51. 戦乱の匂い
「おかえり」
穏やかな顔をした黒髪の少女が、城の広間で出迎えてくれる。
もちろん、妹を名乗る魔王である。
わざわざ遠方の魔術の里にいる俺まで、得体の知れない術でテレパシー的なものを飛ばしてきた彼女は、今は随分オシャレで可愛らしい、黒のドレスを着ていた。
「マヤさん! いいドレスですね」
子供好きらしいココが近づいて頭を撫でてやると、マヤは目を細めていた。
多分だが、イライラしているのだろう。
「姫様が貸してくれたの」
マヤは答える。
すると、マヤとともに我々を迎えに出てきてくれていたフィオナ姫が、とんでもないです、と控えめな小声で言った。
「イネル様の妹君なのですから、さしあげます……」
そう遠くない日に私の妹にもなられるお方ですし、と姫が呟くと、ココが心なしかほおを引きつらせた。
胃が痛い。どこへ行っても修羅場しかない。
どうやら魔王少女は、無事、城内の信用と愛情を得た様子だった。
無理もないことだ。外見は大人しくて暗い雰囲気ではあるが、美しい少女なのだから。
「ははは。仲が良くて何よりだ」
広間の大階段を登った先、踊り場にかけられた巨大な絵画の前には、グラントーマ王が腕組みをして、豪快に笑っていた。
王様というより軍人の様相の強い彼だが、普段と比べてその笑いにも、いささか硬さがあった。
「さて……勇者とその仲間たちよ。話がある。謁見の間に来てくれんか」
王の話は、もちろんマヤがテレパシー的なやつで伝えてきた、魔族の侵攻についてであった。
俺以外の三人はそれを聞いて驚き、小さくうめき声をあげた。
一方、俺は小さく頷くだけでリアクションは薄めになった。
「さすが、勇者は落ち着いているな」
王座に腰掛けた王が感心顔で言うので、慌てて、いや何となく悪い予感がしていたもので、と早口に取り繕った。
魔術の里で脳内に直接聞かされた後、パーティのみんなにも話そうかどうか迷ったのだが、どうやって知ったのか、と問われたら答えようがないので黙っているしかなかったのだ。
「まあ……そんな訳で、魔王の右腕だったという魔族から、ご丁寧にも宣戦布告が届いた。人間の文字で律儀に書いた文書を、わざわざ使者を差し向けて送りつけてきたのだ。
斬り捨ててやろうかと思ったが、こちらが卑怯な真似をするわけにもいかん。歯噛みしながら帰してやるしかなかった」
「魔王の右腕? それってあの、私の里を襲った魔族と関係があるのでしょうか……」
ココが言うと、王は眉をひそめた。
「む。ココ殿の故郷にも魔族の手が伸びているというのか……魔王を退治したというのに、これでは世界に危険が増えるばかりではないか。
魔王がいなくなればいずれはこのような時が来るだろうと思ってはおったが、まさかこれほどまでに早いとは。
軍勢が到るまで、あまり日はない。何とか対処の策を練らねば……」
「まあとはいえ、私ども勇者とその仲間もおりますから、王様、そこまで案じられることは……」
俺は勇者らしく、少々不遜な口調でそんなことを言ってみた。
実際、魔王を倒せた(気になってた)のは八百長のおかげだが、とはいえステータスマックスなのは事実だ。
ドラゴンもあんな適当に場当たり的に倒せたのだから、魔王の部下ぐらいなら何とか……。
そう考えていると、横にいたジゼルが深々とため息をついた。
「魔王を倒せたのは、魔王が一人だったからだ。理由は知らんが、魔王は配下も引き連れず、たった一人で我々に向かってきたからそこまで苦戦せず退治できた。
我々は確かに戦いの中で強くなったが、単純に相手が軍勢を引き連れて数で攻めてくれば、勝つのは容易ではないぞ……少しは考えて口をきけ……」
最後の部分は俺にだけ聞こえるよう小さな小さな声でジゼルは言った。すいません。
でも確かにおっしゃる通り。
RPGのラスボスなんかも、軍勢で勇者をぶっ倒せばいいのに、なぜか知らないがフェアプレー精神を発揮して必ず一対一での戦いを挑んで、そして負けている。
そういうのばっかり見てきたから、この世界の魔王が一人で仕掛けてきても何も違和感を覚えていなかったが、考えてみれば本来妙な話だ。
ただ、この世界の魔王こと、マヤに関して言えば、一人で俺にかかってきたのは単純な理由がある。
八百長に他の、手下連中を巻き込むつもりがなかったからだろう。
ちゃんと負けるためには、魔王が一人で戦う方が簡単だ。
「しかしそうなると、少しでも多くの戦士がいた方がよろしいですね……」
ジゼルは、王に向かって冷静にそう述べた。
「私の故郷の戦士たちを、こちらに呼び寄せましょう」




