55. 途方もなく気まずい
途方もなく気まずい時間が流れた。
「……何か言わんか!」
「あ、いや……ほんと悪いこと聞いたな、と思って」
「どういう意味だ!」
そう言って、ジゼルはどすどす俺の肩をどついてくる。恐ろしく痛い。
でも反省は正直な気持ちだ。俺だってこういう状況じゃなくて、聞かずに済むならそれで済ませたかった。
「私に関していえば……『大切な旅をしている間に男女の付き合いにうつつを抜かしていては、魔王との戦もしくじりかねない。全てが終わるまでの我慢だ』と言われていたな。
それに……もちろん確証はないが、多分……他の三人だってそんな深い付き合いをやっている時間はないと思うぞ。
仲間で旅をしているときはほぼずっと一緒だし、姫と謁見するときはだいたい王がいる。私だって四六時中共に過ごしていたわけではないから……断言はできないけれども……」
なんだか、こんなに傷つけてしまうくらいなら毎度毎度ボコボコにされる方がマシな気がした。
ジゼルは暗い表情で話を続けた。
「イネルは、あいつは私が知らない場所で、ココにもトリスタにも手を出していた、と。
お人好しの私は、何も気づかず自分だけ大切にしてもらえていると思って喜んでいたわけだ……バカみたいだ。本当に」
「あの……ジゼル。その……」
「いや。大丈夫だ。むしろ、ありがとう」
「え?」
「ココやトリスタも、イネルに騙されていたわけだろう? だったらあいつらは悪くない。
許しがたきはイネルだ。いなくなって寂しいと思っていたが……おかげで迷いなく吹っ切ることができる。何もかも教えてくれて助かった」
ふう、と息を吐くと、ジゼルは小さく一度、頷いてみせた。
もう、目に涙はない。
彼女は強い、立派な人だ、と俺は改めて思った。彼女はさらに言った。
「全くとんだろくでなしに惚れていたものだ……これからはもっと男に厳しく接することにしよう」
強すぎるのも怖いけれども。
ともかく、ジゼル自身も、他の娘たちも、付き合っていた、とはいえどうやら結局最後まで深い仲ではなかった様子だ。
そうなるとますます、このイネルという男がわからなくなってくる。
手当たり次第に女の子に手を出して結婚の約束はする割に、実際には全く手を出さないのだから。
それに、ジゼルはイネルと「魔王戦が終わるまでは深い仲にはならない」という約束をしていたらしい。
しかしそれは少々妙なのだ。
イネルは魔王戦が始まる前に、この世界から姿を消しているのだから。
ということはつまり、彼は最初からジゼルと深い仲になるつもりなどなかった、ということになる。
ココやトリスタに対してなんと言っていたかは確かめようがないが、少なくともジゼルに対しては、初めからその気はなかった……ということになるのだろうか。
その気のない相手と結婚の約束だけしていた?
その割には、ココは自分の利益など無視して助け出したりしている。
出身地の村の人々によると「子供の頃からしっかりした性格でいつか何かをやり遂げると思っていた」。
グラントーマ王による人物評では、「強気男」「剛なる者」。
にも関わらず、魔王と密約を交わして八百長を行い、そしてジゼルの目から客観的に見ると、ちょっとアホで見栄っ張りだったが愛されるタイプ……。
そしてそんな人物が最後に、せっかく得られるはずだった勇者としての賞賛を全て投げ打って、異世界へと逃亡……?
もうさっぱりわからない。
他人の評価から性格を分析していっても、どういう人間だったのか全然つかめない。
やはり、転生の事情を知っている転生術師を探すしかないのだが……それもまるで手がかりがないし。
となると、残る怪しげな手がかりは……死んだと思われていたのに実は生きていて、転生術について調べていた勇者の父親、ぐらいしか残らない。
これからもこの世界で生きていく為にも、この嫌なモヤモヤは解消しておかなければいけないだろう。
少しずつでも、真実に迫るしかない。
「おい」
ジゼルに話しかけられ、俺は我に返った。
「肝心の魔族軍との戦いについて、何も相談していないぞ。気持ちを切り替えて、真剣に話を聞け」




