52. 勇者と魔王の密談
「どういうことだ?」
俺が尋ねると、魔王は「ん?」とその愛らしい顔を上げた。
王との会談も終わり、俺たちパーティは一旦各自に割り当てられた部屋に戻って休憩している。そこに、マヤはついてきているのだ。
「どういうこととは」
「魔族の軍が来ている、と他人事のように連絡してきたじゃないか。それも何か、よくわからない異能力を使って」
「念話のことか。あの程度、異能力のうちに入らんわ。軍が来たことがわかったから、一刻も早くお前に伝えてやろうと思うてな」
愉快そうに肩を揺らしながら、少女はベッドにぽすんと飛び乗った。
「このドレス、動きにくくてかなわん。女を屋内に縛り付けるための衣装じゃな」
「お前の仕込みだろう? 魔族軍は」
俺がごそごそと剣だの鎧だのを脱ぎながら尋ねると、まさか、と魔王は笑った。
「前に言っていなかったか? 我が死んだと思っているのは人間だけではない。魔族もだ。奴らは本気で、我の弔い合戦にやってきているだけだ。
思っていたより随分早かったがな。存外、奴ら忠誠心に固かったか。単に後釜に早く座りたいだけかもしれんが。お手並み拝見といったところじゃな」
「……ココの故郷を襲ったやつも、その一派なのか?」
「ああ! 先ほどココが言うておった、肌が紫色のなにがしか?
そんなもの、どこの馬の骨とも知れん下級の者じゃ。ドラゴン程度もろくに操れん魔族が我の側近になどなれぬわ。
まあしかし……その手の成り上がりを狙う愚か者なら、世界中どこに現れてもおかしくはなかろうな」
魔王を倒したところで、完全な平和は程遠いようだ。
俺は、以前この魔王少女が語っていた「計画」から外れないよう注意しながら、話を続ける。
「で、俺はそういう木っ端を適宜退治しつつ、各地の民に感謝されて、世界を統べる王になればいいんだろう?」
「そういうこと。じゃが、その紫色の奴のようなくだらん者にいちいち勇者が自ら乗り出していく必要はないぞ。
そういうのはグラントーマの兵士を適当に派遣しておけば充分。
迂闊に簡単に呼び出されてしまうと、お人好しだと思われて舐められる可能性があるからな。
お前が対処して功を挙げるべきなのは、今、この地を狙っているような大軍の方じゃ」
なるほどね、と言って、俺もベッドの上に腰掛ける。いい加減、この身体を使っていても疲れてくることばかりだ。
すると、もぞもぞとマヤも横に移動してきて、俺の膝の上に乗ってきた。
「……なんだよ」
「なんだよとはなんじゃ。兄妹なんじゃから、これぐらいの触れ合いあって然るべきじゃろう、お兄様」
心底こちらをバカにした表情で、マヤは笑っている。
まあ、メイドや何かが突然やってきた時でも、こうやって語らっている方が違和感は少ないだろうが。
これくらいの年齢の子はこんなにも軽いのか、と妙なところに驚きながら、俺は話を続けた。
「で。これから始まる戦いには、魔王陛下の援護はいただけるのか?」
「ああ? まさか。不要じゃろう。そなたの今の力なら、そなた個人が負けることはまずあるまい」
ドラゴン戦の時と同じだ。周りのことを一切考えなければ、俺やココがフルパワーで魔術を放ちまくれば勝てる。
ただ、今回は「自軍と協力して城と城下町を守る」というミッションが加わる。
「これから次代の王として名を挙げるには、民草の支持が不可欠じゃからな。自分が強ければよし、の身勝手な人間は王にふさわしくない。せいぜい頑張ることだ。それと……」
魔族軍の将も、いささか面倒なたちの者だしな、と意味深なことを、マヤは何やら嬉しそうに笑いながら言った。
どういう意味か、と尋ねようとした時、ドアにノックの音がした。
ジゼルの声だ。
「勇者殿。私の故郷の戦士たちについて、今のうちに相談しておきたいことがある」




