入っているように見える姫が、内側に何を抱えているのか恐ろしくて仕方なかった。
「ひ、姫……何かご懸念があればおっしゃってください。ご遠慮なく」
俺は意を決して言った。
ゆっくりとナイフを差し込まれるよりも、袈裟斬りに一気にやられる方がましだ。
すると、姫ははぁ、と未だ言葉を選びつつ、やがてこう言った。
「あの……ご不安ではありませんか」
「は」
「まったく見知らぬ世界に来られて」
「え」
俺は完全に虚をつかれて、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
「あの、姫……」
「他の人の前で伺うわけにもいかず、なかなか切り出すことができず……このようなお忙しいところで申し訳ありません。イネル様からは、よくよくお話を伺っておりました」
姫は変わらず、穏やかで優しい調子のまま、そんなことを言っていた。
急速に口の中が乾いていくのを感じる。
「と、いうことは姫はその、転生のことを……」
「はい、存じ上げております。我々の世界へようこそ、お越しくださいました」
そう言って姫は、まるでごく普通の客人を迎えるかのように静かに頭を下げた。
全く想定していない事態に、俺の頭は混乱が止まらない。
姫は今まで、完全な盲点だった。
魔王の計画に巻き込まれる不幸な人。
何も知らず俺のことを信じているかわいそうな人。
そう思っていたのに。
「しかし……」
俺は噴き出す冷や汗を拭いながら言う。
「どうして、イネルは姫にそれを打ち明けて……」
姫は優しく微笑むと、簡単なことです、と言った。
「転生の術をイネル様にお教えしたのは、この私ですので」




