56. 目に焼きつく笑顔
ジゼルと相談した魔族軍への対抗策……というより、正確にいうと、「魔族軍と戦うときに俺がどういう振る舞いをすればいいか」については、以下の通りだ。
・グラントーマ軍は城、および城下町の防衛に徹し、王と国民の安全を確保する
・魔族軍襲来に際して、防衛線を数カ所設け、それ以上攻め込まれないこととする
・マルス軍(ジゼルの地元軍)は各防衛線に待機、ジゼルの姉妹を中心とした強者は俺たちと共に前線へ
・俺たちパーティは常に最前線に居続け、とにかく力の限り抵抗する
・俺はみんながやる気が出るようなことを頑張って言う
「お前が把握しておくべきなのはこんなところだな」
「これだけ?」
ジゼルによる説明が終わると、俺は流石に不服の声をあげた。
これといって新しい情報がない。
すると、彼女はまたいつものむっつりした表情になって言った。
「兵士たちの配置方法や古来から伝わる戦術など、お前は聞いて意味がわかるのか?」
「いや……」
言うまでもなく何もわかるまい。説明してもらうだけ手間だ。
それに、いつもの強気の呆れ顔に彼女が戻っただけでも少し嬉しかった。
「お前はとにかく、担ぎ上げられればいい。盛大に兵士たちを鼓舞し、お前の力で勝ったという気持ちにさせられれば十分だ」
「……勝てるのか?」
俺は尋ねた。
そもそも論として、そこをジゼルが全く懸念していないのも気がかりだった。
国王だってあんなにしかつめらしい表情でいたのだから。
だが聞くなりジゼルは、馬鹿なことを、と呟いた。
「お前は知らんだろう。魔王のもとにたどり着くまでに、我々がどれだけの苦難の道のりを歩んできたか。
魔王のもとにいた四天王もすでに撃破している。つまり、これから出てくるのは最高でも四天王の下にいた奴ということだ。
そしてそのさらに下の魔族がどれだけ出てこようと、面倒ではあれど負けることはない。絶対に」
こういうときに絶対、とか言うとフラグにしか聞こえないのだが。
「ふらぐとは何だ。グラントーマ王陛下は立派な戦士だが……本当に凶悪な魔族と戦ったご経験はない。だから過度にご心配なさっておいでなだけだ。
とにかく、お前は偉大な勇者らしく兵士たちを持ち上げる言い回しを考えていろ。あとは私が何とかしておく」
くだらない言葉を吐いて恥をかくことになるなよ、と言ってジゼルは目を細めた。
* *
俺の部屋からの帰り際、ジゼルは俺に尋ねた。
「お前……これからどうするつもりだ」
「どうって? 何を」
「……ココやトリスタ、フィオナ姫のことだ」
「あ、ああ……」
「三人とも、まだ事情は何も知らないわけだろう。ましてココは、あんなにお前に期待しているわけだし。お前の罪ではないとはいえ、何かしら収拾はつけねばならない」
「……」
「ココを傷つけたら……殺すぞ」
グッと顔面を近づけてそんなことを言われ、俺は全身を硬直させた。
クスリとジゼルは笑った。
「殺すは冗談だが……半殺しぐらいにはするだろう。私の妹分のようなものだからな。かといって無責任に手を出しても、それはそれで殺す」
「死ぬしかないじゃん……」
「まあ、そちらはゆっくり時間をかけて、解決策を考えろ。
今はまだ拙速だが、魔族との戦いが落ち着いたらいずれは皆に、真実を話してもいいかもしれん。一人一人に『別人なんです』と謝りに行けばいい。相談ぐらいなら乗ってやる」
そう言うと、じゃあな、とジゼルは部屋から出ていった。
俺は目に焼き付いた彼女の美しい後ろ姿の残像を、しばらく思い返していた。
彼女とは少し、仲良くなれた気がした。
ともあれ、真実は何にせよ話すわけには行かないのだ。
魔王陛下のご希望を叶えるためにも、俺はフィオナ姫と結婚しなければならない。偉大な勇者王となって君臨せねばならない……らしいのだ。
うまくいく気がしないけれど。
もしかしたらこれからも、永遠にジゼルに支え続けてもらうことになるのかもしれない。
本当にそうなれば、嬉しいのだけれど。
ドアにノックの音がした。
「勇者様。フィオナです」
どうやらまだ休ませてもらえないらしい。




