49. 勇者の父
お父上。
ジゼルに唐突にそう言われて、ようやく思い出した。
勇者の故郷の村に帰った時、亡くなった父親としてそんな名前を聞かされた覚えがある。苗字もそんなのだった気がする。
いうて他人の名前だから仕方ないじゃないか、と思うのだが、ジゼルは大変お怒りの表情で俺を睨みつけている。すいません。
ココは驚いていた。
「勇者様のお父上が、転生術の話を……? 一体、なぜ。なんのために」
「なぜかはわからんのぅ。ただ訊きに来ただけじゃ。今日と同じく、知らん、と答えた。わしの知る限り、そういう術はないな」
俺はどう受け止めたらよいかわからず、困惑するしかなかった。
俺は、転生術や転生術師のことを突き止めて、勇者イネルが何を考えていたのかを知る必要があるので、こんな遠方まで来て転生術のことを調べたりもするが。
しかし、イネルの父親が何を思ってそんなことを調べていたのか。
全くわからん。
「イネルの親父さんってもう亡くなったんだろ? それじゃあ質問するわけにもいかないなあ。しっかし、転生術ねぇ……もしかすると、自分が亡くなった時のことを考えていたのか……あたしには理解できないけどね。わざわざ別人になってまで生き延びたくはないよ」
トリスタがそう言って肩をすくめた。
そう、勇者の母も言っていた。
具体的にどう亡くなったのか、とかはちゃんと聞いてはいなかったが(というか、勇者イネル自身が知っているに決まっているので、俺の立場上質問するわけにいかなかったのだ)、数年前に最後の旅から帰ってきた後、命を落とした、というような話だったはずだ。
確かに、トリスタの説はありうるかもしれない。自分が亡くなってからのことを考えて、転生に興味を抱いたのかも……。
「亡くなった? 何を言っとるんじゃ」
すると、老人はまたしても爆弾発言を行なった。
「あいつぁちょっと前に村に来たぞ」
「え?」
今度こそ、俺も含めて全員がぽかんと呆気にとられ、口を開けた。
来た?
「待たれよご老人。『ちょっと前』というのは、いつぐらいのことだ」
ジゼルがすかさず尋ねる。
うん、爺さんの「ちょっと前」だから、下手すると二十年くらい前の可能性もありうる。
「半年ぐらい前かの」
あっさり爺さんは応じた。
それだと俺ぐらいの歳の人間でも「ちょっと前」と呼ぶ。
「ほれ、その辺に土産だと言って持ってきた……干し肉の山があったはずじゃ」
老人に持ってくるとは思えない土産だな、父さん(顔見たこともないけど)。
だが実際、探してみると部屋の隅の方に干し肉の山があり、多少埃をかぶってはいたものの、周囲のゴミの山と比べれば明らかに新しい品だった。
どういうことなのだろうか。勇者の故郷でははっきりと、「亡くなった」と聞かされた覚えがある。
彼らが嘘をついていたのか。
しかし、そうは見えなかった。
「あの男はわしより三十は歳が下のはずじゃが、ずいぶん疲れた顔をしておったの」
「ええと、父は……何か言っていませんでしたか」
俺は尋ねた。
論理的に説明はできないが、この父の行動には何か、イネルと繋がりがあるような気がしたのだ。
訪問当初と比べてえらく元気を取り戻してきた爺さんは、じろじろとジゼルの尻やらトリスタの胸を見ていたが(なぜ元気を取り戻してきたのかよくわかった)、俺の問いかけにしばらく首をひねった末、こう答えた。
「あー、久方ぶりに会っての挨拶をして、息子が魔王退治に出ているとかいう話をして、世間話をして……去り際に言っておったな、何か」
何か。
なんだ。
「ええとな……『帰りたい』と、呟いておった。聞き取れんぐらいの小声でな」
……?
どういうことだ?
もしかすると、死んだことにされて村から追い出されたのだろうか。
転生術師のことを知りたいというだけでここに来たのだが……考えもしない方角から謎が湧き上がってきてしまっただけだった。




