50. 夕暮れ刻
帰り支度を待つ間、俺は里の端にある公園というか空き地に置かれたベンチに腰掛け、ぼけっと過ごしていた。
魔法の力で動いているらしい妙な形のオブジェや、多分ココの家のご先祖であろう人物の銅像などが飾ってある。
前の世界の公園と大差ない。夕暮れ刻、周囲では十歳にもならないくらいの子供が数人、遊んでいた。
さすが、魔術の里だけあって、子供たちは簡単な魔法を使って戯れている。
お互いに魔法の杖を振るって軽い術を掛け合い、負けた方が数十秒ケタケタ笑ったり、厚着を着ているのに寒ーいと言って震えたりしている。
魔法版の押し相撲みたいなものだろう。
平和なものだ。
「イネル」
雪をザクザク踏み分ける音がしたかと思うと、そこにいたのはココだった。
俺が頷くと、彼女は俺の隣に座った。
「ジゼルとトリスタが、ネルバに帰り支度を載せ終えたから、あなたを呼んできて欲しいって」
「ああ」
俺は頷いたが、どうにも立ち上がる気が起きなかった。
さっきから、考えていたのだ。
「俺」は、何者なのだろうか。
この里に来て、その疑問が次第次第に大きくなってきていた。
当初は、この先代勇者様・イネルくんは四股大言壮語ナルシストクソ野郎という認識しかなかった。
いや、別にそれ自体は今も変わっていない。
おかげでパーティと一緒に行動しているだけで心労が積み重なっていく。
魔王と八百長を演じたとわかったあたりで、嫌悪感憎悪感はマックスに達した。
だが、ジゼルからの過去の彼の印象、魔術の里でのかつての彼の行状を聞いてから、若干その印象が揺らいだ。
「なぁ、ココ」
「なに?」
「……この里から出るとき、君は魔法を使えなかったよな」
「どうしたの今更」
ココは笑った。
「何もね。でもあなたは、一緒に来ていいって言ってくれて。すごくびっくりした……今だから言うけど、ジゼルはその時もう、立派な剣士だったじゃない。なのに私みたいな何もできない子供が、魔王退治の旅について行っていいんだろうかって……ねえ、どうして連れて行ってくれたの?」
俺にもわからなかった。
俺が想像していた人物像からすると、先代勇者殿は優秀で可愛い容姿の女の子だけを世界各地から拾い上げて冒険をする腐れ外道、だったのだが。
何もできない、両親にあんな扱いを受けているココを連れて行ったというのは……。
「いや」
俺は首を振った。
「可愛かったからなのかなぁ……」
俺がボソリと呟くと、隣でココが赤面していた。
あ。
一人で勝手に考え事をして出た独り言が、会話として繋がってしまった。
どんなイケメンの回答だよ。
というか。
当時十二歳くらいのココを「可愛いから」という理由で連れて行っていたとすれば。
完全にロリ……。
「まだかぁ?」
遠方からトリスタの大声が聞こえた。見ると、苛立ち顔の褐色美女が、寒そうに体を擦っている。
そういえば彼女は暑い地方の生まれだという話だったから、この地は結構しんどかったのかもしれない。
ココは肩をすくめた。
「行きましょうか」
俺たちは歩き出した。
父親の謎の行動も含めて、どうにもまだ、先代勇者の行状に関してはあやふやで釈然としないところが残されている気がする。
まず確かめて追ってみるべきなのは、実際はまだ生きているらしい、父親の足取りだろうか。
「姫様とのご婚姻をどうするか、また相談しましょうね」
ココは楽しそうに言って、俺より先に駆けて行った。
雪に慣れている子は滑らずどんどん進んでいく。
そっちの解決の方が大変かもしれない……。
俺は彼女に気取られないよう、かなり深々とため息をついた。
その時。
不意にひどい痛みが俺の頭を刺した。
二日酔いの最悪の時でもならないくらいの、目の前が揺れるくらいの強い不快感だ。
俺は思わず、その場にうずくまる。
「おい勇者よ」
聞こえてきたのは、魔王少女・マヤの声だった。
耳からではなく、直接頭の中に。
「グラントーマ城に、『魔王陛下の復讐を誓う魔族の軍勢』が攻め込んでくるぞ」
少女の声は、ニヤニヤした笑いを含んでいた。




